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第46話 備忘録CaseV・幽霊屋敷の姫と騎士
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麗らかな日が続き、汗ばむ季節までもあと少し。
だが、その少年は、黒革のパンツを穿いている。
冬の時分にしか、穿かない代物であるにもかかわらず、一張羅がそれしかない者の悲しさである。
さすがに暑いのか、トップスはTシャツしか着ていなかった。
薄手で白無地の大きなTシャツだ。
体に合っていないのか、酷くだらしない印象を与える。
髪型もかなり癖が強い。
右目を完全に覆うほど前髪が長く、伸びている。
色はきれいなシルバーブロンドだが、なぜか前半分だけだった。
後ろ半分は烏の濡れ羽色のままである。
長い前髪のせいで分かりにくいもののやや奥目がちで鼻筋が通っており、異国の血が混じっていると言われても納得が出来る顔立ちをしていた。
しかし、目つきの鋭さと愛想の欠片も感じさせない無表情が与える印象は強い。
お世辞にも与える印象が良いとは言い難いものだった。
それでも整った容貌であり、恰好もあって人目を引いていた。
H町は小さな町だけに目立つのである。
妖の太郎だった。
普段、人が決して分け入らない山奥にある隠れ家に棲んでいる。
仕事がない限りは町に出ることも滅多にない。
そんな妖の太郎がK県H町を訪れた理由は極めて、明瞭である。
世間を騒がす『歌姫』は危険な存在に他ならない。
直感がそう捉えたのだ。
そうである以上、ハンターとして、人々を守らなくてはいけないと判断したのに過ぎない。
ほとんどの者は『歌姫』がH町に住んでいることを突き止められずに断念する。
H町に辿り着いただけでも妖の太郎がどれだけ、有能であるのかという証左になっていた。
妖の太郎の他にも辿り着いた者がいたことにはいたのである。
某合衆国や某共和国などが『歌姫』の価値と能力に目を付け、諜報部隊を送り込んでいた。
その尽くが失敗に終わっている。
大国が送り込んだ特殊部隊は優秀かつ有能だった。
単純に兵士としてだけではなく、霊的な能力までも考慮して選りすぐられた人員で構成されていたのだ。
しかし、大国が屈指の情報網を有しながら、大きく読み間違えていた。
『歌姫』の歌に不可思議な力が秘められていることは認めながらも彼女自身を過小評価していたことが誤りだったのである。
彼らは『歌姫』を守る『騎士』のような男にさえ、注意を払えば問題はないと考えていた。
如何に霊的な力が優れていようとも個に過ぎないと判断した。
『騎士』を無力化出来ると考え、最新鋭の機器を装備した部隊を送り込んだ。
この機器には『歌姫』への対策も当然、施されていた。
彼女の歌を遮断し、瞳を見ずに動くことが出来る最新のゴーグルである。
ところが彼らは任務に失敗した。
『騎士』の個の力が、彼らの想定を遥かに上回っていたのだ。
『騎士』は最新の火器を手にした特殊部隊を相手に日本刀一振りで息も切らせずに対処する。
それどころか、決して命を奪わないように手加減をしていた。
そんな相手を前に勝負にすらなっていなかっただけのことである。
しかし、問題は『騎士』ではなかった。
歌しかないと思われた『歌姫』こそ、もっと恐れるべき相手だったのである。
「だから、言ったでしょ? 私が最強だって」
「あ、うん。そうだね」
目隠しをした何も知らないユリナとの密かな睦み合いは何も知らない振りをしていただけではないのだろうか。
麗央の中に微かな疑念が鎌首をもたげてくる。
彼は軽く首を振るとそれを否定した。
(それはないな)
睦み合いの中で彼女の上げる甘い声はたどたどしく、動きもぎこちなかった。
決して、演技をしているのではない。
少しでも疑いの念を抱いた自分を麗央は責めた。
「だけど、無理はいけないよ」
「うん」
麗央は罪悪感を消したいのか、ユリナをとても大切な壊れ物を扱うようにそっと優しく、抱き締める。
それがユリナには不満だった。
「もっと強くして。レオを感じたいから」と囁くように言ってくるユリナに麗央は戸惑った。
情事と言うにはまだ幼さが抜けず、大人とは言い切れない二人の睦み合いだったが、瞼を閉じるとユリナの肢体が目の前をちらつくほどに目に焼き付いている。
その相手が目の前にいて、甘い声を上げながら、体を密着させて来るのだ。
「う、うん。分かった」
「もっとぉ」
「わ、分かったよ。これくらいかな?」
見ている方が砂を吐きそうなほど、甘い空気を漂わせる麗央とユリナを他所に周囲の状況は見るも無残としか、言いようがない。
諸肌を脱いだ屈強な男達が上気した顔で見つめ合っている。
人種、国籍を問わず、彼らの間に言葉は要らなかった。
目は蕩けたように常軌を逸しており、正常ではないと誰の目にも明らかだった。
嫌な擬音が聞こえてきそうなほどに暑苦しい接吻を交わした彼らは、そのまま、放っておけば、その場で事を始めんばかりの勢いである。
麗央の腕の中で至福の時を過ごしていたユリナは、その様子に「ちっ」と軽く舌打ちをする。
上目遣いに麗央を見ていた時とは別人のようだ。
まるで瞳にハートのマークが浮かんでいてもおかしくないほど、熱を帯びたように蕩け切った表情を見せていた彼女はそこにいない。
ユリナが彼らに向ける視線には全く、熱を感じられなかった。
よく研がれた剃刀の刃とでも言うべき、鋭さだけである。
魂までも凍り付くような声で「去ね、下郎」と呟くユリナの瞳に浮かぶのは蛇のような縦長の瞳孔だった。
幽霊屋敷と呼ばれる洋館の噂をようやく聞き出すことに成功した妖の太郎だったが、妙な一団を目撃したことで激しく、気勢を削がれていた。
鍛え上げられた肉体を見せびらかすが如く、上半身を晒した大柄な男達がふらふらと歩いている。
まるで覇気が感じられず、死体が動くかのようにのそのそとした動きには空恐ろしい物しか感じられない。
「一体、何が起きてるっていうのでござる……」
洋館へと向かう坂の途中だった妖の太郎は、ふと足を止めた。
人知れず重くなった自らの足を信じられないと言わんばかりの目で見つめる。
足に鉛の錘でも付けられた感覚が確かにあった。
だが、その少年は、黒革のパンツを穿いている。
冬の時分にしか、穿かない代物であるにもかかわらず、一張羅がそれしかない者の悲しさである。
さすがに暑いのか、トップスはTシャツしか着ていなかった。
薄手で白無地の大きなTシャツだ。
体に合っていないのか、酷くだらしない印象を与える。
髪型もかなり癖が強い。
右目を完全に覆うほど前髪が長く、伸びている。
色はきれいなシルバーブロンドだが、なぜか前半分だけだった。
後ろ半分は烏の濡れ羽色のままである。
長い前髪のせいで分かりにくいもののやや奥目がちで鼻筋が通っており、異国の血が混じっていると言われても納得が出来る顔立ちをしていた。
しかし、目つきの鋭さと愛想の欠片も感じさせない無表情が与える印象は強い。
お世辞にも与える印象が良いとは言い難いものだった。
それでも整った容貌であり、恰好もあって人目を引いていた。
H町は小さな町だけに目立つのである。
妖の太郎だった。
普段、人が決して分け入らない山奥にある隠れ家に棲んでいる。
仕事がない限りは町に出ることも滅多にない。
そんな妖の太郎がK県H町を訪れた理由は極めて、明瞭である。
世間を騒がす『歌姫』は危険な存在に他ならない。
直感がそう捉えたのだ。
そうである以上、ハンターとして、人々を守らなくてはいけないと判断したのに過ぎない。
ほとんどの者は『歌姫』がH町に住んでいることを突き止められずに断念する。
H町に辿り着いただけでも妖の太郎がどれだけ、有能であるのかという証左になっていた。
妖の太郎の他にも辿り着いた者がいたことにはいたのである。
某合衆国や某共和国などが『歌姫』の価値と能力に目を付け、諜報部隊を送り込んでいた。
その尽くが失敗に終わっている。
大国が送り込んだ特殊部隊は優秀かつ有能だった。
単純に兵士としてだけではなく、霊的な能力までも考慮して選りすぐられた人員で構成されていたのだ。
しかし、大国が屈指の情報網を有しながら、大きく読み間違えていた。
『歌姫』の歌に不可思議な力が秘められていることは認めながらも彼女自身を過小評価していたことが誤りだったのである。
彼らは『歌姫』を守る『騎士』のような男にさえ、注意を払えば問題はないと考えていた。
如何に霊的な力が優れていようとも個に過ぎないと判断した。
『騎士』を無力化出来ると考え、最新鋭の機器を装備した部隊を送り込んだ。
この機器には『歌姫』への対策も当然、施されていた。
彼女の歌を遮断し、瞳を見ずに動くことが出来る最新のゴーグルである。
ところが彼らは任務に失敗した。
『騎士』の個の力が、彼らの想定を遥かに上回っていたのだ。
『騎士』は最新の火器を手にした特殊部隊を相手に日本刀一振りで息も切らせずに対処する。
それどころか、決して命を奪わないように手加減をしていた。
そんな相手を前に勝負にすらなっていなかっただけのことである。
しかし、問題は『騎士』ではなかった。
歌しかないと思われた『歌姫』こそ、もっと恐れるべき相手だったのである。
「だから、言ったでしょ? 私が最強だって」
「あ、うん。そうだね」
目隠しをした何も知らないユリナとの密かな睦み合いは何も知らない振りをしていただけではないのだろうか。
麗央の中に微かな疑念が鎌首をもたげてくる。
彼は軽く首を振るとそれを否定した。
(それはないな)
睦み合いの中で彼女の上げる甘い声はたどたどしく、動きもぎこちなかった。
決して、演技をしているのではない。
少しでも疑いの念を抱いた自分を麗央は責めた。
「だけど、無理はいけないよ」
「うん」
麗央は罪悪感を消したいのか、ユリナをとても大切な壊れ物を扱うようにそっと優しく、抱き締める。
それがユリナには不満だった。
「もっと強くして。レオを感じたいから」と囁くように言ってくるユリナに麗央は戸惑った。
情事と言うにはまだ幼さが抜けず、大人とは言い切れない二人の睦み合いだったが、瞼を閉じるとユリナの肢体が目の前をちらつくほどに目に焼き付いている。
その相手が目の前にいて、甘い声を上げながら、体を密着させて来るのだ。
「う、うん。分かった」
「もっとぉ」
「わ、分かったよ。これくらいかな?」
見ている方が砂を吐きそうなほど、甘い空気を漂わせる麗央とユリナを他所に周囲の状況は見るも無残としか、言いようがない。
諸肌を脱いだ屈強な男達が上気した顔で見つめ合っている。
人種、国籍を問わず、彼らの間に言葉は要らなかった。
目は蕩けたように常軌を逸しており、正常ではないと誰の目にも明らかだった。
嫌な擬音が聞こえてきそうなほどに暑苦しい接吻を交わした彼らは、そのまま、放っておけば、その場で事を始めんばかりの勢いである。
麗央の腕の中で至福の時を過ごしていたユリナは、その様子に「ちっ」と軽く舌打ちをする。
上目遣いに麗央を見ていた時とは別人のようだ。
まるで瞳にハートのマークが浮かんでいてもおかしくないほど、熱を帯びたように蕩け切った表情を見せていた彼女はそこにいない。
ユリナが彼らに向ける視線には全く、熱を感じられなかった。
よく研がれた剃刀の刃とでも言うべき、鋭さだけである。
魂までも凍り付くような声で「去ね、下郎」と呟くユリナの瞳に浮かぶのは蛇のような縦長の瞳孔だった。
幽霊屋敷と呼ばれる洋館の噂をようやく聞き出すことに成功した妖の太郎だったが、妙な一団を目撃したことで激しく、気勢を削がれていた。
鍛え上げられた肉体を見せびらかすが如く、上半身を晒した大柄な男達がふらふらと歩いている。
まるで覇気が感じられず、死体が動くかのようにのそのそとした動きには空恐ろしい物しか感じられない。
「一体、何が起きてるっていうのでござる……」
洋館へと向かう坂の途中だった妖の太郎は、ふと足を止めた。
人知れず重くなった自らの足を信じられないと言わんばかりの目で見つめる。
足に鉛の錘でも付けられた感覚が確かにあった。
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