世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
111 / 159

第110話 母と娘・真珠姫

しおりを挟む
 ユリナがライブ配信で雑談を行った際、ピックアップするコメントは全てが気紛れなのかと言えば、そういう訳ではない。
 先日の多田 陽子ただ ようことその娘・知陽ちはるの問題を解決したのが、最たる例である。
 ヨウコに己の母親の姿を重ね、手を差し伸べた。
 それがユリナの正直な気持ちだった。

 ユリナの母親はゲェルセミ。
 アスガルドにおいて、女神の一柱である。
 大神オーディンには多くの御子神がいることで知られていたが、最年少の末娘がゲェルセミだった。

 美しき宝石。
 真珠の姫。
 深窓の姫君はそれはそれは大切に育てられ、世間知らずのお嬢様として、健在。
 その理由は母親にある。

 母親は魔女のとも呼ばれるオーディンの正室フリッグ。
 魔女としてはフレイアの名の方がよく知られているフリッグは冷酷無比な一面もある北欧の女神らしい神格を有しているが、殊の外、娘を溺愛したことでも有名である。
 しかし、溺愛はあまりにも過ぎると過保護になる。
 こうして、育てられたゲェルセミは二つ名に相応しい麗しき容貌の女神に成長したが、内面は屈託のない少女のようなままだった。
 フリッグには美と愛の女神としての神格もあった為、若く美しい容貌の持ち主であり、アスガルド神族で最も美しい女神との呼び声も高い。
 その娘であるゲェルセミもまた、然りである。
 ただ、彼女は未だに十代の少女のように見えるどこか、あどけなさが抜け切れていない印象が強い。
 娘のユリナリリアナと並ぶと姉妹と間違えられてもおかしくはない。

 横暴ではないもののな一面を有するこのゲェルセミ。
 ユリナにとって、大事な愛すべき存在であるのは間違いなかったが、同時に天敵と言っても過言ではない苦手な相手でもあったのだ。



 広大な雷家の屋敷には様々な用途に用いられる特殊な部屋がいくつか存在する。
 中でも一部の者しか知らない秘匿の存在が地下にある。
 異世界との転移を可能とするゲートが設けられた一室だった。

 麗央とユリナが暮らしている世界と彼らが元々、暮らしていた『鏡合わせの世界』を繋ぎ、次元の壁を通り抜ける門は未だに解明されていない部分が多い。
 何らかのイレギュラーが発生し、どちらの世界にも一方通行で開かれる門が出現することは極稀にだが古来よりあったのだ。
 それがいわゆる『神隠し』などと呼ばれる現象だった。
 『鏡合わせの世界』では異なる世界からの来訪者を異邦人エトランゼと呼び、未知の知識を持つ稀人として大切に扱う風習がある地方さえあるほどだ。

 一方、『鏡合わせの世界』からの転移は一方通行と言われている。
 その為、最も過酷な処刑法の一つが異世界への転移とされているのは永久に追放と同義だからだ。

 しかし、技術の解明が進むにつれ、次元転移は以前より気軽に扱われるようになった。
 さすがに自由な往来は不可能だったが、映像を介したリアルタイムでの意思疎通は既に実現されている。
 いずれは転移そのものが任意に行えるのではと期待されているが、その実現はまだまだ先と目されている。
 現実問題として、立ちはだかるのが魂である。

 目に見えない魂が邪魔をして、魂を有するものは門を潜れない。
 現在の技術では『鏡合わせの世界』に送還が可能なものは限定されている。
 魂を有さないこと。
 ある程度の大きさと限定されること。
 まるで宅配便で限定された大きさの物までしか送れないと言われているようなものだった。



 雷邸の地下に設けられた一室はいささか無機質な印象を与える味気ない色調の部屋である。
 屋敷の居住空間には年代を感じさせる内装や調度品が置かれており、寝室にはユリナの趣味が盛り込まれていたがこの地下室にはそのような要素が一切、感じられなかった。

 置かれているのは大きな姿見鏡スタンドミラーだけである。
 金属製の丈夫な足に支えられたフレームには味わい深い古材が使われており、アンティークの趣きが強い。
 
 天井と壁は簡素な板張りに過ぎず、床に至っては街路のような石だった。
 その床には不可思議なのたくったような文字とも絵画ともつかない記号が描かれた真円が描かれていた。

「鏡よ、鏡」

 鏡を前にしたユリナはまるで呪文でも唱えるように真面目くさった顔をしていた。
 鏡は異世界との通信手段に用いるである。
 特に喋ったり、会話をするモノではないのだがユリナはいつもこの調子だった。

 その様子を麗央は微笑ましそうに見つめている。
 彼は見るからに重そうな木箱を抱えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...