66 / 159
第66話 備忘録CaseVI・ハウステンピョス③月と呼ばれた少女
しおりを挟む
茜色に大地を染め上げる太陽は未だ天に座している。
残陽でありながらも勢いは少し、衰えた程度に過ぎない。
運河に面したカフェのテラス席で互いを探るように対面する二人の少女の姿は傍目から見れば、一枚の絵画から切り取られたとでも言わんばかりに華があった。
日本をほぼ勢力下に置き、世界をも席巻せんと勢いに乗った『歌姫』は黙っていれば、陶器人形と見紛う整った容貌の持ち主である。
スラブ系民族の特徴を色濃く、受け継いだ顔立ちはやや丸みを帯びた輪郭も相まって、美しい大人の女性というよりも可愛らしい顔立ちの少女と言った方がふさわしい。
色素が薄いプラチナブロンドの髪と光線の加減により、アメジストに見える時もあれば、ルビーにも見える不思議な瞳が魅力を添えた。
対面する少女もまた、美しい容貌の持ち主である。
ユリナの顔立ちがスラブ系で西欧人らしく、陶器人形に近いとするならば、少女のそれは日本人形に似た要素が強い。
しかし、その髪の色は日本人とはかけ離れた銀糸を思わせるシルバーブロンドであり、猫目に収まる宝石のような瞳はアメジストの輝きを放っていた。
「先に自己紹介した方がいいかしら?」
先に動いたのはユリナの方だった。
互いに探り合う視線は友好的なものとは言い難く、お世辞にも空気がいいとは言えなかった。
「私はユリナ。それともリリーと名乗った方が分かりやすい?」
麗央がその場にいれば、ユリナの声色がいわゆるお仕事モードに入っているよそ行きの声であり、感情を隠していると気付いたに違いない。
そう思わせるのに十分な心の内が見えない声だった。
「お目にかかれて光栄ですわ、歌姫。私は伊佐名月。ルナとお呼びくださいまし」
対する銀髪の少女――ルナもまた、一切心の小波を感じさせない見事な受け答えである。
それもそのはず。
責任を放棄した偉大な両親、責任から逃げる姉。
さらには責任と対立する弟と家族に恵まれているルナはその細い両肩に重すぎる責任を背負って、生きている。
猫を被り、己を偽ることにかけてはユリナといい勝負と言っても過言ではない。
「それではルナさん。単刀直入にビジネスのお話に入りましょうか?」
「いいですわね。私も回りくどい言い方より、直球の方が好きですわ」
ユリナとルナ。
似ているようで似ていない二人だがほぼ同じタイミングで僅かに口角を上げ、軽い笑みを浮かべた。
環境が影響し、腹の探り合いをすることに慣れていた。
それがゆえに出会いの印象があまりよろしいとは言えなかったユリナとルナだが、会話を交わしているうちに互いを多少なりとも理解する余裕が生まれた。
「グローリー社の全面的なバックアップも約束される。それにこの私がプロデュースするんだから! 売れるのは確実と思って。契約はそうね。これくらいでどうかしら?」
「それは助かるのだけど……見返りが必要でしょう?」
ユリナがメモに書き記した数字の多さを見て、一瞬、その顔が引き攣ったルナだがすぐに現実へと立ち戻ると何事もなかったように切り返して見せる。
「大した見返りは要求しないわ。これはあなた達にとって……いいえ、この国にとって悪いことではないと思うのよ」
「んっ……これは。私の一存ではさすがに決められないですわ」
数字の横にユリナが書いた『八岐大蛇』という単語にさしものルナの頬が引き攣った。
ルナにとって、ユリナとの約定は何も失うことが無く、得難い物を得られるこれ以上ない好条件である。
契約に従えば、姉である天を強制的にYoTuberデビューさせなければいけないが、それこそ願ったり叶ったりだったのだ。
ソラは太陽の申し子であり、日の光の下でこそ輝きを見せる存在だ。
それが何の因果か、太陽の光が眩しいと部屋に閉じこもり出てこなくなった。
出てくる時は食事や入浴など、必要がある時だけの立派な引き籠りの誕生である。
その姉の尻を叩き、性根を鍛え直すと宣言したユリナの自信に満ちた物言いはルナにとって、一条の光のように見えたのだった。
しかし、八岐大蛇の文字があまりにも重い。
彼女の理性が契約の一歩手前でストップをかけた。
「それも悪くないと思うわ。大変なんでしょ、あなた達のところも」
「それはその……ええ。まぁ、色々とありますから」
どこか疲れ切った表情でそう零すルナの顔はあまりにも真に迫ったものだった。
ユリナもそれ以上は無理に話を進めようとはしない。
見た目通り、少女らしい会話を交わす雑談をする程度に留まっていた。
その様子はどことなく、打ち解けた印象が強く、何者知らない者が見かけたら、二人が仲の良い友人関係にあると錯覚してもおかしくない。
「あら? 遅かったのね、レオ」
「何をしているのよ……陸」
それから、程なくしてからのことだった。
どこかへと姿を消していた麗央がひょっこりと戻ってきた。
その後ろにはユリナの見覚えが無い背の高い少年の姿があった。
きちんとセットされていたと思しき、青みがかった黒髪は乱れ、マリンブルーのジャージ上下もやや着崩れている。
何かがあったと察するのに余りある状況だった。
残陽でありながらも勢いは少し、衰えた程度に過ぎない。
運河に面したカフェのテラス席で互いを探るように対面する二人の少女の姿は傍目から見れば、一枚の絵画から切り取られたとでも言わんばかりに華があった。
日本をほぼ勢力下に置き、世界をも席巻せんと勢いに乗った『歌姫』は黙っていれば、陶器人形と見紛う整った容貌の持ち主である。
スラブ系民族の特徴を色濃く、受け継いだ顔立ちはやや丸みを帯びた輪郭も相まって、美しい大人の女性というよりも可愛らしい顔立ちの少女と言った方がふさわしい。
色素が薄いプラチナブロンドの髪と光線の加減により、アメジストに見える時もあれば、ルビーにも見える不思議な瞳が魅力を添えた。
対面する少女もまた、美しい容貌の持ち主である。
ユリナの顔立ちがスラブ系で西欧人らしく、陶器人形に近いとするならば、少女のそれは日本人形に似た要素が強い。
しかし、その髪の色は日本人とはかけ離れた銀糸を思わせるシルバーブロンドであり、猫目に収まる宝石のような瞳はアメジストの輝きを放っていた。
「先に自己紹介した方がいいかしら?」
先に動いたのはユリナの方だった。
互いに探り合う視線は友好的なものとは言い難く、お世辞にも空気がいいとは言えなかった。
「私はユリナ。それともリリーと名乗った方が分かりやすい?」
麗央がその場にいれば、ユリナの声色がいわゆるお仕事モードに入っているよそ行きの声であり、感情を隠していると気付いたに違いない。
そう思わせるのに十分な心の内が見えない声だった。
「お目にかかれて光栄ですわ、歌姫。私は伊佐名月。ルナとお呼びくださいまし」
対する銀髪の少女――ルナもまた、一切心の小波を感じさせない見事な受け答えである。
それもそのはず。
責任を放棄した偉大な両親、責任から逃げる姉。
さらには責任と対立する弟と家族に恵まれているルナはその細い両肩に重すぎる責任を背負って、生きている。
猫を被り、己を偽ることにかけてはユリナといい勝負と言っても過言ではない。
「それではルナさん。単刀直入にビジネスのお話に入りましょうか?」
「いいですわね。私も回りくどい言い方より、直球の方が好きですわ」
ユリナとルナ。
似ているようで似ていない二人だがほぼ同じタイミングで僅かに口角を上げ、軽い笑みを浮かべた。
環境が影響し、腹の探り合いをすることに慣れていた。
それがゆえに出会いの印象があまりよろしいとは言えなかったユリナとルナだが、会話を交わしているうちに互いを多少なりとも理解する余裕が生まれた。
「グローリー社の全面的なバックアップも約束される。それにこの私がプロデュースするんだから! 売れるのは確実と思って。契約はそうね。これくらいでどうかしら?」
「それは助かるのだけど……見返りが必要でしょう?」
ユリナがメモに書き記した数字の多さを見て、一瞬、その顔が引き攣ったルナだがすぐに現実へと立ち戻ると何事もなかったように切り返して見せる。
「大した見返りは要求しないわ。これはあなた達にとって……いいえ、この国にとって悪いことではないと思うのよ」
「んっ……これは。私の一存ではさすがに決められないですわ」
数字の横にユリナが書いた『八岐大蛇』という単語にさしものルナの頬が引き攣った。
ルナにとって、ユリナとの約定は何も失うことが無く、得難い物を得られるこれ以上ない好条件である。
契約に従えば、姉である天を強制的にYoTuberデビューさせなければいけないが、それこそ願ったり叶ったりだったのだ。
ソラは太陽の申し子であり、日の光の下でこそ輝きを見せる存在だ。
それが何の因果か、太陽の光が眩しいと部屋に閉じこもり出てこなくなった。
出てくる時は食事や入浴など、必要がある時だけの立派な引き籠りの誕生である。
その姉の尻を叩き、性根を鍛え直すと宣言したユリナの自信に満ちた物言いはルナにとって、一条の光のように見えたのだった。
しかし、八岐大蛇の文字があまりにも重い。
彼女の理性が契約の一歩手前でストップをかけた。
「それも悪くないと思うわ。大変なんでしょ、あなた達のところも」
「それはその……ええ。まぁ、色々とありますから」
どこか疲れ切った表情でそう零すルナの顔はあまりにも真に迫ったものだった。
ユリナもそれ以上は無理に話を進めようとはしない。
見た目通り、少女らしい会話を交わす雑談をする程度に留まっていた。
その様子はどことなく、打ち解けた印象が強く、何者知らない者が見かけたら、二人が仲の良い友人関係にあると錯覚してもおかしくない。
「あら? 遅かったのね、レオ」
「何をしているのよ……陸」
それから、程なくしてからのことだった。
どこかへと姿を消していた麗央がひょっこりと戻ってきた。
その後ろにはユリナの見覚えが無い背の高い少年の姿があった。
きちんとセットされていたと思しき、青みがかった黒髪は乱れ、マリンブルーのジャージ上下もやや着崩れている。
何かがあったと察するのに余りある状況だった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる