上 下
70 / 232
第2章 自由都市リジュボー

第63話 審判を与えるとしましょう

しおりを挟む
「ナムタル、例の物を…」

 呼びかけに応じ、地面から赤い光を発しながら、描かれていく五芒星の魔法陣から、ジャッカルの頭部を持つ異形の男が現れます。
 冥界を司る一柱、冥府の宰相ナムタル。
 私がまだ、エレシュキガルと呼ばれていた時代、実務を一手に引き受けてくれた有能な官僚です。
 彼がいなければ、『暇だから』という理由で魔法研究に没頭することは出来なかったでしょう。

 そんなナムタルの手にあるのは希少な金属を持って、今は失われた技術で精製された魔道具です。
 冥府から、持ってきてくれるように頼んだのはこの魔道具なのです。

「陛下、照魔鏡。ここに」

 面倒なことですけれど、ナムタルからは未だに陛下と呼ばれるのです。
 こればかりは何度やめるように頼んでも直りませんから、もう諦めましたわ。

 レオとアンはこの展開に少々、驚いているのかしら?
 私への信頼から、全てを任せ、見守ってくれましたけど、まさかナムタルという神の一柱が召喚されてくるとは思ってなかったでしょう。

「掲げよ」

 ナムタルが頭上に掲げた照魔鏡の鏡面から、七色の光が放たれていき、蹲るワンピースの女性を煌々と照らします。
 光で照らされている以上、当然のように影が生じます。
 光あるところ影あり、ですもの。
 ただ、それが普通の影ではないのが照魔鏡の特徴なのです。

 照魔鏡の本来の役目は冥府に送られてきた死者の罪を照らし、その罪の重さを明らかにすること。
 その清らかな光に照らされるとそれまでに犯してきた罪に応じて、色々と面白いモノが見られるのよね。
 では、その光を混沌に属するモノが身体に巣食う人に向ければ、どうなるのでしょう?

「リーナ、無理しちゃダメだよ」

 レオにもたれかかっていたのですけど、自分が思っていた以上に足にきていたようです。
 彼は思っている以上に心配性なのよね。
 目の前で不可思議なことが起きてるのだから、警戒を緩めてはいけない状況です。
 それなのに私の為にデュランダルを鞘に納めてしまうんですもの。
 それも私を横抱きに抱える為なのですから、心配性にもほどがありますわ。
 ただ、こうなるとすぐに動けるのはアンだけになりますわね。

「アン、あの方をお願い」
「はい、お嬢さま!」

 アンは言葉を発するのとほぼ同時に身体を動かしています。
 まさにメイドのかがみですわ。
 あの動きはメイドというより、別の道の玄人にしか見えませんけれど、気にしてはいけません。

「ありがとう、アン」

 女性は七色の光を浴びた途端、「うっ」という苦しむような呻き声を上げ、うつ伏せに倒れかけますが地面に着く前にアンが楽々と小脇に抱えます。
 さすがはアンですわね。
 全く息も切らさず、既に後ろに控えているんですもの。
 これが私のアンですのよ?
 実に誇らしいですわ。
 ただ、顔に締まりがないのがちょっとだけですが気になりますわね。
 見なかったことにしておきましょう。

「ではあのモノに審判を与えるとしましょう」

 レオに抱えられたままというのが少々、かっこが付きませんわ。
 でも、まともに立っていることが出来ないので仕方ないですわね。
 あのモノに効果的なのは光属性で間違いないはず。
 なら、この魔法を発動させれば、いいかしら?

輝ける投槍グロリアス・ピルム
「リーナ。ちょっとやりすぎじゃない?」

 レオの声にちょっと呆れの色が入ってますわね。
 ですが、念には念を入れませんといけませんわ。
 髪の毛一本残さず、消し去るべし!ですわ。

 照魔鏡の光に照らされて、宿主である女性から切り離されたのは闇色のモノ。
 内臓を露出させた醜悪で世にも悍ましい姿を濡れ羽色に染め上げたこの世に存在してはいけないモノです。
 混沌に属するモノで確か、食屍鬼の一種。
 好物は生物の脳で特に人間の物が大好物、だったかしらね。
 名前が思い出せませんわ。

「あの姿を見ているだけで鳥肌が立ってくるんですのよ?完全に消し去りませんとこの不安は消えないと思いますの」

 照魔鏡の力で宿主から剥がされただけではなく、身動き一つ出来ないよう拘束されている今が好機ですわ。
 食屍鬼(仮)を目標として、狙いを定めている輝ける投槍グロリアス・ピルムは洞穴の暗闇全てを打ち払うのに十分な光量を保ちます。

 輝ける投槍グロリアス・ピルムは光の魔力を具現化した破壊魔法の一種です。
 およそ二メートルほどの光の魔力で生成された鋭い槍を攻撃対象に投じる初歩的で使い勝手のいい魔法でもあります。
 一本だけでは光とはいえ、ぼんやりとした光量しかないのですけど、数えるのも面倒なくらいの数の槍を出現させていますから、とても明るいですわ。

「我が敵を穿て」

 私の言葉に応じて、数多あまたの光の槍が照魔鏡に拘束された食屍鬼(仮)へと一斉に襲い掛かっていきました。
 360度全方位から投擲されるのですから、全身ハリネズミよりも酷い状態なのは間違いないでしょう。
 金色の美しい槍で串刺しかつ滅多刺しにした訳ですけど、串刺しにしたくてしているのではありません。
 私、サディストではないですもの。

「そうだよね。リーナって、どっちかというとMだよね?」
「違いますぅ!」

 話が脱線しましたわ。
 食屍鬼(仮)をもっとも効果的に討ち滅ぼす方法を考えるとこれが最適解だったに過ぎないのです。
 吐き気を催した恨みを込めてないか、ですって?
 ないとは言い切れませんわね。

「ねえ、リーナ。消滅したけど?」
「えっ?」

 光の槍で全身をあまねく刺し貫かれた食屍鬼(仮)は鼠や魚などの混沌勢と同じく、何も残さず消えてしまいました。
 そういえば、忘れてましたわ。
 混沌に属する生物は黒い瘴気だけを残し、消えてしまうのよね。

 全面的に私の失態ですわね…。
 依頼内容を失念して、つい本気を出してしまったんですもの。
 連続殺人犯の物的証拠が無くなったのです。
 これでは依頼が失敗になりますわ。
 さて、どうするべきかしら?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

転生お姫様の困ったお家事情

meimei
恋愛
前世は地球の日本国、念願の大学に入れてとても充実した日を送っていたのに、目が覚めたら 異世界のお姫様に転生していたみたい…。 しかも……この世界、 近親婚当たり前。 え!成人は15歳なの!?私あと数日で成人じゃない?!姫に生まれたら兄弟に嫁ぐ事が慣習ってなに?! 主人公の姫 ララマリーアが兄弟達に囲い込まれているのに奮闘する話です。 男女比率がおかしい世界 男100人生まれたら女が1人生まれるくらいの 比率です。 作者の妄想による、想像の産物です。 登場する人物、物、食べ物、全ての物が フィクションであり、作者のご都合主義なので 宜しくお願い致します。 Hなシーンなどには*Rをつけます。 苦手な方は回避してくださいm(_ _)m エールありがとうございます!! 励みになります(*^^*)

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜

くみ
恋愛
R18作品です。 18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。 男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。 そのせいか極度の人見知り。 ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。 あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。 内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

処理中です...