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第61話 備忘録CaseVI・黄泉比良坂
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黄泉比良坂は現世と隠世の境目に位置する長大な坂道として、その名を知られている。
日本の神話に登場する想像上の地名と思いきや、決してそうではない。
異なる世界を隔てる境界として、鈴鹿の関を超えた関西――かつて出雲と呼ばれた地域に実在している。
黄泉比良坂駅は日本海を望みながら西上を続け、伯耆国と呼ばれた地を越えてからすぐの場所にある。
すぐと言うには語弊があるかもしれない。
幽霊列車の驚異的な速度をもってすれば、といった一文が必要なのだから。
そして、この黄泉比良坂駅は例によって例の如く、普通に視えない。
霊力が少ない普通の人間には当然のように視認出来ない代物だった。
幽霊列車に乗る資格を有していれば、問題なく見ることが可能である。
かつて存在した高速鉄道の外観を模して、作られた幽霊列車だがその実態は列車の形をした未確認飛行物体と言った方が近い。
そうである以上、黄泉比良坂駅も一般的に考えられる駅の体裁をとっていなかった。
どこまでも続いていると錯覚を起こしかねない深淵の闇へと延びる長大な坂の頂上付近に設けられた施設は、駅舎とホームには見えない。
巨大なジャンボジェット機を収める格納庫に近かった。
音もなく、すっと駅へと侵入した幽霊列車はこの地で暫くの休息をとる。
この駅で降車する者も少なからずいた。
彼らは言わば選ばれし死者である。
多くの死者は命を落とした地から、自然に冥府と呼ばれる異なる世界へと誘われる。
ところが高いマナを有した者が命を落とした場合、いささか事情が異なるのだ。
マナが多い者は転じて、『怪異』と化す例が往々にしてあった。
この事態を避けるべく運用されているのが幽霊列車だった。
予めそういった候補者のリストアップが成されており、リストに基づき命を落とした候補者を回収する。
こうした取り組みは既に世界中で行われていた。
各地に地域に即した高速列車や機関車の形を模した幽霊列車が運行しているのだ。
「あれは確か……」
黄泉比良坂駅で降りる選択肢を選ばなかった麗央とユリナが当然のように座席に座ったまま、窓から見える景色に目をやった。
麗央の目を捉えて離さないのは小山ほどはあろうかという巨大な何かである。
「八岐大蛇よ。今は機能を停止しているみたい」
「へえ。あれがそうなんだ」
目を輝かせ、小山のような物体をしげしげと観察する麗央はまるで新しい玩具を見つけた少年のように生き生きとした表情をしている。
だが、ユリナの表情は彼とは対照的な冷めたものだった。
彼女の眼中に国津神の残照と言うべき八岐大蛇はないのだ。
先程まで足での行為で麗央が見せた表情に愉悦にも似た感情を抱き、自身もそれまでに感じたことのない昂りを確かに得つつあった。
それが駅への到着アナウンスで失われた。
ユリナは自分でも分からない。
そうとはいえ、行き場がなくなった思いを麗央にぶつけることも出来なかった。
昂りの影響か、軽く特徴的なツインテールが蛇のようにうねり、生きているかのようだったのが嘘のようにおとなしくなった。
重力に逆らうことなく、白金色の髪はしな垂れている。
「レオはアレのこと、あまり知らないの?」
「え? ま、まあね」
「ふぅ~ん」
何かを閃いたらしく、力を失っていたユリナのツインテールが再び、息を吹き返した。
悪戯を思いついた猫のように瞳を輝かせる。
否。
猫などといった可愛らしい生き物ではない。
獲物を見つけた捕食者の目である。
「お姉さんが教えてあげましょうかぁ?」
「い、い、いや……いいよ。後で調べる」
二人は既に夫婦として、それなりに長い時間を過ごしている。
ユリナの悪い癖がまた始まったと感じながらも回避する術を知らない麗央に逃げ場はなかった。
麗央自身を足で愛でていたユリナが、人目を気にして引っ込めたのがせめてもの救いである。
「そういうのを負け惜しみって言うのよ、レオ君。私が教えてあげるってばぁ」
麗央は察した。
こう言い出したユリナは決して、引くことがないと……。
日本の神話に登場する想像上の地名と思いきや、決してそうではない。
異なる世界を隔てる境界として、鈴鹿の関を超えた関西――かつて出雲と呼ばれた地域に実在している。
黄泉比良坂駅は日本海を望みながら西上を続け、伯耆国と呼ばれた地を越えてからすぐの場所にある。
すぐと言うには語弊があるかもしれない。
幽霊列車の驚異的な速度をもってすれば、といった一文が必要なのだから。
そして、この黄泉比良坂駅は例によって例の如く、普通に視えない。
霊力が少ない普通の人間には当然のように視認出来ない代物だった。
幽霊列車に乗る資格を有していれば、問題なく見ることが可能である。
かつて存在した高速鉄道の外観を模して、作られた幽霊列車だがその実態は列車の形をした未確認飛行物体と言った方が近い。
そうである以上、黄泉比良坂駅も一般的に考えられる駅の体裁をとっていなかった。
どこまでも続いていると錯覚を起こしかねない深淵の闇へと延びる長大な坂の頂上付近に設けられた施設は、駅舎とホームには見えない。
巨大なジャンボジェット機を収める格納庫に近かった。
音もなく、すっと駅へと侵入した幽霊列車はこの地で暫くの休息をとる。
この駅で降車する者も少なからずいた。
彼らは言わば選ばれし死者である。
多くの死者は命を落とした地から、自然に冥府と呼ばれる異なる世界へと誘われる。
ところが高いマナを有した者が命を落とした場合、いささか事情が異なるのだ。
マナが多い者は転じて、『怪異』と化す例が往々にしてあった。
この事態を避けるべく運用されているのが幽霊列車だった。
予めそういった候補者のリストアップが成されており、リストに基づき命を落とした候補者を回収する。
こうした取り組みは既に世界中で行われていた。
各地に地域に即した高速列車や機関車の形を模した幽霊列車が運行しているのだ。
「あれは確か……」
黄泉比良坂駅で降りる選択肢を選ばなかった麗央とユリナが当然のように座席に座ったまま、窓から見える景色に目をやった。
麗央の目を捉えて離さないのは小山ほどはあろうかという巨大な何かである。
「八岐大蛇よ。今は機能を停止しているみたい」
「へえ。あれがそうなんだ」
目を輝かせ、小山のような物体をしげしげと観察する麗央はまるで新しい玩具を見つけた少年のように生き生きとした表情をしている。
だが、ユリナの表情は彼とは対照的な冷めたものだった。
彼女の眼中に国津神の残照と言うべき八岐大蛇はないのだ。
先程まで足での行為で麗央が見せた表情に愉悦にも似た感情を抱き、自身もそれまでに感じたことのない昂りを確かに得つつあった。
それが駅への到着アナウンスで失われた。
ユリナは自分でも分からない。
そうとはいえ、行き場がなくなった思いを麗央にぶつけることも出来なかった。
昂りの影響か、軽く特徴的なツインテールが蛇のようにうねり、生きているかのようだったのが嘘のようにおとなしくなった。
重力に逆らうことなく、白金色の髪はしな垂れている。
「レオはアレのこと、あまり知らないの?」
「え? ま、まあね」
「ふぅ~ん」
何かを閃いたらしく、力を失っていたユリナのツインテールが再び、息を吹き返した。
悪戯を思いついた猫のように瞳を輝かせる。
否。
猫などといった可愛らしい生き物ではない。
獲物を見つけた捕食者の目である。
「お姉さんが教えてあげましょうかぁ?」
「い、い、いや……いいよ。後で調べる」
二人は既に夫婦として、それなりに長い時間を過ごしている。
ユリナの悪い癖がまた始まったと感じながらも回避する術を知らない麗央に逃げ場はなかった。
麗央自身を足で愛でていたユリナが、人目を気にして引っ込めたのがせめてもの救いである。
「そういうのを負け惜しみって言うのよ、レオ君。私が教えてあげるってばぁ」
麗央は察した。
こう言い出したユリナは決して、引くことがないと……。
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