世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

文字の大きさ
上 下
18 / 159

第18話 ヤンデレ歌姫の最愛

しおりを挟む
 ユリナは気になって、仕方がない。

「そのリス子さんが気になる?」

 例え、それが自分であっても他の女の話をしないで欲しいと内心、歯ぎしりするような思いを秘めながら、そんなところをおくびにも出さず、問い掛けた。
 麗央に内面を決して、悟られないようにと花笑みを絶やさないまま……。

「うん」
「そう……」

 『気になる』と聞きたくない答えを聞いたユリナは途端に沈むような思いに囚われた。
 自分のことなので嬉しいはずなのに聞きたくなかった。
 そう考えてしまう醜い自分自身をユリナは決して、認めたくない。
 ましてや麗央に醜い己の心を知られたくないとも考えている。

「リーナは気にならないのかい? 熱心に応援してくれるファンなんだよ」
「そうよね」

 そう言って、太陽のように朗らかな笑顔を見せる麗央を前にするとユリナは悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。

「リス子さんのこと、好きなの?」

 「私とどっちが好き?」と言いかけ、慌ててユリナは口を噤む。
 そんなことを聞くこと自体、麗央に失礼だと思ったからだ。
 麗央が優しい心の持ち主であり、博愛精神にも似たところがあると知っているのだから。
 彼はよく『好き』という言葉を用いることも当然のように知っていた。

 そして、ユリナは理解している。
 麗央の特別な『好き』が自分にだけ向けられるものだということを……。
 だからこそ、口にしてはいけないと慌てて、口を噤んだのである。


「ああ。リーナもファンのこと、大切に思ってるだろ? 俺も同じだよ。俺のファンは少ないしね」
「そ、そうね。分かるわ」

 少ない理由は悪い虫がつかないようにと自分が威嚇・牽制しているからとは言えないユリナは苦笑いするしかない。

「コホン。ねぇ、レオ。欲しい物リストにもっと高いのを載せたら?」

 まるで追及されることを避けようとするが如く、ユリナは不意に話題を変えることにした。
 そこには当然のように罪滅ぼしの意味を含まれていたのだが、当の本人が忘れかけている。

「ねぇ、何か、あるでしょ?」
「え? あ、うん……そうだね」

 押し倒してきそうな勢いに加え、熱を帯びた瞳で上目遣いに見つめてくる妻の剣幕に麗央は気圧されていた。
 彼はこういう場合に正しく空気を読み、妻が喜ぶ言葉を紡げるような器用さを持ち合わせていない。

 ただ、ひたむきで真っ直ぐなだけなのだ。
 ユリナはそんな麗央だからこそ、好きで愛おしくて堪らない。

「考えておくよ」
「そう」

 それまで生きているようにぴょこぴょこと動いていたユリナの特徴的なツインテールが、しょげたように力を失っていた。
 麗央は自分の答えにどこか落胆した素振りを見せるユリナの様子に何か、悪いことをしたのだと直感的に悟った。



 後日、雷邸に『ジャングル』からの大きな届け物がやって来た。
 届け物を宅配業者が持ってきたのであれば、このような表現がされることはない。
 文字通り、やって来たという表現しか、見当たらない。

 そもそも雷邸に普通の宅配業者は辿り着けない。
 砂漠で見える幻のオアシスのように見えているのに辿り着くことが出来ない。
 蜃気楼とでも呼ぶべき不思議な屋敷なのだ。

 その為、雷家の二人は届け先の住所をとある知人に頼んでいた。
 知人は二人にとって、妹にあたる人物だった。
 正確には麗央の義理の妹なので血縁上の関係は全く、ない。

 その妹――光宗飛鳥みつむね アスカがさも面倒と言わんばかりに片手で持ってきたのである。
 ショートパンツにだぶだぶのシャツといういささか大胆な出で立ちで二の腕と太腿が露わになっていた。
 少し、日に焼けてはいるものの白く、瑞々しい肌から健康的なイメージを受ける小柄な金髪の少女だった。
 驚くべきことに天蓋付きのキングサイズベッドを片手で軽々と担いでいるのだ。

「こんな大きな物、注文しないでよ。ったく、もう」

 「え? いや、俺は注文してないんだが」と納得がいかない顔をしている麗央を他所にプンプンという擬音と湯気が頭から出そうな勢いで屋敷に入ってきたアスカは、勝手知ったる我が家と言わんばかりの勢いで寝室にベッドを設置していく。

 ぶつくさと文句を言いながら、作業をしていた割にしっかりと終わらせないと気持ちが悪くなる性分らしい。
 業者さながらの完璧な仕事ぶりだった。

 「本当に来たのか」と訝しむ麗央とは対照的にユリナはどこか、嬉しそうである。

(レオったら、ちゃんと考えてくれたのね。だから、大好き)

 あの場ではユリナに気圧されるがままに生返事をした麗央だったが、考えに考え抜いた末、欲しい物をユリナが喜んでくれる物にしたのだ。
 不機嫌だった姿が嘘のような妻の様子に麗央もほっと胸を撫で下ろす。
 しかし、ベッドがとんでもない金額の代物であることを麗央は知らない。
 両手両足の指よりも遥かに高かったロボット工作キットなど、足元にも及ばない代物であることを彼は知らない……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...