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第105話 備忘録CaseVIII・名もなき島の夢
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「あ、あれ……ここは? 夢だった?」
チハルが重たく感じる瞼をようやく、開くと見慣れない天井が目に入った。
まだ、新しい木材を使ったと思しき板張りの天井だった。
視線を落とすと真新しいシーツがかけられていることも分かった。
どうやら、自分はちゃんとしたベッドの上に寝ているらしいと理解したチハルは、ほっと胸を撫で下ろした。
そして、先程、気を失う前に見たのはやはり悪い夢を見ていただけに過ぎないのだと考えた。
チハルが壁だと思って、激突したのは無機質な物体ではなかった。
全身が毛むくじゃらの生き物だった。
二足歩行をしている狼と言ってもおかしくない姿はまるで狼男の着ぐるみを着ているようだったが、質感が尋常ではなかった。
当たった時に感じたごわっとした毛の感触と体温の温もりがあったのだ。
下半身にはだぼだぼとしたスラックスのような物を穿いているが、上半身は毛むくじゃらの体がむき出しになっている。
その毛むくじゃらの部分にもろにチハルは激突した。
「jgpせkgs?」
狼男らしき生き物が何か、言語らしきものを発した途端、現実を受け入れたくないチハルが意識を手放したのである。
だから、決して夢ではなかったのだが彼女はそれを認めようとはしない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
チハルは現在、自分が置かれた状況を全く、把握していない。
夢だと思い込み、現実逃避することで目を逸らしている。
飲みすぎたせいで倒れていた自分を親切な人が、解放してくれただけに違いない。
そう思うことにしたのだ。
「lggrgs」
えらく野太い男の声だった。
地の底から、響く声といった表現がこれほど合う声はないというほどに……。
方言が酷くなまっていて、何と言っているのか、聞き取れなかっただけだ。
そうに決まっているとチハルは心の中で信じてもいない神に祈りを捧げる。
「神様、仏様。お願いしますお願いします」と……。
しかし、勢いよく扉を開け、入って来た者の姿を見たチハルは魂が抜けるくらいに驚きを隠せない。
なまっていたのではない。
方言でも何でもなかったのだ。
彼らは自分が分かる言葉を喋っていないだけなのだとチハルは思い知った。
それはチハルが知っている生物に似ていた。
だが、彼女の知識にある生物とは異なっている。
「ワニが……ワニが二本足で立ってるよお!?」とチハルは混乱した。
全身はハーブを煮出したような深みがある緑の色の鋭く尖った鱗状の外殻で覆われている。
身の丈が優に二メートルはあろうかという巨体である。
鱗に覆われた腕も足も丸太のように太く、屈強そのものだった。
ローブとマントのような緩やかな衣装を身に着けていることから、知性的な生物と見て間違いないとチハルは混乱しながらも理解する。
「げp@えgffhr?」
何かを喋ったと驚きのあまり、目を見開いたまま、固まったチハルの様子にワニ男は困ったと言わんばかりに鋭い爪が生えた右の拳で頭の天辺辺りをがりがりと撫でた。
それがワニ男の癖らしい。
「どうなってんのよ、これええ」
チハルの叫びに答える者は誰もいない。
それも致し方ないことだ。
この世界はユリナが固有結界・絶対領域で創造された夢に過ぎない。
チハルが見ている『名もなき島』の情景は既に失われた過去の投影である。
様子を窺うようにチハルの前に姿を現した島民はユリナの考えに賛同し、この夢の仕掛けに参加することを了承した本人だった。
言葉が通じないのも異なる世界――鏡合わせの世界の住人だからに他ならない。
全く、言葉が通じない環境に鼻っ柱が強く、頭ばかりが大きくなった娘を放り込む。
いささか荒療治と言わざるを得ない大掛かりな仕掛けだった。
チハルが重たく感じる瞼をようやく、開くと見慣れない天井が目に入った。
まだ、新しい木材を使ったと思しき板張りの天井だった。
視線を落とすと真新しいシーツがかけられていることも分かった。
どうやら、自分はちゃんとしたベッドの上に寝ているらしいと理解したチハルは、ほっと胸を撫で下ろした。
そして、先程、気を失う前に見たのはやはり悪い夢を見ていただけに過ぎないのだと考えた。
チハルが壁だと思って、激突したのは無機質な物体ではなかった。
全身が毛むくじゃらの生き物だった。
二足歩行をしている狼と言ってもおかしくない姿はまるで狼男の着ぐるみを着ているようだったが、質感が尋常ではなかった。
当たった時に感じたごわっとした毛の感触と体温の温もりがあったのだ。
下半身にはだぼだぼとしたスラックスのような物を穿いているが、上半身は毛むくじゃらの体がむき出しになっている。
その毛むくじゃらの部分にもろにチハルは激突した。
「jgpせkgs?」
狼男らしき生き物が何か、言語らしきものを発した途端、現実を受け入れたくないチハルが意識を手放したのである。
だから、決して夢ではなかったのだが彼女はそれを認めようとはしない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
チハルは現在、自分が置かれた状況を全く、把握していない。
夢だと思い込み、現実逃避することで目を逸らしている。
飲みすぎたせいで倒れていた自分を親切な人が、解放してくれただけに違いない。
そう思うことにしたのだ。
「lggrgs」
えらく野太い男の声だった。
地の底から、響く声といった表現がこれほど合う声はないというほどに……。
方言が酷くなまっていて、何と言っているのか、聞き取れなかっただけだ。
そうに決まっているとチハルは心の中で信じてもいない神に祈りを捧げる。
「神様、仏様。お願いしますお願いします」と……。
しかし、勢いよく扉を開け、入って来た者の姿を見たチハルは魂が抜けるくらいに驚きを隠せない。
なまっていたのではない。
方言でも何でもなかったのだ。
彼らは自分が分かる言葉を喋っていないだけなのだとチハルは思い知った。
それはチハルが知っている生物に似ていた。
だが、彼女の知識にある生物とは異なっている。
「ワニが……ワニが二本足で立ってるよお!?」とチハルは混乱した。
全身はハーブを煮出したような深みがある緑の色の鋭く尖った鱗状の外殻で覆われている。
身の丈が優に二メートルはあろうかという巨体である。
鱗に覆われた腕も足も丸太のように太く、屈強そのものだった。
ローブとマントのような緩やかな衣装を身に着けていることから、知性的な生物と見て間違いないとチハルは混乱しながらも理解する。
「げp@えgffhr?」
何かを喋ったと驚きのあまり、目を見開いたまま、固まったチハルの様子にワニ男は困ったと言わんばかりに鋭い爪が生えた右の拳で頭の天辺辺りをがりがりと撫でた。
それがワニ男の癖らしい。
「どうなってんのよ、これええ」
チハルの叫びに答える者は誰もいない。
それも致し方ないことだ。
この世界はユリナが固有結界・絶対領域で創造された夢に過ぎない。
チハルが見ている『名もなき島』の情景は既に失われた過去の投影である。
様子を窺うようにチハルの前に姿を現した島民はユリナの考えに賛同し、この夢の仕掛けに参加することを了承した本人だった。
言葉が通じないのも異なる世界――鏡合わせの世界の住人だからに他ならない。
全く、言葉が通じない環境に鼻っ柱が強く、頭ばかりが大きくなった娘を放り込む。
いささか荒療治と言わざるを得ない大掛かりな仕掛けだった。
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