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第114話 天使の休息②
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世界に名だたる大都市の摩天楼は壮観の一言である。
それらを見下ろす高み――一際、高い高層建築物から、一人の少年が気怠そうに窓の外へと目をやった。
黄金の獅子を連想させる緩やかなウェーブがかかった巻き毛のブロンド。
目の覚めるような澄んだ青い瞳が収まる目はやや吊り目で少年の決して、挫けぬ意志の強さを感じさせるものだ。
少年は環太平洋機構の代表にして、『世界を動かす者』の主要メンバーであるダミアン・レフィクルだった。
「世界は……これで面白いのかね? 僕はあまり、面白くない」
ダミアンが独り言つのも無理はない。
『世界を動かす者』は世界の趨勢を握る超法規的な機関のように動いているが、実質は秘密結社と変わらない。
構成員は大いなる主に仕えるヘブライ神族と呼ばれるあやかしの一派が大多数を占めている。
ダミアンはその中でも最上位の光をもたらす者であり、主導者として一同をまとめ上げねばならない立場にある。
同格で匹敵する強い力を持つ二柱――双子の兄弟・神に似た者と玉座に侍る者と共に三巨頭と呼ばれ、牽制する情勢に陥っていた。
大いなる主に仕え、その御世を顕現する共通認識を持ちながら、決して一枚岩とは言えないのだ。
これには大いなる主と呼ばれる存在が姿を現さなくなったことが大きく、影響している。
主が姿を隠して以来、見守るべき存在に過ぎない矮小で脆弱だった人間という生き物が大化けした。
今や彼らは万物の霊長として、世界の春を謳歌しているではないか。
半ば自嘲するようにダミアンは溜息を吐く。
人類が進化していく過程において、彼らが深く関わったからだ。
かくして従うべき主を見失った彼らは、主の預言だけを頼りに悠久の時を刻んできたが、そうなってくると考え方の相違があるものを生み出してしまう。
派閥の形成だった。
剛直で知られる一本気なミカエルの下には主のメッセージを忠実に遂行しようと動く者らが集った。
四大天使のうち、ウリエルとラファエルもこの一派に属している。
彼らは良くも悪くも良識派であり、融通が利かない頭の固い一面がある。
人間は弱く、庇護・管理するべき存在だと考え、過小評価していた。
しかし、良識派であるがゆえ、他の神族との同調や協力に好意的とは言えないまでも否定はしない。
一方、過激派とも呼べる一派がメタトロンの下に集っていた。
過激派と呼ばれる理由はミカエル派以上に頑なことである。
彼らは主の預言を忠実に再現するべきだと考える。
これにはメタトロンが元は人間だったことも少なからず影響している。
時に頑迷とまで言われるメタトロンの態度はそこに由来した。
彼らにとっては他の神族も人間も預言に従うべき存在ですらしかない。
メタトロンの下には主が遺したメッセージに記されし終末の四騎士が集い、ミカエル派との睨み合いが続いている。
最後はルシフェルの下に集った一派である。
ルシフェルは双子の兄弟とは異なり、柔軟で自由な発想を行える稀有な存在だった。
時には主の意思にそぐわないと思われる行動さえ、厭わない。
そんな彼の言動を苦々しく思う者も少なくなかったが、自由闊達で気ままな気風を愛する者もまた、然りである。
彼らには何よりも多様性であることを認める寛容さがあった。
四大天使の紅一点であるガブリエルを始めとして、強大なる者や赤き蛇といった実力者が揃っている。
そして、アスガルドの神族との協力関係を打診したのもこの一派だった。
ただ、この裏にルシフェルの感傷にも似た個人的な思いが秘められていることに気付いた者は誰もいない。
「あの頃のように皆で集えれば、いっそ面白かったのにな」
いつの間にか、湧いていた雲に眩いばかりに感じていた陽光を遮られ、ダミアンはふと物思いに耽った。
彼は遥か遠き過去に思いを馳せる。
彼がまだルシフェルではなかった遠き過去の話である。
それはもしかしたら、人で言うところの前世に近いのかもしれない。
厳密には少しばかり、異なるものだ。
かつて、彼と六人の仲間は異なる次元の宇宙から、飛来した来訪者だった。
その頃は七人全員が現在とは違う名と肉体を有していたのだ。
肉体は今よりも遥かに強大で頑強だったが、それゆえに相容れない存在として迫害される運命にあった。
それが悲劇を生む。
固い絆で結ばれていたはずの七人の間にいつしか軋轢が生じ、蟠りから離反する者が現れた。
やがて、彼の信頼する友であり、妹の恋人でもある男と妹が心中するかのように刺し違えて、死んだ。
彼は「こんなはずではなかった」と慟哭し、誓った。
そして、ダミアンは昔を懐かしむように暫し、瞑目する。
「会いたいものだが、そうもいかないか」
雲の切れ間から再び、太陽が顔を覗かせるとダミアンは短い休息に終わりを告げた。
「さて、忙しくなるな」と他人事のように呟きながら……。
それらを見下ろす高み――一際、高い高層建築物から、一人の少年が気怠そうに窓の外へと目をやった。
黄金の獅子を連想させる緩やかなウェーブがかかった巻き毛のブロンド。
目の覚めるような澄んだ青い瞳が収まる目はやや吊り目で少年の決して、挫けぬ意志の強さを感じさせるものだ。
少年は環太平洋機構の代表にして、『世界を動かす者』の主要メンバーであるダミアン・レフィクルだった。
「世界は……これで面白いのかね? 僕はあまり、面白くない」
ダミアンが独り言つのも無理はない。
『世界を動かす者』は世界の趨勢を握る超法規的な機関のように動いているが、実質は秘密結社と変わらない。
構成員は大いなる主に仕えるヘブライ神族と呼ばれるあやかしの一派が大多数を占めている。
ダミアンはその中でも最上位の光をもたらす者であり、主導者として一同をまとめ上げねばならない立場にある。
同格で匹敵する強い力を持つ二柱――双子の兄弟・神に似た者と玉座に侍る者と共に三巨頭と呼ばれ、牽制する情勢に陥っていた。
大いなる主に仕え、その御世を顕現する共通認識を持ちながら、決して一枚岩とは言えないのだ。
これには大いなる主と呼ばれる存在が姿を現さなくなったことが大きく、影響している。
主が姿を隠して以来、見守るべき存在に過ぎない矮小で脆弱だった人間という生き物が大化けした。
今や彼らは万物の霊長として、世界の春を謳歌しているではないか。
半ば自嘲するようにダミアンは溜息を吐く。
人類が進化していく過程において、彼らが深く関わったからだ。
かくして従うべき主を見失った彼らは、主の預言だけを頼りに悠久の時を刻んできたが、そうなってくると考え方の相違があるものを生み出してしまう。
派閥の形成だった。
剛直で知られる一本気なミカエルの下には主のメッセージを忠実に遂行しようと動く者らが集った。
四大天使のうち、ウリエルとラファエルもこの一派に属している。
彼らは良くも悪くも良識派であり、融通が利かない頭の固い一面がある。
人間は弱く、庇護・管理するべき存在だと考え、過小評価していた。
しかし、良識派であるがゆえ、他の神族との同調や協力に好意的とは言えないまでも否定はしない。
一方、過激派とも呼べる一派がメタトロンの下に集っていた。
過激派と呼ばれる理由はミカエル派以上に頑なことである。
彼らは主の預言を忠実に再現するべきだと考える。
これにはメタトロンが元は人間だったことも少なからず影響している。
時に頑迷とまで言われるメタトロンの態度はそこに由来した。
彼らにとっては他の神族も人間も預言に従うべき存在ですらしかない。
メタトロンの下には主が遺したメッセージに記されし終末の四騎士が集い、ミカエル派との睨み合いが続いている。
最後はルシフェルの下に集った一派である。
ルシフェルは双子の兄弟とは異なり、柔軟で自由な発想を行える稀有な存在だった。
時には主の意思にそぐわないと思われる行動さえ、厭わない。
そんな彼の言動を苦々しく思う者も少なくなかったが、自由闊達で気ままな気風を愛する者もまた、然りである。
彼らには何よりも多様性であることを認める寛容さがあった。
四大天使の紅一点であるガブリエルを始めとして、強大なる者や赤き蛇といった実力者が揃っている。
そして、アスガルドの神族との協力関係を打診したのもこの一派だった。
ただ、この裏にルシフェルの感傷にも似た個人的な思いが秘められていることに気付いた者は誰もいない。
「あの頃のように皆で集えれば、いっそ面白かったのにな」
いつの間にか、湧いていた雲に眩いばかりに感じていた陽光を遮られ、ダミアンはふと物思いに耽った。
彼は遥か遠き過去に思いを馳せる。
彼がまだルシフェルではなかった遠き過去の話である。
それはもしかしたら、人で言うところの前世に近いのかもしれない。
厳密には少しばかり、異なるものだ。
かつて、彼と六人の仲間は異なる次元の宇宙から、飛来した来訪者だった。
その頃は七人全員が現在とは違う名と肉体を有していたのだ。
肉体は今よりも遥かに強大で頑強だったが、それゆえに相容れない存在として迫害される運命にあった。
それが悲劇を生む。
固い絆で結ばれていたはずの七人の間にいつしか軋轢が生じ、蟠りから離反する者が現れた。
やがて、彼の信頼する友であり、妹の恋人でもある男と妹が心中するかのように刺し違えて、死んだ。
彼は「こんなはずではなかった」と慟哭し、誓った。
そして、ダミアンは昔を懐かしむように暫し、瞑目する。
「会いたいものだが、そうもいかないか」
雲の切れ間から再び、太陽が顔を覗かせるとダミアンは短い休息に終わりを告げた。
「さて、忙しくなるな」と他人事のように呟きながら……。
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