世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

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第117話 先見の明を持ちしモノ②ディー・マンシャフト

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、動かないんでございあすよ」
「そうなんですか」

 心底感心している風を装うのではなく、素直にそう感じている麗央に癒されつつ、ユリナはやや勿体ぶった物言いのヱビスに心が苛ついている。
 それをおくびにも出さず、表向きには愛想のいい微笑みを浮かべ、ユリナは彼の説明をゆっくりと反芻した。

 鉄の塊は政府主導――自衛隊で開発が開始されたばかりの装甲機兵ArmoredMachineryと名付けられたモノだった。
 従来の概念を覆す人間の姿を模した二足歩行の人型の兵器として、開発が進められている。
 しかし、戦車や歩兵にとって代わる存在として、開発が進められている訳ではない。

 形式番号AM-00。
 『先見の明を持ちしモノプロメテウス』の名を与えらえたこの兵器が完成すれば、全高およそ八メートル。
 まさらに鋼の巨人である。
 ただし、仮想される敵は人ではない。

 人があやかしと互角に戦えるようにと開発が進められた兵器なのだ。
 ところが開発は暗礁に乗り上げていた。
 上半身は組み立てられているが、下半身は欠損でもしたように全く、見当たらない。
 何かしらの致命的な問題が発生したとしか、思えない不自然な状態だった。

のではなく、んでしょ?」
「その通りでございあす」

 ユリナの指摘をヱビスは否定するどころか、あっさりと肯定した。
 そこに嘘偽りや駆け引きをしようする感情の色は乗っていないとユリナはすぐに気付いた。
 麗央も同様である。
 二人の瞳はあやかしの中でも特殊な部類に入る魔眼と呼ばれる種だ。
 紅玉ルビーの色はその証でもあった。

「正確には動かせたのでございあすよ。ですが、動かさないことに決めたというべきでございあしょうか」
「回りくどい言い方をするのね?」
「どういうことかな。リーナには分かるのかい?」
「このお人形さん、動いたけども不都合があったのよ。それが何なのかは私にも分からないけれど……」
「ふぉふぉふぉ。そこまで見破られておりあしたか。これはいささか、あなた方を見くびりすぎたやもしれあせんな」

 ヱビスはぼそぼそとまるで囁くように小さな声でそう言うと山高帽を脱ぎ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「このプロメテウス。ここで造られたものじゃあ、ございあせん。遠く離れた異国の地で製造された代物でございあす。そこでそうでございあすよ」
「…………」
「その言い方だと動かすのに何か、あったのね?」
「その通りでございあす。だから、あちらでは開発が凍結されたんでございあすよ。さすがにから、反対の声が上がったそうでございあして」

 ユリナはヱビスの喋った断片的な内容から、いくつかの推測を試みた。
 からの反対により、凍結された経緯がある以上、旧アメリカ地域で開発された物でないのは明らかだった。
 その地域には強力なリーダーシップで引っ張る優秀な男がいる以上、は存在しないからだ。
 旧南アメリカやアフリカといった混沌とした地域ではそもそもが開発に乗り出す地力がない。

 考えられる選択肢は自ずと絞られた。
 欧州連邦共和国Federal Republic of Europeユーラシア連邦Eurasian Federalしか、考えられなかった。
 しかし、ユーラシア連邦はすぐに候補から、外される。
 この地域を統括するのは専制君主の如き、強権を有する二人だった。
 大天使が二人、派遣されているがというほどの発言力を持っていない。

 消去法で残った欧州連邦共和国がプロメテウスの開発に着手したとみて、間違いないとユリナは確信した。
 それぞれが牽制するように睨みを利かせる複雑なバランスの上で成り立つ地域である。
 不穏な動きを見せる地域があると実しやかに噂が流されてもいた。

「まさか……旧ドイツ地域かしら?」
「おや」

 ヱビスのこれまでそれほどの感情を表現しなかった不気味な面構えに初めて、動揺の色が浮かんだ。
 己の推測した事項がほぼ当たったユリナも表情は浮かない。

 その地域を本拠地とするアドルフ・フォン・ノートゥングとセレフ・トゥシフェムの名はつとに有名だった。
 それも決していい意味ではない。
 悪名ばかりが知れ渡っている。
 目的の為に手段を選ばないとして……。

 彼らはスローガンを掲げ、旧ドイツの一致団結ディー・マンシャフトを訴えていた。
 それは彼の地域が、いつ暴発するかも分からない火薬庫となることを示唆している。

「こいつはツィマリット社とライン機械金属株式会社の共同開発でございあす」

 絞り出すような声でようやく、吐き出されたヱビスの言葉にユリナがはっとする。
 麗央はいまいち、把握しきれていないのか、腑に落ちない顔をするがユリナを気遣うように優しく、肩を抱き寄せることは忘れなかった。
 少しでも不安を取り除きたいとする彼なりの優しさである。
 ユリナの心に黒雲の如く、湧いた不安は簡単に消せるものではなく、愛の力だけで全てを消し去れるほど甘くはない。

 旧ドイツ地域に本社を置くツィマリット社とライン機械金属株式会社。
 両社を手中に収める男がアドルフであるという動かしようのない事実である。
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