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第121話 備忘録CaseIX・紅蓮と赤き蛇①動く屍
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『烈火』の力に覚醒した五十六だったが当初、彼は気付かなかった。
『歌姫』の唄を聴いた夜の記憶がないのは常である。
彼女のライブはアーカイブに残らないことで有名だった。
そして、何があったのかも視聴者は覚えていない。
だが、満たされた気分になる不思議な魅力が『歌姫』にはあったのだ。
あの日のライブは特別だった。
それは覚えているのに肝心なことが頭から、抜けて落ちているかのようだ。
しかし、いくら考えようとも何も浮かばない。
翌朝、眼鏡を掛けなくとも周囲の風景がはっきりと見える。
五十六は驚いた。
不思議なことはあるものだと鏡を見て、またも驚いた。
髪の色が変わっていた。
元々、赤みがかった髪だったが、もはや茶髪といった域を遥かに超えている。
「こりゃ、もう赤毛だよなあ」
ボサボサの髪を搔き毟り、五十六は首を捻った。
この時点で五十六が認識したのは視力の回復と容姿の変化だけである。
彼は妙に頭が冴えわたる不思議な感覚を抱いていたもののはっきりと確信を持てずにいた。
五十六が『烈火』の力をはっきりと認識したのは運命のライブから、既に一週間以上が経過した頃だった。
それは決して、偶然ではない。
必然に導かれたと言うべき出来事だった。
「嫌な夜だ」
その日、仕事終わりに軽く一杯ひっかけるつもりだった五十六だが、ついつい飲みすぎた。
いつもより、遅い時間になっている。
家路を急ぐ五十六の心に影が過ぎった。
言い知れぬ不安からか、必要以上に感じる心音がうるさい。
雲が多く、月明かりのない暗く、陰気な夜だ。
このような夜は一刻でも早く、帰るべきだと考えた五十六は頼りにならない街灯の照らす小路を急いで抜けようと歩みを速める。
彼はふとこちらに背を向け蹲る女の姿に気付いた。
地面に這いつくばるように身を屈めている為、確認できる後ろ姿は朧気だが若い女性のようだった。
飄々とした雰囲気でおどけた姿を見せる機会が多い五十六だが、元来、善良な性質の持ち主である。
具合が悪く、蹲っているのであれば、介抱した方がいいと考え、声をかけることにした。
先程まで彼の心に広がっていた不安はいつしか消えている。
必ずしも善意だけではなく、あわよくば女性とお近づきになれるでのはないか。
五十六は割と根拠のない理論をもとに迂闊な行動をとることがあった。
「お嬢さん。大丈夫ですか?」
出来るだけ、イケている声を目指し、相手を落ち着かせる低音を意識しつつ、五十六が考える最高のイケメンをイメージした声掛けである。
第一声がお嬢さんの時点で相当に外していることに彼は気付いていない。
しかし、それは関係なかったのかもしれない。
「ああ……」
頼りない街灯でもはっきりと見えた。
ゆっくりと振り返った女の口許が濡れている。
赤黒い液体が口許から胸元までを激しく、穢していた。
唇の端からは臓物の一部と思われるモノがはみ出ている。
女の目は酷く淀んだとしか例えようがない。
黄みを帯びた白目が血走り、充血で赤く染まっていた。
「う、うわああ」
ようやく出た五十六の叫びは叫びとはとても呼べないか細いものだった。
逃げようにも足が竦み、腰が抜けたのか、言うことを聞かない。
のっそりとぎこちない動きで立ち上がり、たどたどしい足取りで女が這いずるようにゆっくりと近付く。
五十六はその様子をまるで他人事のようにただ見つめることしか、出来なかった。
『歌姫』の唄を聴いた夜の記憶がないのは常である。
彼女のライブはアーカイブに残らないことで有名だった。
そして、何があったのかも視聴者は覚えていない。
だが、満たされた気分になる不思議な魅力が『歌姫』にはあったのだ。
あの日のライブは特別だった。
それは覚えているのに肝心なことが頭から、抜けて落ちているかのようだ。
しかし、いくら考えようとも何も浮かばない。
翌朝、眼鏡を掛けなくとも周囲の風景がはっきりと見える。
五十六は驚いた。
不思議なことはあるものだと鏡を見て、またも驚いた。
髪の色が変わっていた。
元々、赤みがかった髪だったが、もはや茶髪といった域を遥かに超えている。
「こりゃ、もう赤毛だよなあ」
ボサボサの髪を搔き毟り、五十六は首を捻った。
この時点で五十六が認識したのは視力の回復と容姿の変化だけである。
彼は妙に頭が冴えわたる不思議な感覚を抱いていたもののはっきりと確信を持てずにいた。
五十六が『烈火』の力をはっきりと認識したのは運命のライブから、既に一週間以上が経過した頃だった。
それは決して、偶然ではない。
必然に導かれたと言うべき出来事だった。
「嫌な夜だ」
その日、仕事終わりに軽く一杯ひっかけるつもりだった五十六だが、ついつい飲みすぎた。
いつもより、遅い時間になっている。
家路を急ぐ五十六の心に影が過ぎった。
言い知れぬ不安からか、必要以上に感じる心音がうるさい。
雲が多く、月明かりのない暗く、陰気な夜だ。
このような夜は一刻でも早く、帰るべきだと考えた五十六は頼りにならない街灯の照らす小路を急いで抜けようと歩みを速める。
彼はふとこちらに背を向け蹲る女の姿に気付いた。
地面に這いつくばるように身を屈めている為、確認できる後ろ姿は朧気だが若い女性のようだった。
飄々とした雰囲気でおどけた姿を見せる機会が多い五十六だが、元来、善良な性質の持ち主である。
具合が悪く、蹲っているのであれば、介抱した方がいいと考え、声をかけることにした。
先程まで彼の心に広がっていた不安はいつしか消えている。
必ずしも善意だけではなく、あわよくば女性とお近づきになれるでのはないか。
五十六は割と根拠のない理論をもとに迂闊な行動をとることがあった。
「お嬢さん。大丈夫ですか?」
出来るだけ、イケている声を目指し、相手を落ち着かせる低音を意識しつつ、五十六が考える最高のイケメンをイメージした声掛けである。
第一声がお嬢さんの時点で相当に外していることに彼は気付いていない。
しかし、それは関係なかったのかもしれない。
「ああ……」
頼りない街灯でもはっきりと見えた。
ゆっくりと振り返った女の口許が濡れている。
赤黒い液体が口許から胸元までを激しく、穢していた。
唇の端からは臓物の一部と思われるモノがはみ出ている。
女の目は酷く淀んだとしか例えようがない。
黄みを帯びた白目が血走り、充血で赤く染まっていた。
「う、うわああ」
ようやく出た五十六の叫びは叫びとはとても呼べないか細いものだった。
逃げようにも足が竦み、腰が抜けたのか、言うことを聞かない。
のっそりとぎこちない動きで立ち上がり、たどたどしい足取りで女が這いずるようにゆっくりと近付く。
五十六はその様子をまるで他人事のようにただ見つめることしか、出来なかった。
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