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玖 突然の危機
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「な、なんだよ、これ」
突如、襲い掛かったこれまでに感じたことがない命の危機にコーネリアスは、心臓が張り裂けそうな錯覚を覚えた。
しかし、体と精神は本人が思っている以上に頑丈に出来ているらしい。
次第に落ち着きを取り戻すと冷静な思考も戻ってきた。
風を切る音だけではなく、何かを叩き落とすような激しい衝突音も聞こえたとコーネリアスは気が付いた。
間違いではなかった。
大地に何本かの矢が叩き折られた状態で転がっている。
「そのまま、伏せておけ」
再び、野太い声がした。
先程、注意を促したのと同じ声にコーネリアスがはっと顔を上げると、文字通り、見上げるような大男が立っていた。
旅装束と思しき大きなマントを羽織っていた。
元々は純白だったと思われるマントは旅の間に薄汚れたのか、白とは言い難い色になっていたが……。
男は右手に刃渡りが一メートルはあろうかという大剣を握り、左手には円盾を構えていた。
矢を叩き落としたのはどうやら、その大剣としか思えなかった。
大剣はその刀身の長さと重量の関係から、素早く振り回すのに向いた武器とは言い難い。
その特性があるゆえ、両手持ちとして構えるのが一般的であり、振り上げてから振り下ろすのに向いていない。
ところが男はいとも簡単に大剣を片手で振り回すばかりか、的確に矢を迎撃し、叩き落としているのだ。
驚くべき膂力と見事な技量と言わざるを得ない妙技だった。
コーネリアスに武術の心得は全くない。
一時期、剣の道を志した兄ジャクソンから、多少、手ほどきされた経験があるくらいだった。
かじった程度と言ってもいいだろう。
そんなコーネリアスですら、男の巧みな剣捌きに目が釘付けになっていた。
藪から出てきた子もそれは変わらなかった。
「参る……」
男が低く呟いたかと思うと気合を一閃させ、藪の中へと分け入った。
コーネリアスと藪の子は取り残された形になり、ただ見送るしかない。
男の態度から、コーネリアスは襲撃者の矢が尽きたのではないかと予想した。
攻撃手段が近接に切り替わったが為に男が勝負を決すべく、吶喊したのに違いないと一人、合点する。
そして、あの大男の技量があれば、心配することもないだろうとあてのない確信を抱いた。
「心配いらないよ」
「……うん」
コーネリアスの発した言葉は藪の子を安心させようと出たものではなかった。
己の不安を消し去りたいと願う弱き心が生み出した産物に過ぎない。
それでもどちらかとも言えず、ふと握った互いの手から感じられる温もりだけが今、唯一、信じられる生きている証のように感じられたからだった。
藪の向こうから、時折聞こえる人の呻き声。
金属と金属がぶつかり合ったとしか思えない耳障りな音。
そして、断末魔の叫び。
全てがコーネリアスの体験したことのないものだった。
彼には三十年間生きてきた大人としての記憶が混ざっている。
しかし、それは平和な現代日本を生きてきた記憶だ。
経験したことのない恐怖は戦慄となって、襲い掛かる。
コーネリアスは心臓を直に掴まれたような錯覚に陥り、呼吸が荒く乱れた。
だが、手を繋いだ同年代と思われる子の震えが伝わってくるとそうであってはならないと勇気が湧いてくる気がした。
不安を少しでも抑えられるようにと握った手に力を入れる。
やがて、喧噪が収まると今度は何とも言えない沈黙が支配した。
突如、襲い掛かったこれまでに感じたことがない命の危機にコーネリアスは、心臓が張り裂けそうな錯覚を覚えた。
しかし、体と精神は本人が思っている以上に頑丈に出来ているらしい。
次第に落ち着きを取り戻すと冷静な思考も戻ってきた。
風を切る音だけではなく、何かを叩き落とすような激しい衝突音も聞こえたとコーネリアスは気が付いた。
間違いではなかった。
大地に何本かの矢が叩き折られた状態で転がっている。
「そのまま、伏せておけ」
再び、野太い声がした。
先程、注意を促したのと同じ声にコーネリアスがはっと顔を上げると、文字通り、見上げるような大男が立っていた。
旅装束と思しき大きなマントを羽織っていた。
元々は純白だったと思われるマントは旅の間に薄汚れたのか、白とは言い難い色になっていたが……。
男は右手に刃渡りが一メートルはあろうかという大剣を握り、左手には円盾を構えていた。
矢を叩き落としたのはどうやら、その大剣としか思えなかった。
大剣はその刀身の長さと重量の関係から、素早く振り回すのに向いた武器とは言い難い。
その特性があるゆえ、両手持ちとして構えるのが一般的であり、振り上げてから振り下ろすのに向いていない。
ところが男はいとも簡単に大剣を片手で振り回すばかりか、的確に矢を迎撃し、叩き落としているのだ。
驚くべき膂力と見事な技量と言わざるを得ない妙技だった。
コーネリアスに武術の心得は全くない。
一時期、剣の道を志した兄ジャクソンから、多少、手ほどきされた経験があるくらいだった。
かじった程度と言ってもいいだろう。
そんなコーネリアスですら、男の巧みな剣捌きに目が釘付けになっていた。
藪から出てきた子もそれは変わらなかった。
「参る……」
男が低く呟いたかと思うと気合を一閃させ、藪の中へと分け入った。
コーネリアスと藪の子は取り残された形になり、ただ見送るしかない。
男の態度から、コーネリアスは襲撃者の矢が尽きたのではないかと予想した。
攻撃手段が近接に切り替わったが為に男が勝負を決すべく、吶喊したのに違いないと一人、合点する。
そして、あの大男の技量があれば、心配することもないだろうとあてのない確信を抱いた。
「心配いらないよ」
「……うん」
コーネリアスの発した言葉は藪の子を安心させようと出たものではなかった。
己の不安を消し去りたいと願う弱き心が生み出した産物に過ぎない。
それでもどちらかとも言えず、ふと握った互いの手から感じられる温もりだけが今、唯一、信じられる生きている証のように感じられたからだった。
藪の向こうから、時折聞こえる人の呻き声。
金属と金属がぶつかり合ったとしか思えない耳障りな音。
そして、断末魔の叫び。
全てがコーネリアスの体験したことのないものだった。
彼には三十年間生きてきた大人としての記憶が混ざっている。
しかし、それは平和な現代日本を生きてきた記憶だ。
経験したことのない恐怖は戦慄となって、襲い掛かる。
コーネリアスは心臓を直に掴まれたような錯覚に陥り、呼吸が荒く乱れた。
だが、手を繋いだ同年代と思われる子の震えが伝わってくるとそうであってはならないと勇気が湧いてくる気がした。
不安を少しでも抑えられるようにと握った手に力を入れる。
やがて、喧噪が収まると今度は何とも言えない沈黙が支配した。
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