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弐捨 釣り人
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コーネリアスがヴェステンエッケに居を移してから、早三年。
ヴェステンエッケが古都であり、やや時代に取り残されつつある街であるとしても辺鄙な田舎にあったストンパディの村に比べれば、雲泥の差である
まず、人の多さが違う。
往来を歩く、人々の数が多いだけではなく、とにかく賑やかだった。
学舎で学んだカイルは少年期に村を出ていたが、これほどの都会に出たのは初めてだった。
ストンパディで生まれ育った者であれば、それが当然の反応と言っていい。
しかし、コーネリアスは違った。
十三歳でカイルを頼り、ヴェステンエッケに出てきたコーネリアスは往来を行く人の多さにも全く、焦り一つ見せない。
あまりにも落ち着き払っており、どちらが田舎から出てきた者か分からないほどだった。
それもそのはず。
コーネリアスには前世がある。
彼が暮らしていた東京はヴェステンエッケ以上に雑然と人々が暮らしていた街だ。
そこで生まれ育った光汰としての記憶と経験がある。
ヴェステンエッケの古い町並みから、歴史の重みと中世の趣きを感じていた。
歴史的な建築物が建ち並ぶ街並みは壮観だった。
コーネリアスが通う学舎は少し、特殊な部類に入ると言えよう。
ヘルヴァイスハイト家が運営する言わば私塾である。
講師陣も少々、毛色が変わっている。
当主リヒテルの従弟にあたるデニス・ヘルヴァイスハイトを始めとして、個性豊かな面々が揃っていた。
デニスはリンクスの異名を持つ隻眼隻腕の剣士である。
リンクスは光や左を意味する言葉だ。
かつて行われた壮絶な戦いで右目と左腕の肘から先を失ったデニスだが、義手に仕込んだ仕込み武器を使い今でも一線で活躍する凄腕の剣術使いだったことから、そう名付けられた。
このデニスが塾長として、一切を統括しており、学問だけではなく、実戦で通用する技を教えるのがモットーだった。
「今日は釣れましたか?」
「いんや、釣れんな」
一日の授業が終わり、ふらっと街へ出ることにしたコーネリアスはいつもの場所に向かい、いつものように話しかける。
釣竿を垂らした青年の答えもいつも通りである。
コーネリアスは釣れないことが苛立たせるのか、片手で無造作にくしゃくしゃと髪を搔き毟る青年の横に腰を下ろした。
これもいつものことである。
青年の名はキリアコス・エラポス・オロス・ト・エイソー。
当年とって三十一歳となるキリアコスはまだ、二十代前半と言っても誰も疑わない若々しさに満ち溢れた男である。
身の丈が軽く百九十センチはあろうかという大男だが非常に整った容貌をしている。
何よりもきらきらと輝く、不思議な瞳を持っていた。
まだ、少年らしさが残っているキリアコスだが、実はヘルヴァイスハイトの私塾の講師である。
槍術の巧みな技に精通しているキリアコスの腕を見込んだデニスが自ら、掛け合った結果、気が向いた時に教える契約を結んでいるのだ。
キリアコスは元々、ヴェステンエッケの住人だった訳ではない。
ヴェステンエッケより、遥か西にあるパストラス家に仕える騎士だった。
お家断絶の危機に陥った主家を救うべく立ち上がり、戦ったが敗れた。
最後の当主は敵の手に落ち、幽閉されている。
どうにか落ち延びたキリアコスは遠く離れたヴェステンエッケで再起の時を窺っている。
「明日は釣れますかね」
「どうだかね。オラには分からねえなあ」
釣れもしない釣りに興じているように見えるがキリアコスには何か、意図があるに違いないとコーネリアスは見ていた。
餌も付けずに竿を垂れ、天下を論じた大軍師がいたことを知らないコーネリアスではない。
実際、キリアコスは餌を付けていないのだ。
ヴェステンエッケが古都であり、やや時代に取り残されつつある街であるとしても辺鄙な田舎にあったストンパディの村に比べれば、雲泥の差である
まず、人の多さが違う。
往来を歩く、人々の数が多いだけではなく、とにかく賑やかだった。
学舎で学んだカイルは少年期に村を出ていたが、これほどの都会に出たのは初めてだった。
ストンパディで生まれ育った者であれば、それが当然の反応と言っていい。
しかし、コーネリアスは違った。
十三歳でカイルを頼り、ヴェステンエッケに出てきたコーネリアスは往来を行く人の多さにも全く、焦り一つ見せない。
あまりにも落ち着き払っており、どちらが田舎から出てきた者か分からないほどだった。
それもそのはず。
コーネリアスには前世がある。
彼が暮らしていた東京はヴェステンエッケ以上に雑然と人々が暮らしていた街だ。
そこで生まれ育った光汰としての記憶と経験がある。
ヴェステンエッケの古い町並みから、歴史の重みと中世の趣きを感じていた。
歴史的な建築物が建ち並ぶ街並みは壮観だった。
コーネリアスが通う学舎は少し、特殊な部類に入ると言えよう。
ヘルヴァイスハイト家が運営する言わば私塾である。
講師陣も少々、毛色が変わっている。
当主リヒテルの従弟にあたるデニス・ヘルヴァイスハイトを始めとして、個性豊かな面々が揃っていた。
デニスはリンクスの異名を持つ隻眼隻腕の剣士である。
リンクスは光や左を意味する言葉だ。
かつて行われた壮絶な戦いで右目と左腕の肘から先を失ったデニスだが、義手に仕込んだ仕込み武器を使い今でも一線で活躍する凄腕の剣術使いだったことから、そう名付けられた。
このデニスが塾長として、一切を統括しており、学問だけではなく、実戦で通用する技を教えるのがモットーだった。
「今日は釣れましたか?」
「いんや、釣れんな」
一日の授業が終わり、ふらっと街へ出ることにしたコーネリアスはいつもの場所に向かい、いつものように話しかける。
釣竿を垂らした青年の答えもいつも通りである。
コーネリアスは釣れないことが苛立たせるのか、片手で無造作にくしゃくしゃと髪を搔き毟る青年の横に腰を下ろした。
これもいつものことである。
青年の名はキリアコス・エラポス・オロス・ト・エイソー。
当年とって三十一歳となるキリアコスはまだ、二十代前半と言っても誰も疑わない若々しさに満ち溢れた男である。
身の丈が軽く百九十センチはあろうかという大男だが非常に整った容貌をしている。
何よりもきらきらと輝く、不思議な瞳を持っていた。
まだ、少年らしさが残っているキリアコスだが、実はヘルヴァイスハイトの私塾の講師である。
槍術の巧みな技に精通しているキリアコスの腕を見込んだデニスが自ら、掛け合った結果、気が向いた時に教える契約を結んでいるのだ。
キリアコスは元々、ヴェステンエッケの住人だった訳ではない。
ヴェステンエッケより、遥か西にあるパストラス家に仕える騎士だった。
お家断絶の危機に陥った主家を救うべく立ち上がり、戦ったが敗れた。
最後の当主は敵の手に落ち、幽閉されている。
どうにか落ち延びたキリアコスは遠く離れたヴェステンエッケで再起の時を窺っている。
「明日は釣れますかね」
「どうだかね。オラには分からねえなあ」
釣れもしない釣りに興じているように見えるがキリアコスには何か、意図があるに違いないとコーネリアスは見ていた。
餌も付けずに竿を垂れ、天下を論じた大軍師がいたことを知らないコーネリアスではない。
実際、キリアコスは餌を付けていないのだ。
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