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第59話 備忘録CaseVI・歌姫、西へ②隠世の車窓から
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新Y駅のホームを音もなく、車両が出て行く。
闇夜を纏ったが如く、漆黒の車体である。
やや丸みを帯びた流線型の形状はかつて、日本の地で生まれた高速鉄道の初代零系の姿が完全に再現されたものだ。
「お養母様は芸達者ね」
「そうだね」
頬杖をついたユリナが車窓から見えるY市の夜景に心底、感心したような声を上げる。
彼女が時折、見せる年頃の少女を思わせる無邪気な表情が麗央の心を激しく揺さぶった。
そのまま彼女を抱き寄せ、鈴の音を転がす声を紡ぐ、桜色の唇を奪いたい。
それどころか、貪るように彼女の体を味わいたいと何かが自分の中で叫んでいる。
己のものとは思えぬ獣欲を無理矢理、理性という名の鎖で抑えつけた麗央は努めて冷静を装って、返事をする。
抑えた感情のせいか、心無し麗央の声が震えていることに気付いたユリナはわざと気付かなかったように装い、静かに首肯した。
幽霊列車零式。
麗央の養母である光宗回博士が設計し、開発を指揮した次世代ではなく、異世界型の交通機関である。
光宗博士が考案した永遠なる機関――主要部品がブラックボックスと化した無限機関であり、その燃料すら明らかにされていない――を動力として、搭載しており既存の高速鉄道や飛行機に匹敵する速度を理論上は達成している。
いわゆる列車と呼ばれる形状でロールアウトされたのは、搭乗者に快適な旅を約束する為だと言われていた。
だが、そこには多分に義娘の強い思い入れが働いていたことを知る者は少ない。
「だけどさ。何も駅で待つ必要はなかったんじゃないかい?」
真向いの席で夜景に一喜一憂するユリナの百面相を横目に麗央もY市の夜景へと目をやった。
「甘いわね、レオくん。こういうのは気分が大事なのよ? 旅をしているって実感出来る方が面白いでしょ」
やがて、ユリナは夜景を見ることに飽きたのか、麗央の大きな掌を両手で包むと眉間に皺を寄せながら、しきりにあちこちを押し始めた。
ユリナのじゃれつきを意にも介さず、麗央は夜景に目を向けたまま、大きな欠伸をする。
むきになって、手のツボを押していたユリナもやがて飽きたのか、最新のファッション雑誌を手に取ると読み始めた。
麗央が疑問を持つのもおかしなことではなかった。
幽霊列車零式は列車という体をとっているに過ぎない。
この不思議な交通機関はレールの上を走らなくてはならない頚木から、解放されている。
そもそもが車輪も離着陸に際し、使用されるだけのものだ。
収納式になっている可変型の車輪を見ると本当に列車なのか、疑う者すらいるだろう。
ホームに入る必要もなければ、駅すらも必要としない。
それが幽霊列車なのだ。
漆黒のボディカラーにも重要な意味合いがあった。
伊達に夜の闇を纏っているのではない。
列車は『あやかし』もしくはそれに準ずる者にしか、視認出来ない特殊な塗装が施されていた。
ある程度の霊力とでも言うべき素養が必要な以上、ホモサピエンスに類する生物はほぼその資格を持っていないも同然だった。
歌姫リリーがあのライブを行うまでは……。
比較的、緩やかなダイヤグラムに基づき、運航を管理されている幽霊列車だが以前に比べれば乗客は増えている。
そのせいか、ユリナが取った座席の車両も一行の貸し切りという訳にはいかず、ちらほらと変わったなりの客の姿が見受けられた。
スーツ姿に身を包んでいるものの質感から、人間とは明らかに異なる種と分かる薄緑色の肌をした男や薄っすらと見える影法師のような子供。
日本では古来、妖怪と呼ばれていたモノ達の姿だった。
闇夜を纏ったが如く、漆黒の車体である。
やや丸みを帯びた流線型の形状はかつて、日本の地で生まれた高速鉄道の初代零系の姿が完全に再現されたものだ。
「お養母様は芸達者ね」
「そうだね」
頬杖をついたユリナが車窓から見えるY市の夜景に心底、感心したような声を上げる。
彼女が時折、見せる年頃の少女を思わせる無邪気な表情が麗央の心を激しく揺さぶった。
そのまま彼女を抱き寄せ、鈴の音を転がす声を紡ぐ、桜色の唇を奪いたい。
それどころか、貪るように彼女の体を味わいたいと何かが自分の中で叫んでいる。
己のものとは思えぬ獣欲を無理矢理、理性という名の鎖で抑えつけた麗央は努めて冷静を装って、返事をする。
抑えた感情のせいか、心無し麗央の声が震えていることに気付いたユリナはわざと気付かなかったように装い、静かに首肯した。
幽霊列車零式。
麗央の養母である光宗回博士が設計し、開発を指揮した次世代ではなく、異世界型の交通機関である。
光宗博士が考案した永遠なる機関――主要部品がブラックボックスと化した無限機関であり、その燃料すら明らかにされていない――を動力として、搭載しており既存の高速鉄道や飛行機に匹敵する速度を理論上は達成している。
いわゆる列車と呼ばれる形状でロールアウトされたのは、搭乗者に快適な旅を約束する為だと言われていた。
だが、そこには多分に義娘の強い思い入れが働いていたことを知る者は少ない。
「だけどさ。何も駅で待つ必要はなかったんじゃないかい?」
真向いの席で夜景に一喜一憂するユリナの百面相を横目に麗央もY市の夜景へと目をやった。
「甘いわね、レオくん。こういうのは気分が大事なのよ? 旅をしているって実感出来る方が面白いでしょ」
やがて、ユリナは夜景を見ることに飽きたのか、麗央の大きな掌を両手で包むと眉間に皺を寄せながら、しきりにあちこちを押し始めた。
ユリナのじゃれつきを意にも介さず、麗央は夜景に目を向けたまま、大きな欠伸をする。
むきになって、手のツボを押していたユリナもやがて飽きたのか、最新のファッション雑誌を手に取ると読み始めた。
麗央が疑問を持つのもおかしなことではなかった。
幽霊列車零式は列車という体をとっているに過ぎない。
この不思議な交通機関はレールの上を走らなくてはならない頚木から、解放されている。
そもそもが車輪も離着陸に際し、使用されるだけのものだ。
収納式になっている可変型の車輪を見ると本当に列車なのか、疑う者すらいるだろう。
ホームに入る必要もなければ、駅すらも必要としない。
それが幽霊列車なのだ。
漆黒のボディカラーにも重要な意味合いがあった。
伊達に夜の闇を纏っているのではない。
列車は『あやかし』もしくはそれに準ずる者にしか、視認出来ない特殊な塗装が施されていた。
ある程度の霊力とでも言うべき素養が必要な以上、ホモサピエンスに類する生物はほぼその資格を持っていないも同然だった。
歌姫リリーがあのライブを行うまでは……。
比較的、緩やかなダイヤグラムに基づき、運航を管理されている幽霊列車だが以前に比べれば乗客は増えている。
そのせいか、ユリナが取った座席の車両も一行の貸し切りという訳にはいかず、ちらほらと変わったなりの客の姿が見受けられた。
スーツ姿に身を包んでいるものの質感から、人間とは明らかに異なる種と分かる薄緑色の肌をした男や薄っすらと見える影法師のような子供。
日本では古来、妖怪と呼ばれていたモノ達の姿だった。
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