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第43話 さらば愛しき日々よ

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 カトルは白波に消えた。
 懸命な捜索にも関わらず、遺留品は一つも見つかっていた。
 まるで彼女が存在していたという痕跡すら、全て消してしまったかのように……。

 お兄ちゃんカミーユを襲撃した聖騎士パラディンは、サンセール誠実という名の青年だった。
 エマエマニュエル率いる聖騎士パラディン第四隊の中でも古株の騎士団員で名前の通り、人柄を慕われるムードメーカーとして信を置かれていた人物らしい。

 ところがその名すら、偽りだった。
 生粋のサン・フラン人という経歴も偽り。
 そもそもがサン・フランに所縁のある人間ですら、なかったのだ。

 本当の名はフェアラート裏切り
 同胞であるはずの自由都市同盟の一角を占めるリュービッケから、送り込まれた工作員だった。

 目的はサン・フランが有する三本の剣の奪取。
 奪取が無理と判断された場合、破壊もしくは使えないように何らかの手段を取る。
 手段は問わず、どうすべきかは現地の工作員に一任される。

 それでデュランダルの所持者であるお兄ちゃんを排除するという直接的な行動に出た。
 もう少しのところで成功だったのにカトルというイレギュラーの介入によって、失敗したのだ。
 フェアラートは取り押さえられた時点で自決用の毒を仰いでいた。

 ではなぜ、これらの詳しいことが分かったのか?
 ギャスパル王太子が全ては把握していたのだ。
 王太子は他国の工作員に潜入されている現状を知りながら、わざと泳がせていた。

 その結果があのざまだった。
 「私のせいだ。すまない」と頭を下げられたところで失われたものは二度と戻らない。
 王太子が苦渋の決断を下したということも分かる。
 それだけの闇が蔓延はびこっているのが、この世界というものだとも分かる。
 それでもあたし達は生きていかなくてはならない。

 あたしとお兄ちゃんを結び付けていたカトルはもういない。
 もう逃げる訳にもいかない。
 あたしは覚悟を決めた。



 寄せては返す波の音だけが聞こえる。
 水平線の彼方に沈みゆく太陽に照らされたビーチはどこか、郷愁を誘う。
 いつの日だったか、お兄ちゃんとカトルと一緒に見た夕焼け空を思い出した。
 頬を涙が一筋、伝っていった。

「なあ。お嬢ちゃん。本当によかったのかい?」
「いいのよ。これで」

 お父様の姿をしたオートクレールと二人、夕焼けに照らされた海を眺めているのは不思議な気分だ。
 勿論、現実の世界ではなく、オートクレールが創った仮初の意識の中の世界ではあっても……。

「何もお嬢ちゃんが全部、背負うことはなかったんじゃねえか」
「あたしの罪だから」

 そう。
 あの時、本当はカトルを救えた。
 体が動かなかったのはあたしの中に邪な気持ちがあったからだ。
 もしも、カトルがいなければ。
 そう思ってしまったから、彼女を助けられなかったんだっ。
 全て、あたしが悪い……。

「まあ。お嬢ちゃんがそう決めたんだ。俺様がとやかく、言うことではないか」
「ありがとう。オートクレール」
「ああ」

 オートクレールもそれを分かってくれている。
 自己愛が強くて、変な剣だけどこんなにも分かってくれるのはオートクレールだけだろう。

「これでお別れだね」
「ああ」
「今までありがとう……さようなら……お父様」
「ああ。達者でな。ロザリー」

 何となく、分かってはいた。
 オートクレールの中にお父様の意識が微かにあると……。
 だから、お別れする時にこれまでの感謝の気持ちを表そうと思っていた。

 オートクレールと初めて、ハグをした。
 今まで守ってくれて、ありがとう。
 そして、さようなら。
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