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参捨弐 コーネリアス、仕官する

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「あれから、一年か。色々とあったなぁ」

 コーネリアスは十七になった。

 パストラス再興を目指す男達と出会い、彼らの人となりを知った。
 実に気持ちがいい男と感じたコーネリアスは、何とか運命を変えようと動いた。

 死に魅入られ、死すべき運命にあった長兄のジャクソンの運命を大きく変えたのはコーネリアスの存在そのものだった。
 コーネリアスが前世の光汰の記憶を思い出したことで改変が始まった。
 それはさして歴史に大きな影響を与えなかった。
 彼はただ周囲の人間を助けたいと細やかに願っただけに過ぎないからだ。

「でも、これで良かったんだ」
「何がです?」
「いや。何でもないよ」

 ヤンは十二歳になり、少し大人になった。
 コーネリアスとヤンは休日ということもあって、古き都の目抜き通りをふらりと散歩していた。

 ヤンはヘルヴァイスハイト家の学舎に通う学生となった。
 学費の心配はない。
 まだ、少年といった年齢に近い二人だが資金面で苦慮することはなかった。
 城と言うべき小さな屋敷を持ち、それなりに蓄財している。

 コーネリアスも学舎を卒業し、仕官した。
 思うところはあったがヘルヴァイスハイトに仕えることを決めた。
 歴史とはあまりにも異なり、敵だったかもしれない者に仕えれば、また歴史がおかしなことになるのかもしれない。
 あのディオンという男は得体が知れない。
 近付くことだけは避けたいとの思いが強かったのだ。

 二人は優雅な生活とは言えないまでもそれなりの贅沢も楽しめる環境を楽しんでいた。



 ヘルヴァイスハイト家の三女ガブリエラ。
 デュンフルス家の嫡男テオドール。
 パストラス再興を期する統率者カラノスと彼に仕えるキリアコスら十人の勇士。
 場を取り持つ仲裁者として、交渉の場を提供したヘルヴァイスハイトの家宰トマーシュ。

 この化学反応を起こしかねない面々が一堂に会し、再興軍の今後を左右する重要な話し合いが行われたのは一年前のことだった。
 画策した企画主であるコーネリアスは場違いとは思いながらもヤンと共に参席した。

 案の定、コーネリアスの危惧した通り、交渉は紛糾する。
 司会をする立場であるトマーシュは決議権を放棄しているので十三人が票を持つ。
 しかし、特例として交渉の機会を設けた功労者であるコーネリアスにも票が与えられた。
 票は十四である。
 同数になると埒が明かないのだ。

 困った者がいれば手を差し伸べよと自らが窮地に陥ろうとも他者を慮る両親を見て育ったガブリエラは、良くも悪くも貴族のお嬢様だった。
 パストラスの家が困っているのであれば、助けるべきと強く主張した。
 これに反対したのは意外なことにテオドールだ。
 普段は周囲を辟易させるほどに許嫁との仲睦まじさを見せつけるテオドールだが、リアリストな父の影響からか、もっと冷静に俯瞰的な視点で考えるべきだと主張する。
 テーブルを挟み、睨み合う二人を前にして大きく割れたのがパストラスの面々だった。

 カラノスを筆頭としたアンナやフリストスといったはガブリエラの姿勢に共感し、ヴェステンエッケが西の扮装を仲裁してくれることを期待した。
 キリアコスを筆頭とする非主流派はテオドールのやや冷徹とも取れる言い分を尤もであると考えた。
 彼らはヴェステンエッケが何の利もなく、戦に介入してくれることはないだろうと諦観した。

 この時点でパストラスの命運をヴェステンエッケに懸けるべきとする票は六。
 ヴェステンエッケではなく、エンディアの力を借りるべきではないかとする票は七。
 コーネリアスは当然のようにヴェステンエッケの側なので票が七となる。
 これでは埒が明かない。

 この時、コーネリアスの知らなかったことがある。
 ディオン・プリュムラモーが秘密裏にキリアコスを通して、働きかけを行っていた。
 言葉巧みに誘導し、パストラスがエンディアに与するようにと話を持ち掛けていたのだ。
 勿論、これはディオンの独断ではなく、エンディア王ノエルの意向を受けてのことだったが、ノエルはそこまで乗り気ではない。
 ディオンは元より、彼らを捨て駒として利用し、その命を生贄のように使おうと企んでいる。
 ノエルが約束していない大盤振る舞いを彼らの前にちらつかせた。
 それゆえに非主流派は反対の票を投じたのである。

 非主流派の面々は人ではない者が多い。
 彼らのような亜人は時に魔物とも呼ばれ、忌み嫌われることが少なくない。
 パストラスはそうした差別が見られないやや特殊な地だった。
 王族であるカラノスやその傍流のキリアコスにもそういった者の血が入っていた。
 ディオンはそこにも付け込んだ。
 「我らエンディアは新しき考えの国ですぞ」と……。

「でも、この古都は……なんでも受け入れてくれますよ」

 膠着する原因となった七票目の賛成の票を投じたコーネリアスの言葉が、場を動かす。
 「確かにその通りですな」と司会のトマーシュが、司会らしからぬ発言をした。

「我らもまた、この都ではでしたぞ」

 蓄えた顎髭を撫でながら、感慨深げに静かな口調で語るトマーシュに場が静まった。
 トマーシュはその様子に昔話でも語るように話し始める。
 ヘルヴァイスハイトが現在に至るまでに茨の道を辿ってきた歴史を……。

「リヒテル様はそういう御方なのですよ」

 そう締めくくったトマーシュの言葉で場の流れが一気に変わった。
 キリアコスも疑念を抱いていたからだ。
 ディオンという男は実に心地良い言葉を囁く。
 しかし、コーネリアスとの親交でキリアコスの中にも新たな思いが生まれようとしていた。
 戦とは何も力でもってすべきものではないとする新たな考えだ。

 パストラス再興軍はかくして、ヘルヴァイスハイト家に全てを委ねることを決めた。

 これに伴い、十一名の勇士は居住区での過酷な暮らしから、解放されることになった。
 リヒテルの鶴の一声だった。
 彼らをヘルヴァイスハイト家の食客とすることにしたのだ。
 敷地内に新たに離れの屋敷が建てられた。
 あまりの厚遇に初めの内こそ、訝しんでいた非主流派の亜人達だったが、いつしかリヒテルのシンパになっていく。



「何だ、あれ?」
「揉め事かな? 兄さん、また首突っ込むのはやめとこうよ」
「ヤン。人聞きの悪いことを言うんじゃない。僕は揉め事が好きなんじゃない。あっちから、やって来るだけなんだ」
「はいはい。そういうことにしておきましょうか」

 両手を後頭部で組むとニッシシシと嫌な笑い方をするヤンだが、コーネリアスには見慣れた光景である。
 二人の関係は実の兄弟ではないが妙に近しい。
 どこか達観したところがあるコーネリアスに対し、ヤンは気にせずぐいぐいと近付く。
 それをなぜか、嫌だとは思わせない魅力がヤンにはあるらしい。

 コーネリアスはかつて友となり、淡い初恋の相手でもあったバドのことを思い出した。
 短い間の出来事だったにも関わらず、コーネリアスの中で今でも鮮明に思い出せる思い出だった。
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