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捨伍 バドの秘密③
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コーネリアスには先入観があった。
エルフと言えば、先の尖った長い耳が特徴のように描かれているものだと思っていたからだ。
ところが、バドの耳はやや先端が尖っている程度でそれほど目立つものではない。
アールヴもいくつかの氏族に分かれている。
人間の人種が違うと髪や肌の色が異なるのと同じだった。
風の魔力の影響を受けるシルフィード。
地の魔力の影響を受けるグノーメ。
水の魔力の影響を受けるアンダイン。
炎の魔力の影響を受けるサラマンドル。
この四氏族が主流と言われているのには理由がある。
人口比率でもっとも多い割合を占めているのだ。
彼らは影響を受けている魔力の色が特徴として、見た目にも影響を及ぼす。
例えば、サラマンドルであれば、炎を連想させる目も覚めるような真っ赤な髪で良く知られていた。
「あたしはセイレーンの一族なんだ」
「セイレーン?」
「そう。セイレーン」
コーネリアスはセイレーンについて、浅学な身を恥じた。
彼の中でセイレーンは唄を歌い、人を惑わせる魔女や魔物といった程度の認識しかない。
あくまで伝承上の生き物としか、思っていなかったのだ。
バドの話によれば、セイレーン族はそれでなくとも少数部族であるアールヴの中で特に少数しか存在しないのだと言う。
一族には女性しか、生まれないのも特徴だった。
それゆえに人知れず、人里に紛れて暮らしている者が多かった。
バドもまた、両親と共にひっそりと小さな町で暮らしていた。
彼女の運命を大きく、変えたのは致死性の高い伝染病だった。
まず、最初に病で倒れたのは父親だった。
発症してから、程なくしてこの世を去った。
この病の恐ろしいところは感染力の強さと致死性の高さである。
看病していた母親にも伝染したが、まだ幼いバドはなぜか無事だった。
どうやら彼女には抗体があったらしい。
母親も程なくして、同じ病で夫の後を追うことになったがこの時、運が悪いことにバドがうっかりとセイレーンの力を発現したのだ。
セイレーンの唄はそれぞれが固有の能力として、違う力を発現させる。
バドに発現した力は人を癒すものだった。
だが、既に命を失った者には効力を発揮しない。
バドは母親を助けることが出来なかっただけではなく、囚われの身となった。
稀に見るセイレーンの力を利用しようと考えた欲の皮が張った輩により、長く人目につかない地下牢に幽閉されてしまったのだ。
そこに救いの手を差し伸べたのがシニストラだった。
流浪の騎士と言う割に訳アリの者にしか見えない得体の知れなさはあったが、正義感が強く信頼が出来る男であると感じたバドは彼についていくことに決めた。
セイレーンの瞳が直感は間違っていないと訴えたからである。
「そういうことだったのか」
「だから、あたしはこうして、バレないようにしてるんだ」
「事情は分かった。秘密にしないといけない理由も分かる。分かるけど、ずっとそのままでバドはいいのか?」
コーネリアスの言葉は黒くなる軟膏を塗ったバドの表情をさらに暗い物に転じた。
彼女もそれは誰よりも理解しているつもりだった。
いつまでも隠し通せるものではないことを……。
「大丈夫だよ。あたしは強いから」
バドの大きな目から、今にも涙が零れ落ちそうなのを見て、コーネリアスは「ここにずっといればいい」と出かかった言葉を伝えられなかった。
それはバドの為ではない。
己が単にバドと一緒にいたいが為ではないのか?
自己の幸福を望むべきではないとここにきて、沁み込んだ社畜体質が表に出てしまったのだ。
「この村は安全だからさ。いつでも遊びに来いよ」
「うん」
別れの日が近いことは分かっていた。
コーネリアスは男らしいところを見せ、少しでもいい印象を残したいとせめてもの強がりを見せる。
だが、心は激しい嵐の真っ只中にあり、木の葉のように揺られる小舟の感覚だった。
コーネリアスは決して、涙を流してはならぬと歯を食いしばり、心の中で密かに涙した。
エルフと言えば、先の尖った長い耳が特徴のように描かれているものだと思っていたからだ。
ところが、バドの耳はやや先端が尖っている程度でそれほど目立つものではない。
アールヴもいくつかの氏族に分かれている。
人間の人種が違うと髪や肌の色が異なるのと同じだった。
風の魔力の影響を受けるシルフィード。
地の魔力の影響を受けるグノーメ。
水の魔力の影響を受けるアンダイン。
炎の魔力の影響を受けるサラマンドル。
この四氏族が主流と言われているのには理由がある。
人口比率でもっとも多い割合を占めているのだ。
彼らは影響を受けている魔力の色が特徴として、見た目にも影響を及ぼす。
例えば、サラマンドルであれば、炎を連想させる目も覚めるような真っ赤な髪で良く知られていた。
「あたしはセイレーンの一族なんだ」
「セイレーン?」
「そう。セイレーン」
コーネリアスはセイレーンについて、浅学な身を恥じた。
彼の中でセイレーンは唄を歌い、人を惑わせる魔女や魔物といった程度の認識しかない。
あくまで伝承上の生き物としか、思っていなかったのだ。
バドの話によれば、セイレーン族はそれでなくとも少数部族であるアールヴの中で特に少数しか存在しないのだと言う。
一族には女性しか、生まれないのも特徴だった。
それゆえに人知れず、人里に紛れて暮らしている者が多かった。
バドもまた、両親と共にひっそりと小さな町で暮らしていた。
彼女の運命を大きく、変えたのは致死性の高い伝染病だった。
まず、最初に病で倒れたのは父親だった。
発症してから、程なくしてこの世を去った。
この病の恐ろしいところは感染力の強さと致死性の高さである。
看病していた母親にも伝染したが、まだ幼いバドはなぜか無事だった。
どうやら彼女には抗体があったらしい。
母親も程なくして、同じ病で夫の後を追うことになったがこの時、運が悪いことにバドがうっかりとセイレーンの力を発現したのだ。
セイレーンの唄はそれぞれが固有の能力として、違う力を発現させる。
バドに発現した力は人を癒すものだった。
だが、既に命を失った者には効力を発揮しない。
バドは母親を助けることが出来なかっただけではなく、囚われの身となった。
稀に見るセイレーンの力を利用しようと考えた欲の皮が張った輩により、長く人目につかない地下牢に幽閉されてしまったのだ。
そこに救いの手を差し伸べたのがシニストラだった。
流浪の騎士と言う割に訳アリの者にしか見えない得体の知れなさはあったが、正義感が強く信頼が出来る男であると感じたバドは彼についていくことに決めた。
セイレーンの瞳が直感は間違っていないと訴えたからである。
「そういうことだったのか」
「だから、あたしはこうして、バレないようにしてるんだ」
「事情は分かった。秘密にしないといけない理由も分かる。分かるけど、ずっとそのままでバドはいいのか?」
コーネリアスの言葉は黒くなる軟膏を塗ったバドの表情をさらに暗い物に転じた。
彼女もそれは誰よりも理解しているつもりだった。
いつまでも隠し通せるものではないことを……。
「大丈夫だよ。あたしは強いから」
バドの大きな目から、今にも涙が零れ落ちそうなのを見て、コーネリアスは「ここにずっといればいい」と出かかった言葉を伝えられなかった。
それはバドの為ではない。
己が単にバドと一緒にいたいが為ではないのか?
自己の幸福を望むべきではないとここにきて、沁み込んだ社畜体質が表に出てしまったのだ。
「この村は安全だからさ。いつでも遊びに来いよ」
「うん」
別れの日が近いことは分かっていた。
コーネリアスは男らしいところを見せ、少しでもいい印象を残したいとせめてもの強がりを見せる。
だが、心は激しい嵐の真っ只中にあり、木の葉のように揺られる小舟の感覚だった。
コーネリアスは決して、涙を流してはならぬと歯を食いしばり、心の中で密かに涙した。
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