世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
38 / 159

第38話 備忘録CaseIV・七人組ユニット

しおりを挟む
 庭先から、広いリビングルームへと場所が移された。
 理由は落ち着いた部屋で麗央のパンケーキを食べたいからというユリナの言い分が、通っただけのことである。

 麗央は慣れたもので下手に何か口に出そうものなら、「じゃあ、勝負しましょ。今回もどうせ、私の勝ちだけど」と彼女が言い出すことは分かっている。
 笑顔で「そうだね」と答え、場所を移す方が波風の立たないことだと知っている。
 ユリナの機嫌を損ねずに普段の明るく優しい彼女に戻ってくれる方が、麗央にとっても心が休まるのだ。
「それであなた達もそういうことよね?」

 生クリームをたっぷりとかけた麗央のパンケーキが三枚。
 彼女の細い体のどこに入ったのかと不思議なものを見る目でただただ、恐縮する七人ミサキである。

 彼らの前にも同じように麗央の作ったパンケーキが並べられていた。
 しかし、砂を吐きそうな甘いやり取りを見せられた後で食欲がないのか、誰も手を付けていない。
 否。
 彼らは特に普通に食事をとる必要がないのだ。
 今は早く、解放して欲しいと願うのみである。

 ユリナの問いかけにも声が出ず、七人ともただ首を縦に振るだけだった。

「でもさ。彼らは男だよ? ダリアとドロシアのようにうまくいくのかい?」
「私を誰だと思ってるの?」

 ようやく、自分の前のパンケーキを平らげた麗央が口をナプキンで拭こうとするとそれを制して、ユリナが甲斐甲斐しく、彼の口を拭くという図にそれでなくても委縮している七人ミサキは「早く殺してくれ」となっていようとは二人は気が付かない。

「リーナ」
「んんん? そうだけど。そういうことじゃなくって! まぁ、いいわ。私に任せて。悪いようにはしないわ」
「リーナの任せては何度目だっけ? 大丈夫かな」

 口では真面目なことを言っているが、もたれかかるような姿勢で口を拭こうとするユリナとされるがままの麗央の構図は人前でも憚らずにいちゃついているバカップルのそれでしかない。
 本当に任せても大丈夫なのだろうかという不安に心を苛まれる七人ミサキだったが、彼らに選択権はない。
 デッドオアアライブではなく、デッドオアデッドなのだ。

 イメチェンが必要ということは当世の流行に疎い七人ミサキも理解した。
 白い着物で「恨めしや」と言っていた菊や露の変わりようを実際に目にして、痛感したのだ。
 「時の流れ、恐るべし」と七人揃って、声を上げた。

 しかし、その後のユリナの台詞で固まることになる。
 恐怖や物理的に凍らされたのではなく、驚きのあまりだった。

「七人組のアイドルとして、やっていくには注文をたくさん付けないとダメそうね」

 「アイドルとは何ぞや!?」と狼狽える七人ミサキを他所にユリナは勝手に話を進める。
 発言の通り、ユリナは義理の姑にあたる光宗博士に七体の素体を用意させた。
 二人の関係はいささか歪なものと言える。
 ユリナは光宗博士の研究に多額の資金を提供している出資者である。
 それだけではなく、様々な物資も提供している。
 ある程度の無理難題に応えざるを得ない状況にあるのが、光宗博士なのだ。

 ただ、用意された七つの体に七人ミサキは絶句するしかなかったのだが……。

「まず、その見た目がダメだわ。もっとファッショナブルでセンセーショナルじゃないと!」
「意味を分かって、言ってるよね?」
「何となく、伝わればいいの」
「何となく、か……難しいね」
「私に任せてっ☆」

 目の前で麗央とユリナがいちゃいちゃするのを見せつけられるのにも慣れてきた七人ミサキだが、トレードマークとも言うべき真っ黒な衣装を全否定されるとさすがにショックを隠せない。
 「あの……我らの意思というものは」と果敢にも無謀な一人が抗議しようと声を出したが、ユリナの刺すような氷の視線の前に撃沈した。

「統一したユニフォームにするか、それとも敢えて、バラバラにするか。それが勝負の分かれ目になるわ」
「彼らの個性はそれぞれ、違うみたいだし、バラバラの方がよさそうだね」
「レオもそう思う? 私もそう思っていたわ」

 後ろで縮こまる七人の男性グループ――七人ミサキが狼狽しているのを知ってか、知らずか、二人はさらに話を進めていく。
 七人ミサキはひそひそ話を始め、現実逃避をすることに決めた。

『本当に大丈夫であろうか?』
『菊と露を見たろう。別人だ。我らもああなるのか』
『不安だ』
『しかし、世界の歌姫だ。大丈夫ではなかろうか』
『菊と露も南蛮のおされな名になっておったぞ』
『我らもそうなるのか』
『よいのではないか? 我らに名などなかったではないか』
『然り』
『求めよ、さらば与えられんと主は仰ったのです。アーメン』
『切支丹が混ざっておったか。おのれ』
『我らで悶着を起こしている場合ではなかろう』

 ユリナがそんな彼らの様子を見て、薄っすらと笑みを浮かべていたことを七人ミサキは知る由もなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...