世界の終わりで君と恋をしたい~あやかし夫婦の奇妙な事件簿~

黒幸

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第1話 幻の歌姫

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 世界は緩やかにしかし、確実に変革の時を迎えた。
 自らを万物の霊長たる霊長類と名付けるほどに繁栄していた人間。
 地球を支配せし者として、彼らが君臨する時代に終わりを告げるべくシシャが現れたのだ。
 
 それらはかつて人々が恐れ、奉る存在だった。
 怪異。
 あやかし。
 もののけ。
 始まりは実に静かなものだった。
 都市伝説やUMA未確認生物が実在するモノとして、実体化した。
 それは序曲に過ぎず、やがて神話や伝説に描かれし、大いなる存在が姿を見せる。
 そして、人の子らは真の恐怖を知ることになった。
 かつて人はバベルの塔を築き、神の怒りによって分断された。
 悲劇は再び訪れる。
 人は再び分かたれることとなった。



 やがてあやかしと呼ばれる不条理な存在は日常の一コマとなった。
 人々は心の平穏と癒しを求める。
 それが動画共有サイト『YoTubeヨーチューブ』だった。
 世界中の人々が熱狂し、盛り上がりを見せる地球人共通のプラットフォームと言っても過言ではない。
 巨大SNSでもあり、流行の最先端と最新の情報の発信源でもあった。

 今、ヨーチューブでとある動画投稿者が、人々の話題にのぼっている。
 その注目度は時を経るにつれ、収まる気配を見せず、いつしか雑誌やテレビでも取り上げられるほどになっていた。

 しかし、彼女のことを動画投稿者というのには少々の語弊があるかもしれない。
 なぜなら、動画を一つも投稿していないからだ。

 彼女のチャンネルではライブ配信しか行われない。
 アーカイブに一切の記録を残さないのだ。
 その為、リアルタイムで見逃してしまえば、それきりである。
 希少性もあいまってか、視聴者は増えた。
 SNSでの口コミもあり、噂が噂を呼ぶ。

 実際に配信で彼女の歌を聞いた者は、まるで彼女の虜となったと言われるほどにチャンネルを登録する。
 彼女は恋する乙女心を花に例え、咲き誇り、そして、散っていく様を切々と歌う。
 刹那的。
 破滅的。
 高音でありながら、独特の掠れたような特徴のあるボイスがファンを魅了していた。
 登録者はうなぎのぼりに増えていき、あっという間に百万人を超えたのはつい先日のことである。

 彼女の歌を聞いた者は口々に言う。
 新しい世界が待っている、と……。

 彗星のようにヨーチューブに現れたその配信者の名はリリーと言う。
 週末の真夜中にしか、配信をせず、オリジナルの歌を歌う。
 彼女の顔を見た者はいない。
 常に後ろを向いているからだ。

 きれいに編み込まれ、ツインテールに結われた髪は色素の薄い金色を帯びている。
 染めたのとは違う不思議な色合いの髪だが、本人が海の音が聞こえる場所に住んでおり、日本にいると発言していたことから、日本在住の欧州系の外国人ではないかと噂されていた。
 シルクシフォンのツーピースのドレスは純白で肌も抜けるように白いことから、まるで妖精のようだと盛り上がる者がいる一方、顔を見せないのだから、大したことないに違いないと反論する者もいた。

 しかし、一度ひとたび彼女が歌い始めるとそのようなことで言い争いをしていた者らも口を閉じる。
 誰もが聞き惚れる天性の歌姫と言うべき、歌声だったからだ。

 アーカイブに残らない以上、リアルタイムでしか、彼女の姿と歌は拝めない。
 そのことから、いつしか、リリーは『幻の歌姫』と呼ばれるようになっていった。



 だが、同時に不穏な噂が流れていたことを忘れてはならない。
 意識不明に陥り、目覚めない謎の奇病が多発していた。

 患者が発見された時に共通しているのは週末であり、ヨーチューブを開いたままだったということだ。
 何の動画を見ていたのかまでは誰も調べようがなかった。

 ところが妙な噂が流れ始める。
 歌姫リリーの歌を聞けば、安らかな眠りにつけると……。
 それがどういう意味なのか。
 知りたければ、彼女の配信を見るしかない。
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