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本編

第14話 男子姿だと受けが悪いのよ

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「くぅ……眠い。眠すぎるぅ、でも、タケルを起こさないと」

 今日もいつもと変わらない一日が始まろうとしてる。
 変わったのはあたしにしては珍しく、夜更かししちゃったせいで寝不足気味なところくらいかな?
 タケルも夜更かししたのかしら?
 いつも以上に酷い寝相の悪さを披露してる。
 あたしの視界に入るタケルの元気な部分も自己主張しすぎだ。
 これも慣れたので『タケルのエッチ! ヘンタイ!』と平手打ちすることはない。

「タケル! とっとと起きて! 朝練に遅れるって」

 いつもよりもちょっとだけ、優しく起こしてあげられたと思う。
 耳を引っ張って、息を吹きかけるだけで済ませてあげたのだ。
 感謝されてこそ、怨まれる筋合いはないわ。

「うわ、分かったって、起きるよ……あと五分だけ。五分だけだから」
「ダメだって! ホントに間に合わなくなっちゃうよ」

 これはまずいわ。
 このままだとタケルは朝練に遅刻しちゃう。
 朝練に間に合わない=あたしがタケルの勇姿を見れない。
 あれはあたしの朝の活力なんだから!
 まずい、まずすぎるわ。
 強制的にでも起こさないといけないわね。
 でも、どうやれば、起きるかなぁ?
 枕で顔を抑えたら、逆に止まっちゃうよね。
 それは別の意味でまずいわね。

「んー、えいっ」

 起きてない癖にやたら、元気に自己主張してるタケルの股間のものを両手で掴んでみる。
 それだけだと起きそうにないから、優しく撫でてみたりと自分でも何してるのか、分からない。
 しかも、これすごく熱いんだけど。
 もっと、いじったらどうなるんだろうという好奇心という名の誘惑の蛇だ。
 『やってみればいいよ』とふと悪魔も囁きかけてきた気がする。
 あたしはさらにいじる為にタケルの下着を脱がそうと手を掛けた瞬間だった。

「ア、ア、ア、アリス!?」
「ふぁ!?」

 急に起き上がったタケルとあたしの視線が絡み合う。
 すごく気まずい。
 え? あたし、何か、悪いことしたっけ。
 してないよね。
 うん、絶対にしてない。
 正確にはまだ、してないだけどしてないもんはしてないっ!

「さっさと起きないからでしょ、くぉのぶぁかぁ!」
「な、なんでー?」

 反射的にタケルの頬に平手打ちしてしまった。
 衝動的に動く、あたしの癖どうにかならないかな……。
 昨日、お風呂でもやっちゃったのに。
 起き抜けにあたしの平手を貰ったタケルは何が起こったか分からない困った顔をしてた。
 顔を合わせるのが恥ずかしくって、逃げるように外に出てしまう。





「タケル、起きたの?」
「ほぁ、カオル? あなた、また、あれ???」

 カオルはまた、女子高生に戻ってる。
 Why? 何があったのよ。
 また、戻ってるって。意味が分かんないんだけど。

「男子姿だと受けが悪いのよ。男にも女にもね」
「そんな理由なの? それでいいのカオルは。あなたの意思はどこなのよ」
「みんなが幸せなら、それでいい」
「あなたって、そういえば……昔からそうだったよね」

 思い出した。
 カオルは小さい頃から、そうだった。
 『周りの人が幸せになると自分も幸せなんだ』と笑っていたっけ。
 でも、そう言ってる割にカオルに手伝ってもらったりすると高確率でややこしいことになるのよね。
 なんでかしら?

「ごめん、二人とも。遅れちゃって、本当にごめん」
「ん? タケル、その頬のは……ふぅん、へぇ」

 遅れて出てきたタケルの頬に広がっている紅葉マークを見て、カオルが薄っすらと笑みを浮かべながら、あたしたちを見つめてくる。
 こういう時、切れ長の目で横目で見つめてくるカオルには無駄に色気が出てて、困っちゃう。
 それじゃなくてもタケルと目が合うと二人とも顔が真っ赤になっちゃうし。

「な、なんでもないからねっ。さあ、急がないと間に合わなくなっちゃうでしょ」

 あたしは慌てて、二人の背中を押すことで誤魔化しながら、通学路を行くのだった。

 👧 👧 👧

 はい。
 そして、あたしはサッカー部の朝練をバレないように遠くから、オペラグラスを使って見てるのだ。
 正確にはサッカー部じゃなくって、タケルだけを見てる、なんだけど。
 七番のユニフォームを着たタケルがシュート練習してるだけでご飯食べられるわねっ。
 だって、タケルって、滅多にシュートしないんだもん。
 なのにシュートしたら、確実に決めるから、カッコイイ!

 彼は慎重な性格って訳じゃない。
 右サイドのフォワードとして、クロスとパスでチームメイトに貢献したいから、シュートはなるべく、封印してるのよね。

 これはアレかしら?
 ドローンを使って、遠隔操作で監視するっていう手もありじゃない?
 ありよね、ドローン。

「それは駄目だと思うわ。学校の敷地内でドローンは禁止のはずですから」
「へえ、そうなんだぁ。それは親切にありがとう……って、誰?」

 オペラグラスを覗くことに夢中になって、隣に誰かいることに気付きすらしてなかった。
 あたしを上目遣いで見つめてくるこの子は誰です?

「えっと、誰でした?」
「は!? もう私のことを忘れている!? 足利美礼です。ミ・レ・イ」
「あっ~、そんな子いたわね」

 最近、タケルと色々あったせいか、すっかり忘れてたわ。
 油断しちゃいけない子って、自分で言っておきながら、忘れてたとか、やばい。

「とても親しいように見えますけど、北畠さんと楠木くんはどのようなご関係なのですか?」

 足利さんはとても友好的とは思えない挑戦的な視線をあたしにあてながら、そう言うのだった。
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