星の堕ちた世界で～終末世界のエルフ～

７ 異世界

　リトリー・オンラインは疑似ＶＲゲームだ。
　ゲームに詳しくないから、よく分からないけど、疑似と銘打っているもののスマートフォン用のＶＲゴーグルを使えば、疑似ではない本物のＶＲを楽しめる……らしい。

　自分でも何のことだか、よく分からないけど、そう聞くとうずうずしてくる。
　とにかく試してみたくなるのは凝り性の性格が影響しているんだろう。
　祖母が同じような性格だったので分かる。
　何かを始めるとなれば、必要になる物を揃える。
　無駄に凝った初心者には到底不要な物をとりあえず、準備するのだ。
　それと全く、同じだった。

　そして、なけなしの雀の涙のような退職金の一部を使って、ＶＲゴーグルを買ってしまった。
　後悔はない。
　なぜか、そうしなければならないと思った。
　理由は特になく、ただ衝動的にそうしなくてはいけないと勝手に体が動いて、ポチッとした。
　義務感に近いものがわたしを動かしたのだ！

「言い訳だよね……」

　そう。
　単なる言い訳だ。
　今は無職なんだから、求職活動をしなくてはいけない。
　それなのに心身ともに疲弊しているからを理由にして、やっていない。
　さらにゲームで遊ぼうというのだから、自分でも質が悪いと思う。

　でも、やらなくてはならない。
　何か、得体の知れないものに突き動かされるようにわたしはリトリー・オンラインにのめり込んでいった。



　プレイヤーはまず、自分のキャラクターメイキングをする必要がある。
　これは自分の顔と体をスマートフォンのカメラを利用して、キャプチャーするだけで簡単に終わるので既に終わっている。
　『ミレイユ』という名のエルフのキャラクターが、わたしの目の前で偶に手を振ったり、退屈そうに背筋を伸ばそうと動いている。
　不思議な気分になる。
　自分と似たような……いや、ほぼ自分と同じ顔と言っていい存在が目の前にいる。
　鏡を見ているのとはまた、違うと思う。
　何しろ、自分がやっていない動きを勝手にしているのだから。

「えっと、何々……まずはどこかの国とか、そういうのに所属しなくていいの？」

　この癖もどうにかした方がいいと本気で思っている。
　疑問に思ったり、つい感情的になると独り言を零す癖だ。
　今は自室で一人きりだから、問題ないけど。

　舞台となるのは異世界オブリビオンだ。
　地球に似ているけど、地球ではない剣と魔法のファンタジーな世界だった。
　自然界にマナと呼ばれる魔法を使うのに必要な元素が豊富だから、魔法が使えるし、ドラゴンやスライムのようなモンスターがいる。
　そんな説明がオープニングムービーで流れた。
　どうやら、魔王を倒す為の勇者だったり、世界を救う為の救世主ではないらしい。

　プレイヤーは主人公。
　でも、必ずしも主役ではなく、主役になりたい人はなればいいし、そうではない人はそうすればいい。
　要は自由に遊べばいいというのが売りだった。

　異世界の疑似体験ができるゲームだとか、異世界でスローライフを送れるだとか。
　そんな宣伝文句やレビューを目にする機会が多かったのは自由度の高さゆえということだ。

『あなたの人生がスタートします』

　ムービーが終わると機械的な女性の声が実に無機質にそう告げた。
　目の前が暗転して、数秒後。
　青々とした草原がパノラマのように広がっていた。
　爽やかな風を心地よく、感じる。
　風に乗って、鼻を擽るのは新緑の匂いだろうか。

　本当に草原に立っているのではないかと錯覚した。
　ＶＲとは思えないほどにリアルだと感じた。

　わたしはこうして、リトリー・オンラインの世界に沼のようにハマっていく……。