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2 世界は変わる
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その日、世界が変わった。
きれいな空だった。
空一面が七色の光で輝いていた。
北の国の風物詩オーロラみたいに……。
ありえないと思った。
日本でもオーロラを見ることができるのは意外と知られてない事実だ。
でも、あの時、空で輝いていたのは違った。
日本で見ることができるオーロラなんて、生易しい代物じゃなかった。
美しくも恐ろしい、肌を刺すような感覚とでも言うのだろうか。
そうとしか言いようのないものが空を覆っていた。
ここは首都圏。
外れも外れで外円にギリギリ入るか、入らないかの場所にあるけど、一応は首都圏だ。
その空一面が七色に変化しながら、輝いていた。
信じられない光景だった。
映像で見たオーロラともまるで違うように感じた。
正しく、空一面なのだ。
本当に空が全て、光っているとしか思えない光景だった。
七色に光り輝く。
空が光り輝く。
どこから聞こえるのかも分からない耳障りな音を立てながら……。
わたしが生きている世界は異なる次元の世界と融合しちゃったらしい。
らしいとしか言えないのは専門家と称する偉い先生にも何が起きたのか、全く分からない現象なのだ。
SF映画さながらの出来事が一夜にして起こった訳よね。
昨日の夜、確かに記念すべき出来事があったのは事実だ。
あの歌姫が初の世界同時配信ライブを行ったんだから。
長いこと彼女のフォロワーをしてきた自分にとっても感慨深いものがあって……。
そんな記念すべき日の夜に起こったのが、SFさながらの不思議現象なのだ。
世界は大きく変わった。
現実と虚構が入り混じったとでも言えば、いいんだろうか。
とにかく不思議な世界になった。
もしも都市伝説やネットの噂話で語られる存在が現実に目の前にいたら、どうすればいいのか?
冗談みたいな話だけど、それが現実に起こったのだ。
怪異の発生が日常茶飯事になった。
流行病が蔓延したからか、マスクをした人が多い。
だから、大柄なマスクで顔の半分以上を隠した女性が人気の全くないうら寂しい夜道にぽつんと一人佇んでいたとしても取り立てて騒ぎ立てるほどのことはない。
ただ、その女性が普通の女性ならばという前提が必要だ。
夏が目の前に迫っている。
既に熱帯夜に近いむしむしとした不快感を感じる夜だった。
それなのに女性は冬場に着るようなロングコートを羽織っており、やおら振り向くとマスクを外し、お決まりの台詞を吐く。
「私、キレイ?」
そう。
都市伝説で有名な怪異『口裂け女』が現れたのだ。
それも目撃者が多数、現れただけでは済まなかった。
証拠の映像や写真までもがネットにそれこそ、溢れかえるほどに氾濫した。
日本各地に彼女が現れたのだ。
『口裂け女』の凶刃により死者が出たニュースはもはや珍しいものではない。
現代は野犬どころか、野良犬すらも珍しくなった時代だ。
それなのにちらほらと見かける首輪も付けていない中型犬くらいの大きさの犬らしき生物が、そこかしこを闊歩している。
彼らもまた、普通の存在ではなかった。
人語を解し、言葉を発する彼らの頭は犬のそれではない。
時に中年の男性だったり、少年だったり、少女だったりと様々だが人のそれなのだ。
彼ら、『人面犬』はもはや日常のワンシーンに溶け込む存在と化している。
かつては非日常だった日常の一風景をどこか他人事のように頭の片隅へと追いやり、見なかったことにして先を急ぐ。
わたしも他の人から見れば、非日常の存在にしか見えないだろう。
「地味顔の薄い顔したエルフなんて、映えないけどね」
つい、うっかりとまた独り言を零す。
もう慣れているからか、高度な人工知能を有した相棒『グリゴリ』の『バルディエル』は当然のようにスルーして、素知らぬ顔をしている。
わたしのミレイユという名は本名ではない。
でも、源氏名ではなく、ハンドルネームやコードネームに近いものだ。
本名で行動することは推奨されないどころか、罰則規定こそないものの禁止されている。
何でも資格者(プレイヤー)のプライバシーと権利を守るにはそうせざるを得ないというのがプレイヤー団体(世界資格者機構)の御意向だった。
ゲームに慣れた人々は団体のことをプレイヤーギルドと呼んでいるが、この呼び名は言い得て妙だと思う。
ファンタジーな世界に出てくる冒険者ギルドとやらによく似ているからだ。
でも、これは現実だけにいくらか厳しいものがある。
プレイヤーは団体に所属しないと権利を享受できない。
しかし、所属すれば、守らなければならない義務も生じるのだ。
「今日のレイドイベントって、何時からだっけ?」
バルディエルは「ひとよんまるまるです」と無機質な女性の声なのにどこかウキウキとした感情の豊かさを感じさせる答え方をする。
出会った当初は機械音声みたいに感情の無いヤツと思ったものだけど、慣れてきた今となってはそんな声色の微妙な加減が分かってきた。
彼女は人工知能を搭載したデバイスのようなものだ。
ようなものとしか、例えられないのは本当に彼女が機械なのかどうかすら、はっきりとしないせい。
機械とも言えないけど、機械のようなナリをしている奇妙なモノとでも言えば、いいのかもしれない。
だから、そこに愛着を感じたり、仲間意識を抱くのは奇妙だと思っていた。
それも過去の話だ。
今では欠かせない相棒と認識しているし、そうしなければならない……。
「ミレイユは抜けていますから」
「それは余計なお世話というものよ?」
人工知能なのに微妙に口が悪いのにも慣れた。
今ではまるで友達感覚である。
とはいえ、レイドまでのんびりする余裕もない。
単独でレイドに挑戦するのなら、そう急ぐ必要もないけど、今回は待ち合わせの約束をしているからだ。
以前からネットで仲良くしていたものの実際に会うのは初めて。
ましてやプレイヤーとして、レイドに一緒に参加するのだから、遅れるなんて許されない。
待ち合わせ時間の三十分前には到着しなきゃ!
「面倒くさい女です」
「失礼な!」
「文章の一節を読み上げただけです。まさか自覚がおありなのですか?」
このように偶におちょくってくる大変、性格がよろしい人工知能とも仲良くしなければいけない。
プレイヤーの大原則の一つだ……。
全く、ギルドは無理難題しか仰らないことで!
きれいな空だった。
空一面が七色の光で輝いていた。
北の国の風物詩オーロラみたいに……。
ありえないと思った。
日本でもオーロラを見ることができるのは意外と知られてない事実だ。
でも、あの時、空で輝いていたのは違った。
日本で見ることができるオーロラなんて、生易しい代物じゃなかった。
美しくも恐ろしい、肌を刺すような感覚とでも言うのだろうか。
そうとしか言いようのないものが空を覆っていた。
ここは首都圏。
外れも外れで外円にギリギリ入るか、入らないかの場所にあるけど、一応は首都圏だ。
その空一面が七色に変化しながら、輝いていた。
信じられない光景だった。
映像で見たオーロラともまるで違うように感じた。
正しく、空一面なのだ。
本当に空が全て、光っているとしか思えない光景だった。
七色に光り輝く。
空が光り輝く。
どこから聞こえるのかも分からない耳障りな音を立てながら……。
わたしが生きている世界は異なる次元の世界と融合しちゃったらしい。
らしいとしか言えないのは専門家と称する偉い先生にも何が起きたのか、全く分からない現象なのだ。
SF映画さながらの出来事が一夜にして起こった訳よね。
昨日の夜、確かに記念すべき出来事があったのは事実だ。
あの歌姫が初の世界同時配信ライブを行ったんだから。
長いこと彼女のフォロワーをしてきた自分にとっても感慨深いものがあって……。
そんな記念すべき日の夜に起こったのが、SFさながらの不思議現象なのだ。
世界は大きく変わった。
現実と虚構が入り混じったとでも言えば、いいんだろうか。
とにかく不思議な世界になった。
もしも都市伝説やネットの噂話で語られる存在が現実に目の前にいたら、どうすればいいのか?
冗談みたいな話だけど、それが現実に起こったのだ。
怪異の発生が日常茶飯事になった。
流行病が蔓延したからか、マスクをした人が多い。
だから、大柄なマスクで顔の半分以上を隠した女性が人気の全くないうら寂しい夜道にぽつんと一人佇んでいたとしても取り立てて騒ぎ立てるほどのことはない。
ただ、その女性が普通の女性ならばという前提が必要だ。
夏が目の前に迫っている。
既に熱帯夜に近いむしむしとした不快感を感じる夜だった。
それなのに女性は冬場に着るようなロングコートを羽織っており、やおら振り向くとマスクを外し、お決まりの台詞を吐く。
「私、キレイ?」
そう。
都市伝説で有名な怪異『口裂け女』が現れたのだ。
それも目撃者が多数、現れただけでは済まなかった。
証拠の映像や写真までもがネットにそれこそ、溢れかえるほどに氾濫した。
日本各地に彼女が現れたのだ。
『口裂け女』の凶刃により死者が出たニュースはもはや珍しいものではない。
現代は野犬どころか、野良犬すらも珍しくなった時代だ。
それなのにちらほらと見かける首輪も付けていない中型犬くらいの大きさの犬らしき生物が、そこかしこを闊歩している。
彼らもまた、普通の存在ではなかった。
人語を解し、言葉を発する彼らの頭は犬のそれではない。
時に中年の男性だったり、少年だったり、少女だったりと様々だが人のそれなのだ。
彼ら、『人面犬』はもはや日常のワンシーンに溶け込む存在と化している。
かつては非日常だった日常の一風景をどこか他人事のように頭の片隅へと追いやり、見なかったことにして先を急ぐ。
わたしも他の人から見れば、非日常の存在にしか見えないだろう。
「地味顔の薄い顔したエルフなんて、映えないけどね」
つい、うっかりとまた独り言を零す。
もう慣れているからか、高度な人工知能を有した相棒『グリゴリ』の『バルディエル』は当然のようにスルーして、素知らぬ顔をしている。
わたしのミレイユという名は本名ではない。
でも、源氏名ではなく、ハンドルネームやコードネームに近いものだ。
本名で行動することは推奨されないどころか、罰則規定こそないものの禁止されている。
何でも資格者(プレイヤー)のプライバシーと権利を守るにはそうせざるを得ないというのがプレイヤー団体(世界資格者機構)の御意向だった。
ゲームに慣れた人々は団体のことをプレイヤーギルドと呼んでいるが、この呼び名は言い得て妙だと思う。
ファンタジーな世界に出てくる冒険者ギルドとやらによく似ているからだ。
でも、これは現実だけにいくらか厳しいものがある。
プレイヤーは団体に所属しないと権利を享受できない。
しかし、所属すれば、守らなければならない義務も生じるのだ。
「今日のレイドイベントって、何時からだっけ?」
バルディエルは「ひとよんまるまるです」と無機質な女性の声なのにどこかウキウキとした感情の豊かさを感じさせる答え方をする。
出会った当初は機械音声みたいに感情の無いヤツと思ったものだけど、慣れてきた今となってはそんな声色の微妙な加減が分かってきた。
彼女は人工知能を搭載したデバイスのようなものだ。
ようなものとしか、例えられないのは本当に彼女が機械なのかどうかすら、はっきりとしないせい。
機械とも言えないけど、機械のようなナリをしている奇妙なモノとでも言えば、いいのかもしれない。
だから、そこに愛着を感じたり、仲間意識を抱くのは奇妙だと思っていた。
それも過去の話だ。
今では欠かせない相棒と認識しているし、そうしなければならない……。
「ミレイユは抜けていますから」
「それは余計なお世話というものよ?」
人工知能なのに微妙に口が悪いのにも慣れた。
今ではまるで友達感覚である。
とはいえ、レイドまでのんびりする余裕もない。
単独でレイドに挑戦するのなら、そう急ぐ必要もないけど、今回は待ち合わせの約束をしているからだ。
以前からネットで仲良くしていたものの実際に会うのは初めて。
ましてやプレイヤーとして、レイドに一緒に参加するのだから、遅れるなんて許されない。
待ち合わせ時間の三十分前には到着しなきゃ!
「面倒くさい女です」
「失礼な!」
「文章の一節を読み上げただけです。まさか自覚がおありなのですか?」
このように偶におちょくってくる大変、性格がよろしい人工知能とも仲良くしなければいけない。
プレイヤーの大原則の一つだ……。
全く、ギルドは無理難題しか仰らないことで!
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