世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
19 / 159

第19話 備忘録CaseII・魔女狩りの男

しおりを挟む
 五大都市ライブが終わり、ユリナと麗央は平穏な時を過ごしていた。
 望んでいたほどの成果は上げられず、それでなくても頼りにならないユリナの兄がさらに頼りなくなったという誤算が生じてはいたが……。
 しかし、予想していた日出ずる処の抵抗が期待外れなものだったこともあり、溜飲を下げている。

 あの時、ユリナは自らの歌により、動けなくなっていた。
 彼女が動けない間、麗央は眠り姫を助ける王子のように八面六臂の活躍を見せたのだがそれはまた、別の話である。
 この時、別の何らかの力北の大地の雷神の 五大都市ライブが終わり、ユリナと麗央は平穏な時を過ごしていた。
 望んでいたほどの成果は上げられず、それでなくても頼りにならないユリナの兄がさらに頼りなくなったという誤算が生じてはいたが……。
 しかし、予想していた日出ずる処の抵抗が期待外れなものだったこともあり、溜飲を下げている。

 あの時、ユリナは自らの歌により、動けなくなっていた。
 彼女が動けない間、麗央は眠り姫を助ける王子のように八面六臂の活躍を見せたのだがそれはまた、別の話である。
 この時、別の何らかの力北の大地の雷神の介入があったことも少なからぬ影響を及ぼした。
 これに気付かない麗央ではなかったが、メッセージ代わりに愛刀『雷切』を力の限り、ただ振るだけで済ませた。

 そして、話はユリナが『滅びの歌』を謳ったところにまで遡る……。
 ユリナが歌姫リリーとして、披露した歌は全七曲。
 その順番に意味があった。

 最初に謳った歌は人々に希望を与え、明るい未来を心に思い描ける歌だった。
 この歌でライブを見たり、聞いたりした者のおよそ六割ほどが、幸せな夢の世界の住人となっている。
 彼らはもっとも幸いな者である。
 幸福を感じ、そのまま夢見る世界に旅立てるのだから。

 二曲目以降は希望ではなく、自ら立ち上がって、動くべきという戦いを促す歌だった。
 三曲、四曲と進むにつれ、ライブの観客・視聴者は次々と倒れていく。
 だが、誰もが幸せそうな笑顔のまま、安らかに眠りについているだけである。
 彼らもまだ、幸いな者である。
 不幸を感じることなく、夢見る世界に旅立てるのだから。

 そして、六曲目が終わる頃には立っていられた者の数は極めて、少なかった。
 七曲目。
 『滅びの歌』をリリーが歌い始めるとついには立っていられる者など、誰一人いなくなった。
 それは謳っているリリーとて、例外ではない。



 しかし、それはあくまで現実世界での彼女の肉体が眠りについただけに過ぎないのだ。
 『滅びの歌』により、ユリナの呪力が込められた歌による結界――夢の世界の完成を意味する。

 絶対領域アブソリューターベライヒ
 純血のあやかしであるユリナが持つ力の一端だ。
 ある者はこう評した。
 『歌姫』としての彼女の歌を聴いてしまった者の魂は『永遠の牢獄に囚われる』と……。

 魂――意識を夢の世界と言う名の別次元に閉じ込める固有の結界。
 それがアブソリューターベライヒである。

「さぁ。始めましょう」

 『滅びの歌』を謳っていた際、身に着けていたのと同じ、黒のゴシック・ドレスを纏ったユリナが、腰掛ける玉座の上でゆっくりとその瞼を開いた。

 グルルルルという恐ろし気な唸り声は玉座の傍に伏せて、控える黒犬が出している。
 闇の如き、色を全身に纏い、乾ききっていない血の色に彩られた胸毛が不気味な大きな犬だった。

「ここは私の支配する世界なのだから」

 ユリナの瞳は紅玉ルビーのように妖しい輝きを見せていた。
 ほんのりと赤い燐光を放つ瞳に、浮かぶのは氷を思わせる冷たく、酷薄な感情のみだ。
 ユリナが妖艶な笑みを浮かべ、静かに立ち上がるとそれを待っていたように黒犬も起き上がり、傍らについた。

揖斐勇いひ いさむ……ね。罪状は魔女狩り」

 足音を響かせ、照明の灯っていない長い廊下を歩いていたユリナはふと歩みを止める。
 人差し指を唇に当て、思案するように再び、瞼を閉じた。

「情状酌量の余地がないかしら?」

 揖斐勇、二十五歳。
 連続暴行殺人犯。
 被害者は長い黒髪の女性。
 家出少女など足が付きにくい未成年者を狙った手口で十二人が犠牲になった。
 そのほとんどが行方不明事件として扱われ、遺体なき殺人――未解決事件コールドケースである。

「ふぅ~ん。そういうことなの?」

 私生児として生まれ、母親によって育てられた。
 母親から日常的にあらゆる虐待を受け、成長した。
 時には息子の前で情夫との行為を見ることを強要されるうち、勇の中に母親への愛と憎悪が生じ、歪んだ人格が形成された。

 長い黒髪は母親がそうだったからに他ならない。
 母親は魔女なので自分が愛をもって、正さねばいけない。
 無自覚に母親の愛を追い求め、多くの少女を手にかける殺人鬼が誕生した。

「じゃあ、ちょっとだけ、チャンスをあげるわ。それでどうにかなるかしら?
 無理でしょうけど。あははははっ」

 いつの間にか、抱きかかえられるほどの大きさの仔犬に変じていた黒犬を胸に抱いたユリナが、まるで感情の色を感じさせない乾いた笑い声を上げるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...