世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

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第75話 備忘録CaseVI・金の衣を着て①長い詠唱は初回だけ

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 歌姫一行の冒険行はまだ、終わらない。

 『大迷宮』はである。
 外観こそ、塔や地下迷宮といった建造物にしか見えないが、不思議なことに建材を使って、建築された物ではない。
 ダンジョンには主人マスターと呼ばれる存在が必要不可欠である。
 このマスターが所持しているコアを依代として生成された位相の異なる異空間。
 それがダンジョンなのだ。

 その為、ダンジョンを消すにはコアを破壊する必要があった。
 ダンジョン・マスターはそうされないように手段を講じる。
 手段は時に人的被害だけではなく、周辺の環境さえも一変させることがある。
 それゆえにダンジョンはあやかしの世界であっても招かれざる客人といった扱いになった。
 富や名声といった恩恵を与えてくれる一方、破滅を呼ぶかもしれない危険な存在だったからだ。

 そんな危険なダンジョンを野放しにしたまま、帰るといった選択肢は一行にない。
 何より、ヒートアップしていくコメント欄がそれを許すとは思えなかった。
 ユリナもこのまま、帰ったのでは世界初のダンジョンライブ配信の意味がなくなると感じた。
 この配信はダンジョンの存在を世界へ知らしめる啓蒙活動に近いのだ。
 それを知らしめる為にも是が非でもダンジョン・マスターをと考えていた。



 一行はダンジョン・マスターが待ち受けるであろうサヴァナの先を目指し、旅を続けた。
 屋内であるにも関わらず、天には茜色に輝く球体が存在しており、容赦なく地上を照り付けている。
 周囲に広がるサヴァナの風景はどこまでも見渡せると錯覚を起こしかけるほどに雄大だが、それに感動するのも最初の内だけだった。

 あまりにも単調な風景の連続に一行の誰しもが言葉を失いかけていたが、時折思い出したようにギガースが襲撃してきた。
 もはや一蹴される存在ではあったものの、ライブのとしてはうってつけの内容である。
 世界初のダンジョン冒険模様を送り届けるライブ配信を盛り上げる要素の一つにされたギガースがどう思っているのかは分からないが……。

 適度な盛り上がりに欠ければ、冗長な配信になってしまい、視聴者離れに繋がる。
 これを避ける為にもは必要不可欠なのだ。
 ユリナは贅沢を言えば、もっとバリエーションの豊かなを用意して欲しいものだと考え、ふと湧いた疑問に小首を傾げる。
 ギガースの特性=祝福があやかしによる攻勢への防衛手段に他ならない。
 あやかしにより強制的に排除される因子を徹底的に取り除こうとする強固な意思を感じるが、あやかしではない人の力を試そうとしているようにも感じられたからだ。

 イリスとテラのコンビに倒された個体。
 ユリナに凍らされたギガースの個体。
 二体のギガースで打ち止めではなかった。
 ギガースの複数形はギガンテスである。
 複数形が存在する理由はつまり、そういうことなのだ。

 あまりにも出てくるのでコメント欄も今度はどうやって倒すのかといった点で盛り上がりを見せており、歌声だけで姿を見せない歌姫リリーが顔を見せてくれることを待ち望む声も非常に多かった。
 ユリナは「面倒だわ」と一笑に付すと、配信に映る素振りを全く、見せない。
 今日のライブでは一貫してバックアップ――裏方に徹する心積もりが強いらしい。

 時には数体のギガースが一度に押し寄せてくることもあった。
 しかし、幾度の連携を経たことで今や完璧に機能しているイリスとテラのコンビネーションに死角はなくなりつつある。
 正面からと限定されるのが難点だったが……。
 正面から出現したギガースはテラの籠手ガントレットに行く手を阻まれたところをイリスの鋼鉄をも切り裂く、爪の前になすすべもなく解体されていった。
 テラは着実に己の力のコントロールが巧みになっていた。
 これまでは激情の赴くままに力を思い切り振るっているだけで無駄遣いをしていたのだ。
 彼の本質はにこそ、向いていたのである。

 この時、ライブ画面に映っているのはメインのキャストとなるイリスとテラだけだった。
 普段、イリスと組んでいるイザークフェンリルも極力、画面に映らない動きを心がけており、二人の動きのみが世界に配信されている。
 ではの二人は何をしているのか。
 実のところ、裏方は配信画面に映っている表とは比較にならない煩雑な作業を処理していたのである。

「あのリーナ
「なぁに? レオ

 バケツ頭の中で怪訝な表情こそ、ばれていないものの言い方と声色で妻には筒抜けとは気付いていない麗央の言葉にユリナは花も綻ぶ笑みを浮かべながら、答えるが作業の手は決して止めない。
 手にしている魔法杖ユグドラシルを戦闘形態に変化させ、片手でまるで鞭を扱うように振るっていた。
 分類では杖に位置づけられているユグドラシルだが、形状は槍によく似ている。
 ただの槍ではない。
 持ち手以外の部分が無数の節に分かれており、全方位どこまでも届くのではないかと錯覚を起こすほどに伸長している。
 連節刃チェーンエッジと呼ばれる刀身部分が分割され、鞭のように扱える武器がある。
 その連節刃チェーンエッジの機構を槍・棍に応用した特殊な武具がユグドラシルなのだ。
 たちの悪いことにユグドラシルの適性距離はない。
 ユリナが望む限り、どのようにも変化させられるのだから、相対した者にとってこれほど厄介な物はないだろう。

「さっきの長い呪文とかはいらないのかい?」

 麗央はユリナのな鞭捌きに感心しながらも純粋に湧き上がる疑問を聞かずにはいられなかった。
 彼の中で鞭を手にした妻が自分を虐げると想像することすらないのだ。
 それだけの深い愛と信頼関係が築かれているとも言えるが、麗央がまだ大人になり切れていない純粋さゆえでもあった。

「面倒だもん♪」
「ええ……」

 あっけらかんとした調子で答えるユリナにさすがの麗央も唖然とする。
 一行の側方や後方から、襲い掛かろうとしていたギガースの群れは伸長したユグドラシルによって、ことごとくが貫かれ、穿たれて物言わぬ氷像と化していた。
 麗央は思った。
 ユリナに詠唱する時間を作って欲しいとせがまれ、朗々と詠唱していた絶対零度アブソリュートゼロは何だったのかと……。
 目の前で嬉々とした様子でユグドラシルを振るい、瞬時にを凍らせていく妻を見ると新たな疑問が浮かび上がる。
 詠唱の必要性がなかったのではないかと……。

「そ、そうなんだ」
「あんなに長いのは初回だけで充分でしょ? さっさと片付けて、帰りたいわ。早く、お風呂に入りたいわ」
「そ、そっか」

 しかし、そんな麗央の疑問は瞬時に消え去る運命である。
 ユリナが右手でユグドラシルを振るい、開いた左手でドレスの胸元を直すと豊かな果実のように実った双丘がたわわに零れ落ちそうになった。
 それだけで彼の中の疑問は霧消するのだった。
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