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第85話 備忘録CaseVII・昔々あるところに提灯小僧という妖怪がおった
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昔々、あるところ。
ある日の夕暮れ時のこと。
今では名さえも残っていない小さな村に不思議な子供が現れた。
古ぼけて、擦り切れた着物に身を包んだ年の頃、十二か、十三くらいの少年だった。
鬼灯を思わせる真っ赤な顔をしている。
手にはほんのりと照らす程度に灯ったこれまた、古ぼけた提灯。
やがて夜の帳が下りてこようとも少年は提灯を手にたった一人ぼっち。
月明かりしかない真っ暗な夜道にぽつねんとただ佇んでいる。
時は戦乱の世が終わり、間もない頃のことである。
現代に比べ、怪異の存在はより身近なものとして、受け入れられている時代だった。
時に災いを成し、時に福を授けるもの。
提灯を手にした少年もそういった不可思議な存在に他ならないと知りながら、誰もが黙認していた。
少年が動き始めた。
視界にとある男を捉えたのだ。
男は村長の下で働くようになった村の新参者だった。
刀を握り、戦場を駆けるのを生業とし、長く生きてきた男だったが戦の世が終わり、思うところがあったのだろう。
己のことを誰も知らない辺境の小さな村に居を移し、新たな生を送っていた。
その手に刀はもうない。
代わりに握っているのは筆である。
幸いなことに男にはある程度の学があった。
元来、真面目な質の男は村長の下でこつこつと働くうちに警戒心が強い村人もいつしか、男を受け入れるようになっていた。
その日の夜、男は所用で帰りが遅くなった。
月明かりと手元の提灯以外、頼りになる灯はなく、非常に心細いものがある。
しかし、長年、戦場に身を置いた男にとってはさして、苦にならない。
夜駆けで明かりも灯さない暗がりを強いられたことさえあった。
その時、背後から小走りに走る気配と音をはっきりと感じた男が振り返ると件の提灯を手にした少年が、歩いていた。
歩くたびに提灯が微かに揺れる。
顔をやや俯かせ、小走りに走る少年はやがて、男を抜き去るととっとっと珍妙な足音を立て、足早に追い越していった。
男は薄気味が悪いと感じながらも後ろから、ついてこられるよりはましであろうと考えた。
ところが男を追い越したはずの少年は少し、先に行ったところで男を待つように佇んでいた。
そのまま道を急ぐのではなく、なんとも奇怪なことだと思いつつ男は気にせず、少年を通り過ぎようとした。
すると少年が負けじとばかりに歩み始める。
「はて、おかしなことだ」
呟きながらも負けず嫌いなところがある男も負けじとばかりに早足で抜き返す。
少年はそれに負けじとさらに早足になる。
「いやはや。変な小僧だ」
男はそう言いながらもさらに早足で少年を抜き返した。
どちらもが譲らない。
抜きつ抜かれつといつしか、駆け足のようになっていた。
気付けば、男はいつの間にやら家の前に着いていた。
不思議な少年と張り合っているうちに何だか、晴れやかで楽しい気分になっていた。
夜道を歩いている間はあれこれと嫌なことを思い出していたのが嘘のようだった。
「小僧。感謝致す」
笑うことを忘れていた男がふと笑みをこぼしたのを見届け、少年の姿はすっと煙のように消えてしまった。
男はやはり、あやかしであったかと思いながらも以前より、柔らかな印象を与える表情で村長や知人にその話をするのだった。
提灯を持った小僧の妖怪が出ると……。
提灯小僧は幸せを与えるいい妖怪であると……。
ある日の夕暮れ時のこと。
今では名さえも残っていない小さな村に不思議な子供が現れた。
古ぼけて、擦り切れた着物に身を包んだ年の頃、十二か、十三くらいの少年だった。
鬼灯を思わせる真っ赤な顔をしている。
手にはほんのりと照らす程度に灯ったこれまた、古ぼけた提灯。
やがて夜の帳が下りてこようとも少年は提灯を手にたった一人ぼっち。
月明かりしかない真っ暗な夜道にぽつねんとただ佇んでいる。
時は戦乱の世が終わり、間もない頃のことである。
現代に比べ、怪異の存在はより身近なものとして、受け入れられている時代だった。
時に災いを成し、時に福を授けるもの。
提灯を手にした少年もそういった不可思議な存在に他ならないと知りながら、誰もが黙認していた。
少年が動き始めた。
視界にとある男を捉えたのだ。
男は村長の下で働くようになった村の新参者だった。
刀を握り、戦場を駆けるのを生業とし、長く生きてきた男だったが戦の世が終わり、思うところがあったのだろう。
己のことを誰も知らない辺境の小さな村に居を移し、新たな生を送っていた。
その手に刀はもうない。
代わりに握っているのは筆である。
幸いなことに男にはある程度の学があった。
元来、真面目な質の男は村長の下でこつこつと働くうちに警戒心が強い村人もいつしか、男を受け入れるようになっていた。
その日の夜、男は所用で帰りが遅くなった。
月明かりと手元の提灯以外、頼りになる灯はなく、非常に心細いものがある。
しかし、長年、戦場に身を置いた男にとってはさして、苦にならない。
夜駆けで明かりも灯さない暗がりを強いられたことさえあった。
その時、背後から小走りに走る気配と音をはっきりと感じた男が振り返ると件の提灯を手にした少年が、歩いていた。
歩くたびに提灯が微かに揺れる。
顔をやや俯かせ、小走りに走る少年はやがて、男を抜き去るととっとっと珍妙な足音を立て、足早に追い越していった。
男は薄気味が悪いと感じながらも後ろから、ついてこられるよりはましであろうと考えた。
ところが男を追い越したはずの少年は少し、先に行ったところで男を待つように佇んでいた。
そのまま道を急ぐのではなく、なんとも奇怪なことだと思いつつ男は気にせず、少年を通り過ぎようとした。
すると少年が負けじとばかりに歩み始める。
「はて、おかしなことだ」
呟きながらも負けず嫌いなところがある男も負けじとばかりに早足で抜き返す。
少年はそれに負けじとさらに早足になる。
「いやはや。変な小僧だ」
男はそう言いながらもさらに早足で少年を抜き返した。
どちらもが譲らない。
抜きつ抜かれつといつしか、駆け足のようになっていた。
気付けば、男はいつの間にやら家の前に着いていた。
不思議な少年と張り合っているうちに何だか、晴れやかで楽しい気分になっていた。
夜道を歩いている間はあれこれと嫌なことを思い出していたのが嘘のようだった。
「小僧。感謝致す」
笑うことを忘れていた男がふと笑みをこぼしたのを見届け、少年の姿はすっと煙のように消えてしまった。
男はやはり、あやかしであったかと思いながらも以前より、柔らかな印象を与える表情で村長や知人にその話をするのだった。
提灯を持った小僧の妖怪が出ると……。
提灯小僧は幸せを与えるいい妖怪であると……。
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