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わたし、道善美礼(どうぜん みれい)はK県H町で生まれた。
H町はかつて別荘地として知られた静養の地だ。
現在は別荘地のイメージは薄くなっていると思う。
むしろ首都圏近郊で海水浴場のある観光地といった程度の認識じゃないだろうか。
そんな町で育ったわたし。
どこにでもいるごく普通の平凡な日本人に過ぎない。
ではなぜ、ミレイユというハンドルネームを名乗っているのか?
見た目がエルフにしか見えないコスプレみたいな恰好で町に出ているのか?
これには深い理由があるのだ。
わたしには父親の記憶がない。
父に抱っこをしてもらったことすらないと母が零していたけど、それは本当に記憶になかった。
でも、平日は全く姿を見かけた記憶すらない。
だからって、休日に姿を見かけても遊んでもらうどころか、かまってもらった記憶が一切ない。
自転車に乗れるよう手伝ってくれたのも母方の祖父だった。
それでも生物学上の父親としては存在している。
死んでないから生存しているんだとは思う。
でも、彼のことを父親とも思えなければ、思いたくない。
いや、考えたくないし、考える必要がなかった。
無事に大人になることができたのは母と母方の祖父母がいたからだ。
H町の実家だって、母方の祖父母が建てたものだ。
わたしと母は祖父母とその家で生活していた。
単身赴任と称し、一切姿を見せない父親は義務のように給料の一部を生活費として、母に送ってくるだけ。
恩着せがましいことに「誰のお陰で食えてると思っているんだ」が口癖で手を出さないのが唯一の取り柄のとんだモラハラ男だと聞かされて、育った。
実際、わたしは祖父母のお陰で毎日を不自由なく、暮らすことができたのだ。
生活だけではない。
祖母は大学へ行く学費まで出してくれた。
どれだけ感謝しても飽き足らないほどに愛情をかけてくれたからか、わたしはぐれることもなく、真面目なつまらない女に成長した。
でも、特に困っていない。
真面目でつまらなくても他人に迷惑はかけていない。
そして、大学を出て、とある会社に就職した。
社長はいわゆる青年実業家だった。
年齢はわたしより、一回りくらい上の人だ。
彼は言った。
全く、違う業界で成功する為のノウハウを学んできた、と……。
何をすべきかは全て、学んだ。
それを実践する時が来た。
だから、スタートアップ企業を目指して、起業する。
それが彼の口癖のようなものだった。
野望多き人。
だけど、それに似合う実力を持ち合わせてなかったのが災いの種となったんだろう。
しかし、それでも熱く、夢を語る姿に未来を感じずにはいられなかった。
わたしの考えがそれだけ、甘かった……。
冷静に考えれば、分かることだ。
ノウハウを学び構築したという企業理念もきれいごとを並べただけに過ぎない。
事業内容は既に大手の企業が手掛けたものの二番煎じなんだから。
地元の小売商店などと提携し、ネット上に仮想ショッピングモールを立ち上げる。
地元愛に満ち、地元に根付く企業精神と言えば、聞こえはいいと思う。
でも、実態は二番煎じに過ぎない。
需要なんてないに等しいのだ。
祖母と母は起業したばかりで実績もなく、夢見がちな内容を不安視したけれど、当時のわたしはそんな夢見がちな内容を盲信する愚か者だった。
結局、言い出すと言うことを聞かない頑固な面を知っている二人が折れた。
晴れてスタートアップ企業を目指す胡散臭いベンチャーに入社した訳だ。
そんなこともあって不穏な幕開けではあったけど、入社が決まり、社会人になったことを喜んでくれた。
しかし、二人の不安が現実の物となるのにさして時間はかからなかった。
一般事務職として入社したはずなのに実情は全く、違う。
内勤の仕事を与えられたのは最初だけだ。
社長を含めて、五人しかいない小さな会社だ。
社員全員が一丸となって、営業するしかない超ブラックな職場だった。
営業自体が初体験なのにそれがまさかの飛び込み営業なんだから。
研修もない。
実地で学ぶしかない。
見切り発車もいいところだ。
営業に慣れていないこともあって、結果に結びつかないから、ストレスは溜まる一方で次第に体調も崩しがちになった。
そんな折、祖母が他界した。
体調を崩すわたしを心配していた祖母自身が病に冒されていたのだ。
気付いた時にはすでに手の施しようがないほどに進行した末期癌だった。
H町はかつて別荘地として知られた静養の地だ。
現在は別荘地のイメージは薄くなっていると思う。
むしろ首都圏近郊で海水浴場のある観光地といった程度の認識じゃないだろうか。
そんな町で育ったわたし。
どこにでもいるごく普通の平凡な日本人に過ぎない。
ではなぜ、ミレイユというハンドルネームを名乗っているのか?
見た目がエルフにしか見えないコスプレみたいな恰好で町に出ているのか?
これには深い理由があるのだ。
わたしには父親の記憶がない。
父に抱っこをしてもらったことすらないと母が零していたけど、それは本当に記憶になかった。
でも、平日は全く姿を見かけた記憶すらない。
だからって、休日に姿を見かけても遊んでもらうどころか、かまってもらった記憶が一切ない。
自転車に乗れるよう手伝ってくれたのも母方の祖父だった。
それでも生物学上の父親としては存在している。
死んでないから生存しているんだとは思う。
でも、彼のことを父親とも思えなければ、思いたくない。
いや、考えたくないし、考える必要がなかった。
無事に大人になることができたのは母と母方の祖父母がいたからだ。
H町の実家だって、母方の祖父母が建てたものだ。
わたしと母は祖父母とその家で生活していた。
単身赴任と称し、一切姿を見せない父親は義務のように給料の一部を生活費として、母に送ってくるだけ。
恩着せがましいことに「誰のお陰で食えてると思っているんだ」が口癖で手を出さないのが唯一の取り柄のとんだモラハラ男だと聞かされて、育った。
実際、わたしは祖父母のお陰で毎日を不自由なく、暮らすことができたのだ。
生活だけではない。
祖母は大学へ行く学費まで出してくれた。
どれだけ感謝しても飽き足らないほどに愛情をかけてくれたからか、わたしはぐれることもなく、真面目なつまらない女に成長した。
でも、特に困っていない。
真面目でつまらなくても他人に迷惑はかけていない。
そして、大学を出て、とある会社に就職した。
社長はいわゆる青年実業家だった。
年齢はわたしより、一回りくらい上の人だ。
彼は言った。
全く、違う業界で成功する為のノウハウを学んできた、と……。
何をすべきかは全て、学んだ。
それを実践する時が来た。
だから、スタートアップ企業を目指して、起業する。
それが彼の口癖のようなものだった。
野望多き人。
だけど、それに似合う実力を持ち合わせてなかったのが災いの種となったんだろう。
しかし、それでも熱く、夢を語る姿に未来を感じずにはいられなかった。
わたしの考えがそれだけ、甘かった……。
冷静に考えれば、分かることだ。
ノウハウを学び構築したという企業理念もきれいごとを並べただけに過ぎない。
事業内容は既に大手の企業が手掛けたものの二番煎じなんだから。
地元の小売商店などと提携し、ネット上に仮想ショッピングモールを立ち上げる。
地元愛に満ち、地元に根付く企業精神と言えば、聞こえはいいと思う。
でも、実態は二番煎じに過ぎない。
需要なんてないに等しいのだ。
祖母と母は起業したばかりで実績もなく、夢見がちな内容を不安視したけれど、当時のわたしはそんな夢見がちな内容を盲信する愚か者だった。
結局、言い出すと言うことを聞かない頑固な面を知っている二人が折れた。
晴れてスタートアップ企業を目指す胡散臭いベンチャーに入社した訳だ。
そんなこともあって不穏な幕開けではあったけど、入社が決まり、社会人になったことを喜んでくれた。
しかし、二人の不安が現実の物となるのにさして時間はかからなかった。
一般事務職として入社したはずなのに実情は全く、違う。
内勤の仕事を与えられたのは最初だけだ。
社長を含めて、五人しかいない小さな会社だ。
社員全員が一丸となって、営業するしかない超ブラックな職場だった。
営業自体が初体験なのにそれがまさかの飛び込み営業なんだから。
研修もない。
実地で学ぶしかない。
見切り発車もいいところだ。
営業に慣れていないこともあって、結果に結びつかないから、ストレスは溜まる一方で次第に体調も崩しがちになった。
そんな折、祖母が他界した。
体調を崩すわたしを心配していた祖母自身が病に冒されていたのだ。
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