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11 逆境
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「最近、誰とお喋りをしているの?」
「え?」
「夜、声が聞こえるのよ」
「あ……うん。友達だよ?」
「そう」
「ママも程々にしないと肩が凝るよ?」
「分かっているわよ」
ある日、そう言われて、はっとした。
一軒家ならともかく、集合住宅であることを忘れていた自分が恨めしい。
大きな声を出しているつもりはなかったんだけど、つい興奮することがなかったかと言われると否定できない。
リトリー・オンラインでは音声チャット推奨なのだ。
一人称視点でリアルタイムに動く必要性があるから、どうしても声でコミュニケーションを取った方がいいというのは建前だとは思うけど……。
そういう母も母だ。
元々、インドアの人だったのが、あまり軽快に動けなくなってから、さらに加速した。
日中の明るい時間はリボンフラワーや刺繍に没頭している。
まるで憑き物にでも憑かれたようにひたすら、花を作っている姿は軽くホラーですらある。
でも、趣味の一つでもあった方がいいと思う。
少しでも気分がほぐれるのであれば、それに越したことはない。
リトリー・オンラインではかなり進展があった。
ネクス師匠と出会い、相棒バルディエルと師匠に導かれて、どうにか初心者マークを取れるくらいには成長したつもりだ。
とはいえ、運動神経が切れていると学生時代に面と向かって言われたわたしだ。
ステータスを開いても運動能力は『平均的な能力に達していません』と漠然としているのにナイフで刺してくるような言い方をされる。
それでもエルフ。
それも風の部族と呼ばれるシルフィードだからか、それなりに動きを覚えて、そこそこに動けるようになった。
もっともこれは剣と魔法の世界なので魔法という不思議な力を借りているだけであって、わたしが運動できるようになったのではない。
そこは勘違いしてはいけないと思う。
師匠は過去に何か、あったらしく一人で行動することが多いソロキャンパーみたいな……ソロプレイヤー? だった。
偶にレイドというイベント戦に参加することがあっても放浪の旅人のようにふらっと旅に出る。
そんな人だったから、一緒に冒険の旅に出る機会もない。
何しろ、師匠は同じエルフとは思えないほどに強い。
一緒に旅をしても足手纏いになることが分かっているので、どこかに行きましょうなんて言えようはずがない。
それにいくらゲームとはいえ、異性である。
無理!
告白みたいでやれそうにない。
今まで一度も告白したことすらないわたしが、そんな大胆な行動を取れようか。
いや、取れない!
わたしの煮え切らない態度に業を煮やしたのが意外なことにAIのバルディエルだった。
『このままではいけません』
「何が?」
『何が? ではありませんよ』
わたしの右肩が余程、気に入ったのか、そこを定位置にして居座っているブラウンのホーランドロップもどきはしたり顔をする。
いや、ドヤ顔なのかもしれない。
ウサギがこんな顔をできるのかと引くレベルの顔だ。
『変わらなきゃ! さあ、ぱーちーぷれいーをするのですよ』
「え? 何、どういうこと?」
ぱーちー?
パーティーを開いて、パリピになれとでも言うのだろうか。
「それは無理!」と言ったら、心底呆れられた顔をされた。
地味に傷つく。
最初から、ちゃんと説明をしてくれたら、分かったのに相変わらず、底意地の悪い相棒だと思った。
説明を促したら、一応は丁寧にしてくれた。
それなら、最初から説明しておいてよという話なんだけど、そこは追求しても誰も得しないのでやめておく。
リトリー・オンラインはレイド・システムを採用している。
一人で解決できないことがあっても人を集めれば、解決できるかもしれない。
そんなノリのシステムなのだと理解した。
レイドは一種のイベントであり、目的や褒賞も様々。
簡単な物探しや人探しもあれば、まだ見ぬ未踏の地を目指したり、悪いモンスターを退治するなんてものまである。
一人より、二人より三人で三人寄れば文殊の知恵みたいなところがあるんだと思う。
バルディエルが言うにはこのレイド・システムを利用して、もっと自分の視野を広げろということらしい。
「そうだよね?」
『そういうことです。ぼっち脱出なのです』
いいえ、ぼっちではありません。
向いてなかったけど、営業をしていたのだから、コミュ力だって……。
『それは言い訳です。コミュ力あるのなら、ささっとお仲間を集めて、がんっとレイドを解決です』
「むむむ。言ったわね。吠え面かかせてやる」
結論だけ言えば、コミュ力があると証明できた。
ただし、滅茶苦茶疲れた。
これに尽きると思う。
「そうなんですね」
「凄いですね」
「そう思います」
共感的理解、無条件の肯定的関心、自己一致の三原則をこなせば、大概はどうにかなる。
これだけでぼっちなんて、簡単に卒業できるのだ。
もっとも営業するにはこれに機転という応用力も必要だし、何と言っても基本的な知識や常識を身に付けてないと話にならないのだけど……。
まぁ、そんな三原則を駆使して、ひたすら下出に出て、同好の士を集めるといった体で見学ツアーのレイド主催に成功した。
見学ツアーと言っても遠いところまで出かけたり、危ないところへ行くのではなくて。
単に景色のいいところにハイキングのようにお出かけしよう。
そんなテンションでやった。
ほとんどのレイドがそうではない。
損得勘定の絡んでないものは多分、珍しいんだと思う。
だから、珍獣を見る程度の冷やかしで参加してくる人が多かった。
「そんなものだよね」
『そんなものです。千里の道も一歩からです』
「それ、慰めているつもり?」
師匠みたいに心が強ければ、ぼっちであっても落ち込んだりしないだろう。
でも、わたしは強くない。
むしろ弱いから、疲れ果てた訳で。
このゲームを逃げ道みたいに考えて、今も逃げているだけなのだ。
前向きになろうと始めたはずのゲームでまさか、かえって後ろ向きになるとは思わなかった。
「え?」
「夜、声が聞こえるのよ」
「あ……うん。友達だよ?」
「そう」
「ママも程々にしないと肩が凝るよ?」
「分かっているわよ」
ある日、そう言われて、はっとした。
一軒家ならともかく、集合住宅であることを忘れていた自分が恨めしい。
大きな声を出しているつもりはなかったんだけど、つい興奮することがなかったかと言われると否定できない。
リトリー・オンラインでは音声チャット推奨なのだ。
一人称視点でリアルタイムに動く必要性があるから、どうしても声でコミュニケーションを取った方がいいというのは建前だとは思うけど……。
そういう母も母だ。
元々、インドアの人だったのが、あまり軽快に動けなくなってから、さらに加速した。
日中の明るい時間はリボンフラワーや刺繍に没頭している。
まるで憑き物にでも憑かれたようにひたすら、花を作っている姿は軽くホラーですらある。
でも、趣味の一つでもあった方がいいと思う。
少しでも気分がほぐれるのであれば、それに越したことはない。
リトリー・オンラインではかなり進展があった。
ネクス師匠と出会い、相棒バルディエルと師匠に導かれて、どうにか初心者マークを取れるくらいには成長したつもりだ。
とはいえ、運動神経が切れていると学生時代に面と向かって言われたわたしだ。
ステータスを開いても運動能力は『平均的な能力に達していません』と漠然としているのにナイフで刺してくるような言い方をされる。
それでもエルフ。
それも風の部族と呼ばれるシルフィードだからか、それなりに動きを覚えて、そこそこに動けるようになった。
もっともこれは剣と魔法の世界なので魔法という不思議な力を借りているだけであって、わたしが運動できるようになったのではない。
そこは勘違いしてはいけないと思う。
師匠は過去に何か、あったらしく一人で行動することが多いソロキャンパーみたいな……ソロプレイヤー? だった。
偶にレイドというイベント戦に参加することがあっても放浪の旅人のようにふらっと旅に出る。
そんな人だったから、一緒に冒険の旅に出る機会もない。
何しろ、師匠は同じエルフとは思えないほどに強い。
一緒に旅をしても足手纏いになることが分かっているので、どこかに行きましょうなんて言えようはずがない。
それにいくらゲームとはいえ、異性である。
無理!
告白みたいでやれそうにない。
今まで一度も告白したことすらないわたしが、そんな大胆な行動を取れようか。
いや、取れない!
わたしの煮え切らない態度に業を煮やしたのが意外なことにAIのバルディエルだった。
『このままではいけません』
「何が?」
『何が? ではありませんよ』
わたしの右肩が余程、気に入ったのか、そこを定位置にして居座っているブラウンのホーランドロップもどきはしたり顔をする。
いや、ドヤ顔なのかもしれない。
ウサギがこんな顔をできるのかと引くレベルの顔だ。
『変わらなきゃ! さあ、ぱーちーぷれいーをするのですよ』
「え? 何、どういうこと?」
ぱーちー?
パーティーを開いて、パリピになれとでも言うのだろうか。
「それは無理!」と言ったら、心底呆れられた顔をされた。
地味に傷つく。
最初から、ちゃんと説明をしてくれたら、分かったのに相変わらず、底意地の悪い相棒だと思った。
説明を促したら、一応は丁寧にしてくれた。
それなら、最初から説明しておいてよという話なんだけど、そこは追求しても誰も得しないのでやめておく。
リトリー・オンラインはレイド・システムを採用している。
一人で解決できないことがあっても人を集めれば、解決できるかもしれない。
そんなノリのシステムなのだと理解した。
レイドは一種のイベントであり、目的や褒賞も様々。
簡単な物探しや人探しもあれば、まだ見ぬ未踏の地を目指したり、悪いモンスターを退治するなんてものまである。
一人より、二人より三人で三人寄れば文殊の知恵みたいなところがあるんだと思う。
バルディエルが言うにはこのレイド・システムを利用して、もっと自分の視野を広げろということらしい。
「そうだよね?」
『そういうことです。ぼっち脱出なのです』
いいえ、ぼっちではありません。
向いてなかったけど、営業をしていたのだから、コミュ力だって……。
『それは言い訳です。コミュ力あるのなら、ささっとお仲間を集めて、がんっとレイドを解決です』
「むむむ。言ったわね。吠え面かかせてやる」
結論だけ言えば、コミュ力があると証明できた。
ただし、滅茶苦茶疲れた。
これに尽きると思う。
「そうなんですね」
「凄いですね」
「そう思います」
共感的理解、無条件の肯定的関心、自己一致の三原則をこなせば、大概はどうにかなる。
これだけでぼっちなんて、簡単に卒業できるのだ。
もっとも営業するにはこれに機転という応用力も必要だし、何と言っても基本的な知識や常識を身に付けてないと話にならないのだけど……。
まぁ、そんな三原則を駆使して、ひたすら下出に出て、同好の士を集めるといった体で見学ツアーのレイド主催に成功した。
見学ツアーと言っても遠いところまで出かけたり、危ないところへ行くのではなくて。
単に景色のいいところにハイキングのようにお出かけしよう。
そんなテンションでやった。
ほとんどのレイドがそうではない。
損得勘定の絡んでないものは多分、珍しいんだと思う。
だから、珍獣を見る程度の冷やかしで参加してくる人が多かった。
「そんなものだよね」
『そんなものです。千里の道も一歩からです』
「それ、慰めているつもり?」
師匠みたいに心が強ければ、ぼっちであっても落ち込んだりしないだろう。
でも、わたしは強くない。
むしろ弱いから、疲れ果てた訳で。
このゲームを逃げ道みたいに考えて、今も逃げているだけなのだ。
前向きになろうと始めたはずのゲームでまさか、かえって後ろ向きになるとは思わなかった。
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