112 / 159
第111話 歌姫の天敵
しおりを挟む
一般的に魔法や魔術とも呼ばれる体内の魔力や自然界のマナを利用して、行使される現象には呪文などの詠唱が付き物である。
これはアスリートが己の持つ潜在能力を存分に発揮させるべく、かけられているリミッターを一時的に外す行為に似ている。
やり方は人それぞれであり、全く予備動作を必要としない者がいれば、複雑な手順を踏まねばならない者もいる。
ユリナは呪文の詠唱と必要な所作の一切を必要とせず、魔法を行使出来る。
本来は一切の予備動作を行わなくても『魔法の鏡』を起動可能なのだが……。
「鏡よ、鏡」
彼女の中で何もしないのは何か、味気ないものと捉えられているらしい。
極大魔法の一つである絶対零度を使った際の長い詠唱も本来は必要ないものだ。
それではつまらないと考えてしまうのは夫である麗央の影響が少なくない。
麗央は類稀なセンスの持ち主である。
本来のやり方では複雑な手順を踏まねば、行使の出来ない技であっても何となく、こなしてしまうのだ。
魔法と剣術を合わせ、魔法剣と命名された強力な融合技であってもあっさりとこなすのは天性の才能であるとしか言えない。
しかし、麗央は何の予備動作もなく、ただ剣を振るのをよしとしない。
彼の中でそれでは何かが面白くないと感じるらしい。
必要のない溜めの構えに入ったり、必殺技のように叫ぶのは麗央なりの工夫なのだ。
その影響だけではなく、『歌姫』として、エンターテインメント性を重視する考えに浸ることがユリナに必要のない予備動作をさせていた。
「あら~、リーちゃん。今月は早めなのね」
ユリナの魔力に反応し、鏡面が薄っすらと発光し、『鏡合わせの世界』の映像が映し出された。
鏡は魔法を応用した映像通信を可能とするいわゆる魔道具の一つである。
鏡面にユリナとよく似た容姿の少女がひょっこりと顔を覗かせた。
やや色素の薄い金の髪はユリナと同じ白金の色で艶やかな輝きを見せている。
顔立ちもよく似ているが猫を思わせるユリナと比べると目尻が垂れ、幾分穏やかな印象が強い。
瞳の色も違った。
濃い青は海の色を連想させるものだ。
ユリナの瞳は感情が昂ると夫の麗央とお揃いの紅玉の色に輝く。
落ち着いている時は瑠璃色であり、感情に応じて、紫水晶や黄昏の色に変じる不思議な特性を持っている。
現在の瞳の色は薄い紫水晶の色だ。
これは若干の緊張を余儀なくされたストレスを感じている時の瞳の色である。
「そっちよりもこっちの世界の方がアレの育ちがいいみたいなのよ」
「ふぅ~ん。そうなの? 効力も強いわねぇ?」
「イズミもそう言ってたわ」
イズミ――林檎泉は数少ないユリナの友人の一人であり、アレと呼ばれる黄金の果実の管理者である。
彼女もまた、普通の人間ではない。
あやかしなのだ。
その正体はアスガルドでもっとも若く、愛らしい女神と言われたイズンだった。
神々の若さと寿命を維持する黄金の果実を唯一、管理出来る神族だったイズンは厄介な性格の持ち主でさらなる刺激を求め、アスガルドを出奔した。
出奔先で出会い、意気投合したのがユリナだったのだ。
腐れ縁は続き、面白そうだからという理由でユリナに付き合い、『鏡合わせの世界』からやって来た。
アレを伴って。
「それでどうなの? 上手くいっているの?」
アレの入った木箱を抱える麗央を横目でちらりと窺いながら、急に声を窄め、そのようなことを言い出したゲェルセミにユリナは「あ、ええ。うん」といつもの調子はどこへ行ったのやら、すっかりおとなしくなっている。
麗央は義理の母親の不躾な視線に気付いているが、不快なものとは捉えていなかった。
幼い頃、母親と引き離され、母親を知らぬまま育った麗央にとって、ユリナとゲェルセミの関係が眩しい物に見えているからだ。
決して、素直ではないユリナの態度だが、母と娘が互いに思い合っているのを誰よりも麗央が知っていた。
「ま、まぁ。ボチボチな感じ?」
「ボチボチ? 何なの? それは?」
「ボチボチはボチボチよ、お母様」
「リーちゃん。ママでもいいのよ、ママでも」
「えぇ……」
ゲェルセミは見た目も少女で体型も少女である。
ユリナは見た目こそ少女だが、体型は大人の女性へと成長を遂げており、背も伸びている。
見ようによってはユリナの方が年上で姉のように見えてしまうほどだ。
それなのに年下の妹にやり込められているようにも見えた。
そんな二人の様子を麗央は微笑ましく、感じていた。
これはアスリートが己の持つ潜在能力を存分に発揮させるべく、かけられているリミッターを一時的に外す行為に似ている。
やり方は人それぞれであり、全く予備動作を必要としない者がいれば、複雑な手順を踏まねばならない者もいる。
ユリナは呪文の詠唱と必要な所作の一切を必要とせず、魔法を行使出来る。
本来は一切の予備動作を行わなくても『魔法の鏡』を起動可能なのだが……。
「鏡よ、鏡」
彼女の中で何もしないのは何か、味気ないものと捉えられているらしい。
極大魔法の一つである絶対零度を使った際の長い詠唱も本来は必要ないものだ。
それではつまらないと考えてしまうのは夫である麗央の影響が少なくない。
麗央は類稀なセンスの持ち主である。
本来のやり方では複雑な手順を踏まねば、行使の出来ない技であっても何となく、こなしてしまうのだ。
魔法と剣術を合わせ、魔法剣と命名された強力な融合技であってもあっさりとこなすのは天性の才能であるとしか言えない。
しかし、麗央は何の予備動作もなく、ただ剣を振るのをよしとしない。
彼の中でそれでは何かが面白くないと感じるらしい。
必要のない溜めの構えに入ったり、必殺技のように叫ぶのは麗央なりの工夫なのだ。
その影響だけではなく、『歌姫』として、エンターテインメント性を重視する考えに浸ることがユリナに必要のない予備動作をさせていた。
「あら~、リーちゃん。今月は早めなのね」
ユリナの魔力に反応し、鏡面が薄っすらと発光し、『鏡合わせの世界』の映像が映し出された。
鏡は魔法を応用した映像通信を可能とするいわゆる魔道具の一つである。
鏡面にユリナとよく似た容姿の少女がひょっこりと顔を覗かせた。
やや色素の薄い金の髪はユリナと同じ白金の色で艶やかな輝きを見せている。
顔立ちもよく似ているが猫を思わせるユリナと比べると目尻が垂れ、幾分穏やかな印象が強い。
瞳の色も違った。
濃い青は海の色を連想させるものだ。
ユリナの瞳は感情が昂ると夫の麗央とお揃いの紅玉の色に輝く。
落ち着いている時は瑠璃色であり、感情に応じて、紫水晶や黄昏の色に変じる不思議な特性を持っている。
現在の瞳の色は薄い紫水晶の色だ。
これは若干の緊張を余儀なくされたストレスを感じている時の瞳の色である。
「そっちよりもこっちの世界の方がアレの育ちがいいみたいなのよ」
「ふぅ~ん。そうなの? 効力も強いわねぇ?」
「イズミもそう言ってたわ」
イズミ――林檎泉は数少ないユリナの友人の一人であり、アレと呼ばれる黄金の果実の管理者である。
彼女もまた、普通の人間ではない。
あやかしなのだ。
その正体はアスガルドでもっとも若く、愛らしい女神と言われたイズンだった。
神々の若さと寿命を維持する黄金の果実を唯一、管理出来る神族だったイズンは厄介な性格の持ち主でさらなる刺激を求め、アスガルドを出奔した。
出奔先で出会い、意気投合したのがユリナだったのだ。
腐れ縁は続き、面白そうだからという理由でユリナに付き合い、『鏡合わせの世界』からやって来た。
アレを伴って。
「それでどうなの? 上手くいっているの?」
アレの入った木箱を抱える麗央を横目でちらりと窺いながら、急に声を窄め、そのようなことを言い出したゲェルセミにユリナは「あ、ええ。うん」といつもの調子はどこへ行ったのやら、すっかりおとなしくなっている。
麗央は義理の母親の不躾な視線に気付いているが、不快なものとは捉えていなかった。
幼い頃、母親と引き離され、母親を知らぬまま育った麗央にとって、ユリナとゲェルセミの関係が眩しい物に見えているからだ。
決して、素直ではないユリナの態度だが、母と娘が互いに思い合っているのを誰よりも麗央が知っていた。
「ま、まぁ。ボチボチな感じ?」
「ボチボチ? 何なの? それは?」
「ボチボチはボチボチよ、お母様」
「リーちゃん。ママでもいいのよ、ママでも」
「えぇ……」
ゲェルセミは見た目も少女で体型も少女である。
ユリナは見た目こそ少女だが、体型は大人の女性へと成長を遂げており、背も伸びている。
見ようによってはユリナの方が年上で姉のように見えてしまうほどだ。
それなのに年下の妹にやり込められているようにも見えた。
そんな二人の様子を麗央は微笑ましく、感じていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる