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第30話 烏令嬢の皮算用

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 烏令嬢と呼ばれた前世を思い出せば、どうということはないのかもしれない。
 あたしはバール家の一人娘。
 本来、婿を取ってバール家の舵取りをしなくてはならない立場にあった。
 だから、淑女教育だけではなく、後継者教育も受けていたのだ。
 領地をどうやって、経営するのか。
 領民をどうやって、守るのか。

 だから、現在置かれている立場でどうしなければいけないのかはそれほど、頭を悩ます必要がない。
 まず、あたし達には『トラディシオン』だけではなく、『蜂蜜とほら吹き亭』の売り上げがある。
 これは大きな強みになっている。

 バール邸を維持しつつ、慎ましく生活を送るだけであれば、問題はない。
 もう少し、余裕が出来たら、農地を購入してのんびりと暮らすのも悪くないと考えていた。
 いつまでも危ない冒険者稼業を続けるより、その方がずっといい。

 そして、ふと考えるのだ。
 三人で生きていくのならと……。
 常にジェシージュスタンベラベランジェールがいることを前提に考えている自分がいる。

 そこにお兄ちゃんカミーユというすっとこどっこいのおたんこなすが一人増えてしまう。
 実のところ、一人増えたところでどうということもないのだけど。

 お兄ちゃんだって、トラディシオンのメンバーの一人なのだ。
 それなりに稼いではいる。
 お兄ちゃんの頭の辞書に貯蓄や貯金という単語が、載っているのかは怪しいところだ。
 伊達に王子様ではないのだろう。

 アロイス殿下を見れば分かる。
 随分と長く、冒険者として活動している。
 英雄に相応しい活躍をして、既に悠々自適に暮らせるだけの財を成しているはずなのに……。

 それがどうなのだろう。
 アロイス殿下の普段の様子を見ていると、そんな風にはとても思えない。
 これが『白き旋風』と呼ばれる英雄だと誰が気が付くのかというくらいにだらしがない。
 身だしなみに無頓着なので擦り切れたようなボロボロのローブを身に付けているし、癖の強いもじゃもじゃ頭にいつも眠そうな顔をしているのだから。

 あの人がどうにか、人として生きていられるのは婚約者のフラヴィさんが、影に日向にとサポートしてくれているからに他ならない。
 そうでなければ、とうに野垂れ死にしているのではないだろうか。

 あたしの見立てではお兄ちゃんとアロイス殿下はよく似ていると思う。
 お兄ちゃんは一人だったら路頭に迷う可能性が高い。
 生活力がまず、ないのだ。
 それはもう絶望的に!

 短期間の旅程であったとしても危うさが透けて見えるのがお兄ちゃんだ。
 お兄ちゃんの財布の中には銅貨が十枚入っている。
 目の前に肉汁が滴り落ちて、食欲をそそる美味しそうな匂いを上げる串焼きの屋台があったとしましょう。
 お代は銅貨十枚。
 旅はまだ、始まったばかりで無暗に使えない。

「でも、我慢は体に悪いって言うしな」

 お兄ちゃんはそう言って、串焼きを食べる。
 お財布の中がすっからかんになって、逆さまにしても何も出てこなくてもやってしまう。
 それがお兄ちゃんなのだ。

 前世でそういう気配がなかったかというとあった気はする……。
 恋は盲目というけど、まさにそうであったんだと思う。
 そうは言ってもあまり、抑えるのも可哀想だから、ある程度は自由にさせてあげるつもりではある。
 あまり、聞いた話ではないけど、お小遣い制にするのも一つの手だと考えている。
 お小遣いを貰う王子様というのは聞いたことがないけども。

「あれが欲しいんだ。今じゃなきゃ、駄目なんだ。どうして、分からないんだ」

 捨て犬みたいな目をして、そう言われたら、ついお小遣いの他にあげたくなる自分が容易に想像出来て、つくづく甘いとは思う。



 しかし、あまりそうも言っていられない状況かもしれない。
 領地を賜った。
 因縁の地だとか、北の僻地で辺境だとか、そんなことはこの際、問題ではないのだ。

 ルテティアを離れなければならない。
 これが最大の問題点になる。
 『蜂蜜とほら吹き亭』を手放さないといけない。
 これが悩みの種になってしまう。
 収入減が一つ断たれるのは痛い。

 ジェシーとベラに『蜂蜜とほら吹き亭』を任せるというのも一つの手ではあるのだけど、お兄ちゃんと二人だけでルアンに向かうのはあまりに無謀としか考えられない。
 破滅する未来しか、思い描けない。
 ジェシーとベラも一緒に来てもらう他ない。

 考えに考え抜いた末、辿り着いた結論はアロイス殿下の婚約者フラヴィさんに託すことに決めた。
 売り上げから、ほんの僅かな割合を上納してもらうだけで全てを任せることにしたのだ。
 完全に手放すよりはましなはずと思うしかない……。
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