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本編

第8話 逃げても地の果てまで追いかけなくてはいけないわ

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 涼やかな声が聞こえてきた。
 気のせいじゃないみたい。

「大丈夫かしら? そのまま、動かないで」

 声の主はあたしの前に立ってる少女だった。
 あたしをかばうように立っていて、その右手には剣みたいなものを握っている。
 怪物の腕を切断したのはその剣なのかな?
 全く、見えなかったけど。
 というか、怖くて見てなかっただけなんだけど。

「は、はい」
「すぐ終わるから、ちょっと待っていて」

 少女はそう言うと左手の掌を怪物に対して、かざした。
 その瞬間、腕を斬られ怒りの感情も露わに突進しようとしてきた怪物がその姿のまま、氷の像になってた。
 一体、何が起こっているのよ?
 剣と魔法の世界って聞いたけどあれが魔法なの?
 凄すぎなんですけど。

「あなた、を喋っているのね。共通語は喋れて?」
「え? 日本語? 共通語? あたし、始めたばかりでよく分からなくって……」
「始めた……? そうですのね。ふふっ、なるほど。何となくですけど、あなたの事情は分かりましたわ」

 外国の子なのかな?
 年齢はあたしと同じくらいかな。
 腰まで届く程、長いプラチナブロンドの髪に日の光が反射して、キラキラときれい。
 何よりも目を引いたのは美しい顔立ちを彩るように輝くルビー色の瞳。
 珍しい色合いね。
 容姿はVRでスキャンされるのよね?
 それとも、キャラクリエイトを頑張れば、こんなきれいに仕上がるってこと?
 この子、普通にモデルや女優でいけるんじゃないかってくらいレベル高い。
 あたしがいる事務所の子よりもレベル高いんじゃないの?

 そして、あたしの顔を見つめながら、何か一人で納得してるみたい。

「立てるかしら? ……無理ですわね。怖かったでしょう?」
「は、はい。よく分からないうちにここに落ちてきちゃって……それで気が付いたら、怪物がいて」
「あなたが落ち着くまでお話でもしましょう。その方が気が紛れるでしょう」

 そう言うと彼女はあたしの横に腰を下ろしたので二人並んで座っている感じだ。
 彼女の着ている服はゴスロリ、それもクラシックなスタイルのゴスロリドレスだ。
 欧米の人っぽいから、元々本場はあっちだもんね。
 ゴスロリがよく似合ってる。
 ちょっと変わってるのは肩に羽織っているケープマントかな?
 ボルドー色で染め上げられて、大人びて見えるデザインなだけじゃなくって、微妙に宙に浮いているように見える。
 さすが魔法の世界ってことなの?
 魔法が万能すぎて、笑えないわ。

「あなたのお名前……失礼。名前を聞く前に名乗るべきですわね。わたくしはえっと……そう……私はリリ……リリスですわ。あなたのお名前は何ですの?」
「あたしは……リナリアです」
「リナリア。花の名前ね。いい名前ですわね」

 リリスと名乗った命の恩人はあたしの名前を褒めてくれた。
 かなり適当につけたんだけどね。
 そんなに悩まないでつけたのに褒められると逆に困っちゃう。

「さっきの……あの怪物って何なんですか? あたし、全然分からなくって」
「あれはドラゴンですわ。ドラゴンといっても色々いますのよ? 人の言葉が喋れて、知能が高い。おまけに魔法まで使えるドラゴンもいれば、さっきのドラゴンのように獣と変わらないものもいますの。でも、彼らは基本的に好戦的な種という訳ではありませんのよ?」
「え!? あたし、いきなり食べられそうになってませんでした?」
「あっ……それはあなたが美味しそうに見えたから、ではなくって? あなたから感じられる魔力が良質なものだから、と言うべきかしら? それで理性が飛んでしまったのでしょう」
「死んじゃったんですよね? 氷漬けだし」

 あたしがそう言うとリリスは目を丸くして、ちょっと驚いたように見えた。

「殺してはいないわ。あくまで凍らせただけですの。間に合わなかったから、仕方なく斬り落としたけども腕もくっつけてあげられますわ。反省したようなら、戻してあげるから、心配なさらないで」
「そうなんですか。なんか、あたしのせいで殺されちゃったんなら、悪いなぁって思っちゃって」
「そう。あなたは優しいんですのね? 見た目といい、わたしの知ってる子に本当にそっくりですのね」

 あたしはリリスの知り合いの子によく似ているらしい。
 だから、助けてくれたのかな?

「だから、助けてくれたんですか?」

 そう聞いてみるとリリスは静かに首を横に振って、否定した。

「あなたの見た目には関係ありませんのよ。助けられる命に手を差し伸べることが出来るなら、そうしたいだけ。単なる偽善ですのよ?」
「偽善……ですか。偽善でもそれはいいことですよね。理由が何だろうとそういうことが出来る人っていい人ですもん」

 だから、あたしはタケルのことが好き。
 何の見返りも求めず、あたしを助けてくれる。
 タケルみたいにいい人はあたしなんか捨てるべきだと思う。
 もっと彼に合ったきれいで優しくて、いい女の子がいるはずだもん。

「リナリア、あなた……恋をしてますのね?」
「ど、どうしてですか?」
「急に暗い表情をしたから……私、そういう機微がよく分からないのですけど。好きな気持ちは我慢する必要があるのかしら?」
「え……で、でも初恋って……あっ、あたしが好きな子は幼馴染でそれでずっと好きなんですけど初恋だから」
「初恋だから、どうしましたの? 何か、問題?」
「初恋って、実らないっていうじゃないですか」
「誰がそんなことを言いましたの? そんなのは単なる迷信でしょう?」

 リリスはあまり、感情の起伏がないような子なのかと思ったら、初恋の話で急に目つきが鋭くなった気がする。
 ちょっと怖いかも。

「私の婚約者は初恋の人ですの。初恋は運命ですわ。運命の相手は逃がしてはいけなませんのよ? 逃げても地の果てまで追いかけなくてはいけないわ。 そう……絶対に逃がしてはいけませんの」
「え!? 婚約者って、早くありません? 年齢同じくらいに見えますけど?」

 てか、怖いっ。
 優しいけど本性怖い子だ。

「そうですの? 私の国ではもう結婚していてもおかしくありませんのよ」
「結婚も!? って、早いよ、早い。絶対に早いって。リリスは年齢いくつなのよ?」
「十七ですけど?」

 やっぱり、年齢変わらないじゃない。
 え? 何? 欧米の人って結婚早いんだっけ?
 あたしが知らないだけなのかな。
 田舎の人は意外と結婚早いっていうから、ヨーロッパでも田舎なのかな?

「えっと、それじゃ、リリスは初恋相手は逃がさないように捕まえろってこと?」

 あたしがそう言うとリリスはきょとんとした表情になった。

「違いますわ。私が言いたいのは好きということを恥ずかしからず、素直に行動にすべき、ということなのですわ。好きという気持ちを抑えて、後悔するよりも言うべきなのです」
「どこがどうなって、そうなるの!?」

 さっき逃がさないとか、言ってた人が急にまともなこと言いだした。
 怖いよ、怖い、この子怖い。

「ふふっ、リナリアは大分落ち着いたようですわね」
「え? あ、そう言えば、怖くはなくなったかな」

 なんだー、あたしが怖がっていたから、わざとああいう言動をしただけでさっきのは嘘なのね。
 えぇ? ホントかな……。

「それではリナリア。あなたはどこへ行きたいのかしら? どこでもとは参りませんけど送ってさしあげますわ」
「ホントにいいんですか? えっと、何だっけ……”始まりの町”とかなんとかって」

 疑ってごめん。
 ホントはいい子かも。
 送ってくれるって言ってるし、怖いかもしれないけど悪い子じゃない。

「”始まりの町”ですの? 耳にしたことがありませんわね。ですが、あなたのような人々が集まる場でしたら、一つ心当たりがありますわ」
「そこでいいです。知り合いがいるから、もし違っても探してくれると思うので」

 リリスは立ち上がるとあたしを見下ろし、身体を上から下まで何かを測るかのようにジロジロと見てきた。
 な、なにかなぁ? どっか、変なとこあるとか。

「リナリア、あなたのその髪と瞳は目立ちますわ。それにその真っ白で変哲の無い上下……まずいと思いますの。ですから、これを着るといいですわ」

 そう言うと何もない空中から、紺色っぽい布切れを取り出して、あたしに渡してくれた。
 広げてみるとそれはネイビーブルーのローブだ。
 ところどころに金糸で意匠が刺繍されていて、お洒落な感じのどことなく高級なものだ。
 立ち上がって、自分の恰好を確認すると確かにやばかった。
 白いチュニックに白いパンツ。
 あっ……もしかして、ゲーム始めた時に服装とか、決めるの!?
 後悔してもしゃあないから、リリスから貰ったネイビーのローブを上から、着てみる。

「やはり似合ってますわ。それで髪を結わいて深く、フードを被ってくださいな。隠した方がいいと思いますの。髪の色が目立ちますから」
「よしっ、これでどう?」

 ヘアゴムがないのでリリスがどこからか取り出した髪留めのリボンで左右を留めて、整える。
 完全じゃないツインテールってやつね。

「ええ、それでとりあえずは大丈夫でしょう。私はここで人を待ってないといけませんの。だから、付いて行ってあげられないのだけど……ごめんなさいね」
「あ、いえ。助けてもらって、色々としてもらって、あたしこそ何もお返し出来ないのにごめんなさい」

 二人して、同時にごめんなさいと謝ったものだから、顔を見合わせて思わず笑い合ってしまう。

「ふふっ、名残惜しいですけどお別れですわね。このゲートをくぐれば、行けますわ」
「ありがとう、リリス。この借りは絶対、返すからね。絶対だからねっ」

 リリスが作ってくれたゲートに身を委ねるとふわっとしたエレベーターに乗ってるような感覚が一瞬した。
 気付いた時には周囲の風景が一変していて、あたしを取り囲んでいるのは木々ではなく、立ち並ぶ欧風の建築物と人々の喧騒だった。
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