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第110話 母と娘・真珠姫
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ユリナがライブ配信で雑談を行った際、ピックアップするコメントは全てが気紛れなのかと言えば、そういう訳ではない。
先日の多田 陽子とその娘・知陽の問題を解決したのが、最たる例である。
ヨウコに己の母親の姿を重ね、手を差し伸べた。
それがユリナの正直な気持ちだった。
ユリナの母親はゲェルセミ。
アスガルドにおいて、若き女神の一柱である。
大神オーディンには多くの御子神がいることで知られていたが、最年少の末娘がゲェルセミだった。
美しき宝石。
真珠の姫。
深窓の姫君はそれはそれは大切に育てられ、世間知らずのお嬢様として、健在。
その理由は母親にある。
母親は魔女の王とも呼ばれるオーディンの正室フリッグ。
魔女としてはフレイアの名の方がよく知られているフリッグは冷酷無比な一面もある北欧の女神らしい神格を有しているが、殊の外、娘を溺愛したことでも有名である。
しかし、溺愛はあまりにも過ぎると過保護になる。
こうして、育てられたゲェルセミは二つ名に相応しい麗しき容貌の女神に成長したが、内面は屈託のない少女のようなままだった。
フリッグには美と愛の女神としての神格もあった為、若く美しい容貌の持ち主であり、アスガルド神族で最も美しい女神との呼び声も高い。
その娘であるゲェルセミもまた、然りである。
ただ、彼女は未だに十代の少女のように見えるどこか、あどけなさが抜け切れていない印象が強い。
娘のユリナと並ぶと姉妹と間違えられてもおかしくはない。
横暴ではないものの害の無い我儘な一面を有するこのゲェルセミ。
ユリナにとって、大事な愛すべき存在であるのは間違いなかったが、同時に天敵と言っても過言ではない苦手な相手でもあったのだ。
広大な雷家の屋敷には様々な用途に用いられる特殊な部屋がいくつか存在する。
中でも一部の者しか知らない秘匿の存在が地下にある。
異世界との転移を可能とする門が設けられた一室だった。
麗央とユリナが暮らしている世界と彼らが元々、暮らしていた『鏡合わせの世界』を繋ぎ、次元の壁を通り抜ける門は未だに解明されていない部分が多い。
何らかのイレギュラーが発生し、どちらの世界にも一方通行で開かれる門が出現することは極稀にだが古来よりあったのだ。
それがいわゆる『神隠し』などと呼ばれる現象だった。
『鏡合わせの世界』では異なる世界からの来訪者を異邦人と呼び、未知の知識を持つ稀人として大切に扱う風習がある地方さえあるほどだ。
一方、『鏡合わせの世界』からの転移は一方通行と言われている。
その為、最も過酷な処刑法の一つが異世界への転移とされているのは永久に追放と同義だからだ。
しかし、技術の解明が進むにつれ、次元転移は以前より気軽に扱われるようになった。
さすがに自由な往来は不可能だったが、映像を介したリアルタイムでの意思疎通は既に実現されている。
いずれは転移そのものが任意に行えるのではと期待されているが、その実現はまだまだ先と目されている。
現実問題として、立ちはだかるのが魂である。
目に見えない魂が邪魔をして、魂を有するものは門を潜れない。
現在の技術では『鏡合わせの世界』に送還が可能なものは限定されている。
魂を有さないこと。
ある程度の大きさと限定されること。
まるで宅配便で限定された大きさの物までしか送れないと言われているようなものだった。
雷邸の地下に設けられた一室はいささか無機質な印象を与える味気ない色調の部屋である。
屋敷の居住空間には年代を感じさせる内装や調度品が置かれており、寝室にはユリナの趣味が盛り込まれていたがこの地下室にはそのような要素が一切、感じられなかった。
置かれているのは大きな姿見鏡だけである。
金属製の丈夫な足に支えられたフレームには味わい深い古材が使われており、アンティークの趣きが強い。
天井と壁は簡素な板張りに過ぎず、床に至っては街路のような石だった。
その床には不可思議なのたくったような文字とも絵画ともつかない記号が描かれた真円が描かれていた。
「鏡よ、鏡」
鏡を前にしたユリナはまるで呪文でも唱えるように真面目くさった顔をしていた。
鏡は異世界との通信手段に用いる魔法の鏡である。
特に喋ったり、会話をするモノではないのだがユリナはいつもこの調子だった。
その様子を麗央は微笑ましそうに見つめている。
彼は見るからに重そうな木箱を抱えていた。
先日の多田 陽子とその娘・知陽の問題を解決したのが、最たる例である。
ヨウコに己の母親の姿を重ね、手を差し伸べた。
それがユリナの正直な気持ちだった。
ユリナの母親はゲェルセミ。
アスガルドにおいて、若き女神の一柱である。
大神オーディンには多くの御子神がいることで知られていたが、最年少の末娘がゲェルセミだった。
美しき宝石。
真珠の姫。
深窓の姫君はそれはそれは大切に育てられ、世間知らずのお嬢様として、健在。
その理由は母親にある。
母親は魔女の王とも呼ばれるオーディンの正室フリッグ。
魔女としてはフレイアの名の方がよく知られているフリッグは冷酷無比な一面もある北欧の女神らしい神格を有しているが、殊の外、娘を溺愛したことでも有名である。
しかし、溺愛はあまりにも過ぎると過保護になる。
こうして、育てられたゲェルセミは二つ名に相応しい麗しき容貌の女神に成長したが、内面は屈託のない少女のようなままだった。
フリッグには美と愛の女神としての神格もあった為、若く美しい容貌の持ち主であり、アスガルド神族で最も美しい女神との呼び声も高い。
その娘であるゲェルセミもまた、然りである。
ただ、彼女は未だに十代の少女のように見えるどこか、あどけなさが抜け切れていない印象が強い。
娘のユリナと並ぶと姉妹と間違えられてもおかしくはない。
横暴ではないものの害の無い我儘な一面を有するこのゲェルセミ。
ユリナにとって、大事な愛すべき存在であるのは間違いなかったが、同時に天敵と言っても過言ではない苦手な相手でもあったのだ。
広大な雷家の屋敷には様々な用途に用いられる特殊な部屋がいくつか存在する。
中でも一部の者しか知らない秘匿の存在が地下にある。
異世界との転移を可能とする門が設けられた一室だった。
麗央とユリナが暮らしている世界と彼らが元々、暮らしていた『鏡合わせの世界』を繋ぎ、次元の壁を通り抜ける門は未だに解明されていない部分が多い。
何らかのイレギュラーが発生し、どちらの世界にも一方通行で開かれる門が出現することは極稀にだが古来よりあったのだ。
それがいわゆる『神隠し』などと呼ばれる現象だった。
『鏡合わせの世界』では異なる世界からの来訪者を異邦人と呼び、未知の知識を持つ稀人として大切に扱う風習がある地方さえあるほどだ。
一方、『鏡合わせの世界』からの転移は一方通行と言われている。
その為、最も過酷な処刑法の一つが異世界への転移とされているのは永久に追放と同義だからだ。
しかし、技術の解明が進むにつれ、次元転移は以前より気軽に扱われるようになった。
さすがに自由な往来は不可能だったが、映像を介したリアルタイムでの意思疎通は既に実現されている。
いずれは転移そのものが任意に行えるのではと期待されているが、その実現はまだまだ先と目されている。
現実問題として、立ちはだかるのが魂である。
目に見えない魂が邪魔をして、魂を有するものは門を潜れない。
現在の技術では『鏡合わせの世界』に送還が可能なものは限定されている。
魂を有さないこと。
ある程度の大きさと限定されること。
まるで宅配便で限定された大きさの物までしか送れないと言われているようなものだった。
雷邸の地下に設けられた一室はいささか無機質な印象を与える味気ない色調の部屋である。
屋敷の居住空間には年代を感じさせる内装や調度品が置かれており、寝室にはユリナの趣味が盛り込まれていたがこの地下室にはそのような要素が一切、感じられなかった。
置かれているのは大きな姿見鏡だけである。
金属製の丈夫な足に支えられたフレームには味わい深い古材が使われており、アンティークの趣きが強い。
天井と壁は簡素な板張りに過ぎず、床に至っては街路のような石だった。
その床には不可思議なのたくったような文字とも絵画ともつかない記号が描かれた真円が描かれていた。
「鏡よ、鏡」
鏡を前にしたユリナはまるで呪文でも唱えるように真面目くさった顔をしていた。
鏡は異世界との通信手段に用いる魔法の鏡である。
特に喋ったり、会話をするモノではないのだがユリナはいつもこの調子だった。
その様子を麗央は微笑ましそうに見つめている。
彼は見るからに重そうな木箱を抱えていた。
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