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陸 あれから四年

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 コーネリアスが長兄ジャクソンの金属アレルギーに気付き、問題を解決してから、四年の歳月が流れた。
 コーネリアスは九歳になった。
 光汰だった頃に培った知識と経験でいくら考えても無い物は出しようがない。
 既に亡くなっているの長兄の命を救えただけでも僥倖と考え、不必要に考えを及ばすことをやめた。

 父・光也の著書『七本槍の功罪』にも石田三成の幼少期についてはあまり、詳しく書かれていなかったからだ。
 コーネリアスがもっとも心配しているのは主君となる豊臣秀吉との出会いだった。
 寺の小姓をしていた三成が鷹狩りの途中、立ち寄った秀吉にまず、ぬるめの茶を出し、その後に熱いお茶を出したことから賢さを見出された小姓を家臣にしたという逸話である。
 この逸話が作られたのは三成の死後、江戸時代に入ってからであり、実際にはもっと成長してから仕官したのが正しいと光也は記述していた。

 コーネリアスは父の考察が正しい方に賭けた。
 ゆえにまだ慌てるような時間ではないと高を括っているのもあるが、愛すべき家族がいて、愛されていると実感出来るこの時間を何よりも大切にしたいと考えていた。
 三成にとって、秀吉に仕えること自体が一族の衰亡に繋がるのであれば、極力避けるべきではないのかと良からぬことを企んでいる。

 長兄ジャクソンは剣の道を諦めた。
 コーネリアスの言う通り、金属に触れた部分が赤くなる己の体質を悟った。
 しかし、のんびりと学問を修めるのも性に合わないらしく、もどかしい日々を送っていた。
 見かねたコーネリアスは一計を案じる。
 持ち手が金属であるから、いけないのだと……。
 硬い木を材料に二メートルほどの六角柱の棒を作らせた。
 両端にこれまた硬い金属で出来たたがをはめこみ、持ち手部分は持ちやすいように革を巻いた。
 特注の戦闘用両手持ち棍棒だった。
 棒術を会得し、これを得物としたジャクソンが躍動するのはまた、先の話である。

 次兄カイルは学舎で学問を修め、ストンパディ村に戻っている。
 代官として村を治める父トマスの補佐といった形で既に行政手腕を発揮していた。
 家のことに興味を示さず、修行者のような長兄ではなく、カイルがストンパディの家を継ぐべきであるとあまり関係のない外野がエキサイトするほどに有能な文官に成長しそうな才覚の持ち主だった。

 十八歳になった長姉のジュリアは十七の頃、カヴァーロ・デゼルトに嫁いでいる。
 カヴァーロは一介の冒険者から、その腕と人格を見込まれ騎士爵を授与された稀有な経歴を持つ男だった。
 出自が定かではない得体の知れない面こそあったものの人好きのする好青年である。
 ジャクソンよりも年上でありながら、はにかむような笑顔が魅力的でコーネリアスは好意的に捉えていた。
 しかし、妹好きが高じる兄二人からの評価は芳しくないようだ。

 次姉のメーベルは母ゾーイの下で未だ、淑女修行の身である。
 奥ゆかしく、大人しい女の子だった姉のジュリアと比べ、メーベルは活発が過ぎた。
 男の子のように振る舞ってきただけにかなり苦労を強いられる修行になるだろうとコーネリアスは同情的な目で見ている。

 ストンパディ村は概ね、今日も平和だった。
 コーネリアスは麗らかな昼下がりの日差しを浴び、草むらに寝転がり、自由を満喫していた。
 この平和が思いもよらぬ形で乱されることになろうとは知る由も無かったのである。
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