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第42話 歌姫は最愛をハゲシク思う
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旅行会社の店頭にあったN県の観光パンフレットに目を通していたユリナの口角が自然に上がっている。
普段、滅多に屋敷から外に出ることのないユリナにとって、複雑な思惑の絡んだ目的があるにせよ、麗央との旅行で何をするのかと考えるだけで楽しくて、仕方がないのだ。
そんな彼女の様子に麗央は、少し足を延ばしパンフレットを貰ってきて、よかったと胸を撫で下ろした。
ユリナが持ちかけてきた勝負の勝敗など、最初から関係ない。
彼女の中で旅行に行くことは既に決まっていたのだろうと麗央は考えている。
(リーナはそういうところ、あるからなあ)
うんうんと麗央が一人納得すると無意識のうちに腕組みをして、頷いていた。
本人は全く、気付いていない癖だった。
「ねぇ、レオ。ここにも行きましょ」
ユリナは当然のように麗央の癖も知り尽くしている。
そんな麗央に向けて、まさににんまりとしたという形容が合致しそうな悪戯っ子のような笑みを浮かべると言った。
彼女が指を差し、示したパンフレットのページで紹介されているのはN県S市にある大規模テーマパークだった。
『ハウステンピョス』。
オレンジのイメージカラーで知られるネーデルランドの街並みを完全再現したテーマパークである。
世界的な人気を誇るうさぎのキャラクター『ウッフィー』とコラボレーションしていることもあり、小さな子供から大人まで大人気の観光スポットして知られていた。
「大丈夫かな?」
「何が? S市に行くのにここへ行かないっていう選択肢があるの? レオくん」
「いや、そうじゃなくってさ。リーナは平気なのかい?」
麗央は言うだけ、無駄だろうと分かっていながらも言わずにはいられなかった。
彼女が『くん』付けで自分を呼ぶ時は、何が何でも我を通そうとする時に他ならないからだ。
それでも言わなくてはいけないと玉砕する覚悟で言ったのである。
「平気じゃないから、行くのよ」
「行きたい気持ちを抑えられないという意味の平気じゃないんだけどなあ。リーナはほら……有名人だからさ」
ややぶっきらぼうな感じでそう言うとわざと目を逸らした麗央だが、その顔は心無し赤くなっていた。
それを見逃すユリナではない。
(ふふっ。レオったら、恥ずかしがって、かわいい~。抱き締めてあげたい。「もう、やめろよ」と言って、嫌がっても窒息するくらい、抱き締めてあげたい。死にそうな顔になったレオに口付けして、息だけでなくて、色々と交換したら……それはきっと、とても気持ちいいことよ。ねぇ、してもいい? してもいいよね?)
ユリナは妄想で「嫌がるレオもいい」とどこかにトリップしかけ、勝手に弧を描こうとする口許を手で隠す。
そういう仕草だけを見れば、やんごとなきお姫様のように見えるのは本物のお姫様だからなのだが、よもや内面で物騒なことを考えていようとは誰にも分からない。
とんだお姫様である。
そう。
麗央にすらも分からないのだから……。
「でも、レオが守ってくれるんでしょ?」
ユリナは先程、浮かべた悪そうな顔など嘘のように既に表情を取り繕っていた。
薄っすらと浮かべる笑顔は花笑みである。
実に質が悪い。
麗央は長い付き合いだけにそれすらもユリナの魅力の一つと考えていた。
彼女は『歌姫』として、表向きに華やかな笑顔を見せる。
魅力的ではあるものの営業用のスマイルで作られた笑顔だと麗央は感じていた。
自分に向ける笑顔は自然なもので自分にだけ向けられるものだ。
麗央はそう信じたかった。
「ああ。俺が守るよ」
「うん。よろしい。レオくん。おいで~?」
どこか満足気なユリナはリビングセットの木製チェアから、ゆったりとくつろげるソファに音もなく、場所を動かした。
「おいで」という声とともに麗央にしか、見せない裾の短いルームウェアから覗く、白い太腿をぽんぽんと手で叩く。
「う、うん」
つい今しがた凛々しい顔で「守る」と宣言した麗央だったが、その誘惑には抗いがたいものがあるらしく、どこかだらしない表情になっている。
ハートマークが瞳に浮き出そうなユリナにはそれすらも関係ない。
彼女にとっても麗央の仕草や表情は自分にだけ向けられていると信じているのだ。
頭を預けた麗央は幼子のように安心した表情をしていた。
完全に身を預けたその姿は何をされてもかまわないとユリナを信じているからこそ、出来るものだった。
「寝たら、危ないから、寝ないでよね」
「分かってるよ」
若い夫婦の微笑ましい光景。
妻が夫の耳かきをしている。
夫は何の疑いも抱いていない。
しかし、ユリナの中にどこか、殺意に似た激しい衝動が揺れ動いていた。
麗央はそれに気付いているのに知らない振りをしている。
激しく愛するがゆえにユリナの心は、大きく荒れる海を航海していた……。
普段、滅多に屋敷から外に出ることのないユリナにとって、複雑な思惑の絡んだ目的があるにせよ、麗央との旅行で何をするのかと考えるだけで楽しくて、仕方がないのだ。
そんな彼女の様子に麗央は、少し足を延ばしパンフレットを貰ってきて、よかったと胸を撫で下ろした。
ユリナが持ちかけてきた勝負の勝敗など、最初から関係ない。
彼女の中で旅行に行くことは既に決まっていたのだろうと麗央は考えている。
(リーナはそういうところ、あるからなあ)
うんうんと麗央が一人納得すると無意識のうちに腕組みをして、頷いていた。
本人は全く、気付いていない癖だった。
「ねぇ、レオ。ここにも行きましょ」
ユリナは当然のように麗央の癖も知り尽くしている。
そんな麗央に向けて、まさににんまりとしたという形容が合致しそうな悪戯っ子のような笑みを浮かべると言った。
彼女が指を差し、示したパンフレットのページで紹介されているのはN県S市にある大規模テーマパークだった。
『ハウステンピョス』。
オレンジのイメージカラーで知られるネーデルランドの街並みを完全再現したテーマパークである。
世界的な人気を誇るうさぎのキャラクター『ウッフィー』とコラボレーションしていることもあり、小さな子供から大人まで大人気の観光スポットして知られていた。
「大丈夫かな?」
「何が? S市に行くのにここへ行かないっていう選択肢があるの? レオくん」
「いや、そうじゃなくってさ。リーナは平気なのかい?」
麗央は言うだけ、無駄だろうと分かっていながらも言わずにはいられなかった。
彼女が『くん』付けで自分を呼ぶ時は、何が何でも我を通そうとする時に他ならないからだ。
それでも言わなくてはいけないと玉砕する覚悟で言ったのである。
「平気じゃないから、行くのよ」
「行きたい気持ちを抑えられないという意味の平気じゃないんだけどなあ。リーナはほら……有名人だからさ」
ややぶっきらぼうな感じでそう言うとわざと目を逸らした麗央だが、その顔は心無し赤くなっていた。
それを見逃すユリナではない。
(ふふっ。レオったら、恥ずかしがって、かわいい~。抱き締めてあげたい。「もう、やめろよ」と言って、嫌がっても窒息するくらい、抱き締めてあげたい。死にそうな顔になったレオに口付けして、息だけでなくて、色々と交換したら……それはきっと、とても気持ちいいことよ。ねぇ、してもいい? してもいいよね?)
ユリナは妄想で「嫌がるレオもいい」とどこかにトリップしかけ、勝手に弧を描こうとする口許を手で隠す。
そういう仕草だけを見れば、やんごとなきお姫様のように見えるのは本物のお姫様だからなのだが、よもや内面で物騒なことを考えていようとは誰にも分からない。
とんだお姫様である。
そう。
麗央にすらも分からないのだから……。
「でも、レオが守ってくれるんでしょ?」
ユリナは先程、浮かべた悪そうな顔など嘘のように既に表情を取り繕っていた。
薄っすらと浮かべる笑顔は花笑みである。
実に質が悪い。
麗央は長い付き合いだけにそれすらもユリナの魅力の一つと考えていた。
彼女は『歌姫』として、表向きに華やかな笑顔を見せる。
魅力的ではあるものの営業用のスマイルで作られた笑顔だと麗央は感じていた。
自分に向ける笑顔は自然なもので自分にだけ向けられるものだ。
麗央はそう信じたかった。
「ああ。俺が守るよ」
「うん。よろしい。レオくん。おいで~?」
どこか満足気なユリナはリビングセットの木製チェアから、ゆったりとくつろげるソファに音もなく、場所を動かした。
「おいで」という声とともに麗央にしか、見せない裾の短いルームウェアから覗く、白い太腿をぽんぽんと手で叩く。
「う、うん」
つい今しがた凛々しい顔で「守る」と宣言した麗央だったが、その誘惑には抗いがたいものがあるらしく、どこかだらしない表情になっている。
ハートマークが瞳に浮き出そうなユリナにはそれすらも関係ない。
彼女にとっても麗央の仕草や表情は自分にだけ向けられていると信じているのだ。
頭を預けた麗央は幼子のように安心した表情をしていた。
完全に身を預けたその姿は何をされてもかまわないとユリナを信じているからこそ、出来るものだった。
「寝たら、危ないから、寝ないでよね」
「分かってるよ」
若い夫婦の微笑ましい光景。
妻が夫の耳かきをしている。
夫は何の疑いも抱いていない。
しかし、ユリナの中にどこか、殺意に似た激しい衝動が揺れ動いていた。
麗央はそれに気付いているのに知らない振りをしている。
激しく愛するがゆえにユリナの心は、大きく荒れる海を航海していた……。
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