世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
51 / 159

第51話 備忘録CaseV・妖退治の配信者

しおりを挟む
 あざとい系黒髪ロリYoTuberとして、確固たる地位を築きつつあるダリア。
 清純派お色気系YoTuberとしてデビューし、現在は赤い糸で結ばれたとカップルYoTuberとしての配信に切り替えたドロシア。
 七人組男性ユニットとして、順調にファンを増やしつつあるリ・トス。

 歌姫リリーがプロデュースしたYoTuber全員が成功を収めていた。
 そして、リリーがプロデュースする新たなYoTuberのデビューが予告され、世間を騒がせる。
 その名は『イリス』。
 リリーの妹であるという発表がさらに世を賑わせる。

 先行して公開されたPVがシルエットのみだったことも重なった。
 ネットでは様々な憶測が飛び交うことになる。
 シルエットで辛うじて分かるのは『イリス』が、振袖らしき着物と袴のような物を着ていることだけだった。
 『イリス』と彼女が手に抱いている『何かしらの生き物』。

 謎が謎を呼び、相乗効果を生む。
 これを知らないユリナではなかった。
 『イリス』とのデビューまで徐々に情報を公開することで巧みにリスナーの心理を扇動した。



 そして、迎えたYoTuber『イリス』のデビュー当日である。
 ライブ配信待機者数は記録を更新したリ・トスをも遥かに超える人数が集まった。

 イリスは振袖を思わせる白生地の着物に赤い袴を合わせた和装ファッションを身に纏い、はにかむような笑みを浮かべた。
 腕には自分と同じ銀の光を放つ毛のポメラニアンらしき小さな犬を抱えている。

 シャギーカットがされたショートボブのシルバーブロンドがさらさらと風に靡き、未だに慣れていないのか僅かに揺れ動く瞳は左右の色が異なっている。
 右の瞳は微かに輝いて見える黄金の色をしており、奇しくも腕に抱いたポメラニアンの双眸が同じ色で輝いていた。
 ただ、その瞳の輝きはイリスよりも遥かに強く、まさに爛々と輝くという言葉がふさわしいものだ。

「み、み、みんな~! 僕、イリスだよ」

 イリスは何度も練習を重ねたにも関わらず、出だしの言葉から舌を噛んでしまう。
 だがその様子が初々しいこともあり、コメント欄は興奮する視聴者のコメントで埋まっていく。
 チャンネル登録者数が目まぐるしく動いていくのは決して、気のせいではない。

「吾輩はフェ……モゴモゴ」

 そんな様子を気にも留めず、腕に抱かれていた相棒のポメラニアン(もどき)が、言葉を発した。
 バリトンボイスの落ち着いた声はいわゆるイケボと呼ばれる部類に入る声質だ。
 可愛らしい見た目のポメラニアンには不釣り合いな声でもあり、口パクもぴったりだったことから、コメント欄は紛糾する。

 イリスはと言えば、何かを口走りそうになった相棒のポメラニアン(もどき)の口を押え、どうにか全部を言わないようにするのが精一杯である。

「このわんこさんはイ、イ……ザックだよ。そう。ザックなんだ。みんな~、よろしくね」
「ふんっ。仕方ないのである。吾輩はザックである。よろしくなのである」

 渋々といった表情をしているのがポメラニアン(もどき)でありながらもはっきりと分かる。
 ふてぶてしさを隠そうともしないその面構えにはどこか、風格さえ感じられるものだ。

「さ、さて。みんな~、僕達はこれから、悪いヤツをやっつけに行くよ」

 チラッチラッとカンニングペーパーを確認したイリスはそんなザックの様子など、お構いなしに本日のデビュー配信を何とか繋げようと台詞を読み上げた。
 当然のように棒読みそのもので感情の欠片も込められていなければ、臨場感もさっぱり感じられない。
 しかし、コメント欄が凄い勢いで回っている。
 ここまで全てがユリナの思惑通りに動いていた。



「ねぇ? 私の言った通りでしょう?」
「そうだね」

 画面越しではなく、実際に配信中の兄と妹を見ながら、さらっと言ってのけるユリナを前に麗央は苦笑するしかない。
 口と態度こそ、自信に満ち溢れたユリナが実のところ、二人のことが心配で堪らず、影から見守っている。
 そのことを知っているのは麗央だけだった。

退を配信するのは新しいよね」
「でしょう?」

 ユリナが考えた筋書きは簡単なものである。
 これまで人と関わることが少なかったイリスに普通のライブ配信は酷であると判断した。
 イリスが感情を素直に吐露したり、キャッチボールのようにコミュニケーションを取ることは難しい。
 それがどれだけ、困難なのかは火を見るよりも明らかだった。

 しかし、イリスには幸か不幸か、ハンターとしての高い素質がある。
 その身に流れる人ならざる者の血が、そうさせているとしか思えなかった。
 ユリナはイリスのその才を伸ばすべきだと考えた。

 だが、イリス一人では荷が重い。
 そこで考えたのが兄である白銀の巨狼フェンリルだったを利用する手だった。

「それに人間はかわいいものが大好きなんだからっ♪ かわいい女の子とワンちゃんに勝てる者はいないわ」

 自信満々なユリナの様子に「君の方が可愛いさ」と言おうとした麗央の唇を柔らかいものが遮った。
 鼻をくすぐる花の甘い香りに包まれ、麗央は引き寄せられるようにユリナの腰へと手を伸ばし、その体を支える。
 何度も啄むように口付けを交わし、互いに求め合いながらも未だに初々しさの抜けきらないユリナと麗央の睦み合いを他所に一人と一匹の初めての冒険が幕を開けようとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...