上 下
41 / 46

第39話 烏令嬢と無垢の竜

しおりを挟む
 様子を見て、正解だと思った。
 オートクレールの言うままにカトルを処断しなくて、本当に良かった。

 カトルは確かに人として、色々と足りていない。
 年齢は九歳だと言うけど、細くて小さいので見た目はもっと幼く見えてしまう。
 たどたどしい言葉遣いのせいもあるのだろう。
 それに他人との接し方もおかしい。
 礼儀作法を知らないのは仕方ないかもしれない。
 彼女にそういうことを教えてくれる環境にあったとはとても思えないからだ。

 だが、彼女の場合、それだけで説明出来ないくらいに酷い。
 見ず知らずのカミーユに食べ物をたかったのなんて、生易しかった。
 カトルはこの屋敷でもとにかく、食べ物が欲しいとねだる。
 あまりにも切迫した様子なのでついつい、絆されるようにもてなしてしまった。
 激しく、後悔した。

 我が家の一日分の食糧を食い尽くされてしまったのだ。
 それでいて、本人に悪びれたところは一切ないし、態度もいいとは言えない。
 これはいけないと思って、直そうとすると「カミーユ。あのこわいおねえちゃんがいじめる」とお兄ちゃんカミーユに泣きつく。
 お兄ちゃんはお兄ちゃんで事情を理解していないのに「ロザリー。カトルをいじめるのはよくないことなんだ! なぜ、分からない」としか、言わない。
 阿呆である。
 さすが、ボンクラ王子と言いたくなるけど、我慢する。
 言ったところですぐにどうにか、なるのなら苦労しないのだ。



 それでも暫くの間、一緒に過ごしていると分かってきた。
 彼女は純粋無垢な存在なのだ、と……。

 カトルに色はない。
 白でもなければ、黒でもない。
 強いて言うのなら、無色なのだろう。

 だから、良くも悪くも何でも吸収する。
 まるで乾いた大地が降った雨をすぐに吸ってしまうかのように……。

 お兄ちゃんは悪影響とまでは言わないけど、カトルと近付けるとあまりよくないと思った。
 あの人には過保護なところがある。
 前世でおかしな言動が多かったのはそれだったのかと今更、理由が判明して、何とも居心地が悪い。
 お兄ちゃんはあたしのことを大切にしようとした結果、アレだったのだ。
 阿呆なのではないかと思った。

 それなら、他に方法もあったし、あたしに一言でも伝えてくれれば、よかったのだ。
 報告と連絡と相談は重要ではないの?
 でも、残念なことにお兄ちゃんの頭の中の辞書にそういう単語は載っていなかったらしい。
 前世でも今世でもそこは変わっていない。

 不器用な優しさで許してはいけないと思うのだ。
 そして、カトルにとって、何も教えずにただ甘やかすのは悪手でしかない。
 彼女は純真で無垢な存在だからこそ、教え導かなければいけないのではないだろうか。

 幸運なことにあたしにはベラベランジェールがいる。
 ベラがいるから、女の子として身に付けるべきことを教えやすい。

 男どもカミーユとジュスタンは本当に駄目な大人のいい例でしかない。
 事あるごとにさぼろうとするし、食べ物で釣って、カトルを甘やかすだけだから。
 駄目な二人を時に蹴り飛ばし、修正しながらの教育は結構、骨が折れた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

待ち遠しかった卒業パーティー

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。 しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。 それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

後妻は最悪でした

杉本凪咲
恋愛
新しい母と妹は私を容赦なく罵倒した。 父はそれを知っていながら無視をした。 全てを変えるために、私は家を飛び出すが……

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

処理中です...