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第50話 備忘録CaseV・美少女はんたあ
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妖の太郎改めイリスは思った。
感動して流した自分の涙は何だったのだろうかと……。
イリスは異母姉が己の境遇を全て、分かってくれた上で『幸せは必ず来る』とされるカキツバタを意味する名を与えてくれたのだと考えていた。
彼女にとって、これまでに関りがある血の繋がった家族は祖母だけだった。
ユリナのやり方はお世辞にも褒められた行為とは言い難く、有無を言わさない強引なものだった。
普段、ユリナのやることに異議を唱えない麗央が全面的に賛成しなかったことから、誰の目にも明らかだ。
麗央とユリナの付き合いは長い。
未だにままごとに毛の生えた初々しさが抜けないものの夫婦という近しい関係にある。
ユリナが麗央のやることに口を挟むことはなく、麗央もまた然りだった。
互いに慈しみ、尊重し合う姿にはどこか妄信的でもあり、いささか危ういところもあった。
しかし、イリスはそう考えなかった。
麗央が決して、いい顔をしなかった手法であるにも関わらず、分かりやすい愛情を向けられることなく生きてきたイリスにとって、ユリナの強引すぎる手は心地良いものにすら感じられたのだ。
「でも、こんなの聞いてないよ……」
名前を貰えたことは嬉しかった。
だから、イリスは決意も新たに今後の人生を前向きに生きていこうと誓った。
「幸せは必ず来るんだ。僕も自分の力で幸せをつかみ取りたい」と決意を言葉にもした。
だから、揉みくちゃにされながら耐えた。
前髪をカットされ、女の子の服を着せられても我慢した。
これまでの人生において鏡を見ることがあまりなかったイリスは鏡に映った己の姿に「これが僕? かわいいかも!?」とようやく自我らしきものを目覚めさせた。
今までにない強さを感じ、新たな自分を発見したことでイリスは幸せだった。
しかし、それとこれとは話が違うとイリスは心の中で叫んだ。
ひらひらとした服は風通しが気になったものの慣れるまでそう時間がかからなかった。
お洒落に全くと言っていいほどに無頓着だったとは思えないほどに……。
ユリナはイリスに対して、強引な手に出たが女の子らしく、喋ったり動く必要はないと諭した。
あくまで自然に振る舞っていいと笑顔で許したのだ。
「余所見は死を招くのである」
「わ、分かってるよ」
隣というよりは足元から、聞こえる低音の心地良い声の主は銀の毛を纏ったポメラニアンだった。
金色の瞳を爛々と輝かせ、ポメラニアンとはとても思えない俊敏性を披露していた。
思わず集中を切らせかけていたイリスも両の頬を平手で叩き、気合を入れ直す。
何をやらされているのだと迷いを見せたら、怪我では済まない。
そんな状況に一人と一匹は追い込まれていた。
「ねぇ、レオ。いい感じじゃない?」
「あれはいい感じなのかな……少し、違う気がするよ」
「そうかしら? いい撮れ高が期待出来ると思うわ」
「ええ? そうなのかい? そうは見えないけどなあ」
ユリナは必死な様子の兄と妹に視線を向けながらも優雅に紅茶で喉を潤し、慌てる素振りを見せない。
そんな妻の悠然とした態度に狼狽えた自分はまだまだ、修行が足りないのだと考えてしまうのが麗央という男である。
だが、麗央は一つ大きな勘違いをしていることがあった。
ユリナが純血のあやかしであるがゆえに人とは感覚が異なるということを……。
ユリナは麗央と深く、関わることでかなり人に近い考え方をしているだけに過ぎないということを……。
同じ純血である泉と同じく、ユリナが二人の状況を見て、愉しんでいるということを……。
感動して流した自分の涙は何だったのだろうかと……。
イリスは異母姉が己の境遇を全て、分かってくれた上で『幸せは必ず来る』とされるカキツバタを意味する名を与えてくれたのだと考えていた。
彼女にとって、これまでに関りがある血の繋がった家族は祖母だけだった。
ユリナのやり方はお世辞にも褒められた行為とは言い難く、有無を言わさない強引なものだった。
普段、ユリナのやることに異議を唱えない麗央が全面的に賛成しなかったことから、誰の目にも明らかだ。
麗央とユリナの付き合いは長い。
未だにままごとに毛の生えた初々しさが抜けないものの夫婦という近しい関係にある。
ユリナが麗央のやることに口を挟むことはなく、麗央もまた然りだった。
互いに慈しみ、尊重し合う姿にはどこか妄信的でもあり、いささか危ういところもあった。
しかし、イリスはそう考えなかった。
麗央が決して、いい顔をしなかった手法であるにも関わらず、分かりやすい愛情を向けられることなく生きてきたイリスにとって、ユリナの強引すぎる手は心地良いものにすら感じられたのだ。
「でも、こんなの聞いてないよ……」
名前を貰えたことは嬉しかった。
だから、イリスは決意も新たに今後の人生を前向きに生きていこうと誓った。
「幸せは必ず来るんだ。僕も自分の力で幸せをつかみ取りたい」と決意を言葉にもした。
だから、揉みくちゃにされながら耐えた。
前髪をカットされ、女の子の服を着せられても我慢した。
これまでの人生において鏡を見ることがあまりなかったイリスは鏡に映った己の姿に「これが僕? かわいいかも!?」とようやく自我らしきものを目覚めさせた。
今までにない強さを感じ、新たな自分を発見したことでイリスは幸せだった。
しかし、それとこれとは話が違うとイリスは心の中で叫んだ。
ひらひらとした服は風通しが気になったものの慣れるまでそう時間がかからなかった。
お洒落に全くと言っていいほどに無頓着だったとは思えないほどに……。
ユリナはイリスに対して、強引な手に出たが女の子らしく、喋ったり動く必要はないと諭した。
あくまで自然に振る舞っていいと笑顔で許したのだ。
「余所見は死を招くのである」
「わ、分かってるよ」
隣というよりは足元から、聞こえる低音の心地良い声の主は銀の毛を纏ったポメラニアンだった。
金色の瞳を爛々と輝かせ、ポメラニアンとはとても思えない俊敏性を披露していた。
思わず集中を切らせかけていたイリスも両の頬を平手で叩き、気合を入れ直す。
何をやらされているのだと迷いを見せたら、怪我では済まない。
そんな状況に一人と一匹は追い込まれていた。
「ねぇ、レオ。いい感じじゃない?」
「あれはいい感じなのかな……少し、違う気がするよ」
「そうかしら? いい撮れ高が期待出来ると思うわ」
「ええ? そうなのかい? そうは見えないけどなあ」
ユリナは必死な様子の兄と妹に視線を向けながらも優雅に紅茶で喉を潤し、慌てる素振りを見せない。
そんな妻の悠然とした態度に狼狽えた自分はまだまだ、修行が足りないのだと考えてしまうのが麗央という男である。
だが、麗央は一つ大きな勘違いをしていることがあった。
ユリナが純血のあやかしであるがゆえに人とは感覚が異なるということを……。
ユリナは麗央と深く、関わることでかなり人に近い考え方をしているだけに過ぎないということを……。
同じ純血である泉と同じく、ユリナが二人の状況を見て、愉しんでいるということを……。
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