世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
58 / 159

第58話 備忘録CaseVI・歌姫、西へ①幽霊列車

しおりを挟む
 草木も眠る丑三つ時、高速新幹線の駅として知られる新Y駅のホームに彼らの姿があった。

「この方が味わいがあっていいでしょ?」

 ユリナはフリルとリボンがふんだんにあしらわれた余所行きの純白のツーピースドレスに身を包み、あっけらかんとした表情で言った。
 何とも納得がいかない顔をする麗央だったが、彼女に満面の笑みを向けられるとついつい理由もなく納得しかけ、慌ててかぶりを振る。
 何の迷いもなく純粋にそう感じ、行っているとしか思えないユリナの笑顔はあまりにも眩しかった。
 つい見惚れていた麗央は冷静さを取り戻そうと再び、かぶりを振る。

「味わいか。分かるけどさ」

 しかし、麗央は「何で駅で待つ必要があるんだい?」と二の句を継ぐことを諦めた。
 心の底から、嬉しさを表現しているのがユリナだけではなかったからだ。
 ホームを興味津々といった様子を隠そうともせず、イリスとフェンリルが駆け回っている。
 彼らの無邪気な姿を見ると水を差すのも悪いと慮るのが、麗央の長所である。

 少しばかり前まではポメラニアンほどの大きさしかなかったフェンリルが、一回り大きくなった。
 サイズは既に日本スピッツもかくやというほどだった。



 気合を入れた余所行きのドレスを着たユリナを始めに雷家の面々が、どうして深夜の新Y駅のホームにいるのか。
 それはユリナが妙なこだわりを見せたことに起因する。

 N県S市にある九十九島観光公園に突如として、出現した謎の建造物『』。
 極東の小さな島国において、現時点でを処理できる力を持つ者は少ない。

 本来ならば、『タカマガハラ』が自国内の怪異による超常現象を人知れず処理する。
 それが道理でもあった。
 しかし、現状の欠けた『タカマガハラ』にその力がない。
 ユリナや麗央と同格とまでは言わないまでも力のあるの絶対数が足りていなかった。

 その為、出現した迷宮が『リアルに現れたダンジョン』として、YoTubeで取り上げられるようになると全てが後手に回った。
 迷宮の恐ろしさを知らず、不用意に侵入した配信者は憐れな第一号犠牲者となった。

 新たな指導者として、連なる者の一人を迎えた新体制の『タカマガハラ』が重い腰を上げた時には犠牲となった者が両手の指で数えられないほどになった。
 『迷宮』へと通じる表門には厳重な封がされ、武装した警備員が置かれた。
 ここにきて、人々もようやく事の重大さに気付き始めたのである。
 混乱している世界の中で比較的、平和を保っていた日本も例外ではなくなりつつあることに……。

 そして、この不測の事態の発生に旧日本国が所属するPRO環太平洋機構のお偉方は、特務機関である『タカマガハラ』に対し、拒否権の無い言い渡しを行った。
 それが異国の地のあやかし神族による干渉の受け入れだった。
 既に異国の地から渡来したあやかしであるユリナ=歌姫リリーにより、日本はほぼ骨抜きにされていた。
 PROの強制的な提案でありながら、渡りに船と言わんばかりに飛びついたと思われても仕方のない状況だったとも言えよう。



 かくして九十九島の迷宮を処理すべく、ユリナは麗央、イリス、フェンリルを伴い遥か西の地へと赴く必要性に迫られたのである。
 ここで鎌首をもたげたのがユリナのである。

 ユリナが持つ力は父ロキの血に由来する変容・変質させるものであり、この力は他の兄妹にも受け継がれている。
 長兄のフェンリルは己の体を変容させ、その体躯をより大きく強固な物へと変質させた。
 次兄のヨルムンガンドも兄と同じ、巨大な体躯へと自らの体を変質させたが大きな違いがある。
 攻撃を前提とした戦闘的な進化を遂げたフェンリルと比べ、負けるとも劣らぬ巨躯を誇るヨルムンガンドだが守りに徹する防御へとその体質を変容させたのは二人の生まれ持った性格の違いによるところが大きい。
 異母兄のナリもまた、体を変容・変質させることに長けていた。
 他者を取り込むことでその特質を変化させる力は、三兄妹よりも父ロキの血が濃いことを窺わせるものだった。
 異母妹のイリスは母親が人間である為、変容・変質の力はやや弱い。
 髪や爪を自在に操り、攻撃の手段へと転じることに長けていたが、やはり血は薄くなっていると言わざるを得なかった。

 そして、ユリナである。
 人間が地獄と考えているヘルヘイムを治める女王ヘルとして生まれた彼女の変容・変質の力は兄妹の中でも異質の物だった。
 ユリナは他者に働きかけ、変質・変容させることが可能なのだ。
 その力の一端が歌姫として、謳っている歌に現れている。

 ユリナは実体を持たないものにも働きかけられる。
 それを応用し、空間と空間の座標に働きかけることで瞬間移動テレポーテーションにも似た転移を行える。
 彼女の知識があれば、N県S市への移動は瞬きしている間に終わるはずだった。

 ところがユリナがそれでは面白くない旅になると言い出した。
 彼女のが発動した瞬間だった。
 何かと理由を付けては麗央との時間を有意義に過ごしたくて、仕方がない一種の病気である。

「こんなこともあろうかと思って、幽霊列車のチケットを取っておいたの」

 舌をちろりと覗かせ、おどけたように言うユリナの様子を見て、麗央は思った。
 してやられた、最初から仕組まれていたのだと……。
 だが、今回の小旅行が余程、楽しみなのか嬉しそうにしているユリナの顔を見ているとなぜか、全てを許せる麗央なのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...