69 / 232
第2章 自由都市リジュボー
第62話 あなたはどちらを選びますの?
しおりを挟む
魔眼は神代の昔より、恐れられた力です。
では、その万能性は力ある者に富と名誉をもたらしたのかしら?
魔眼に魅入られし者抗えず。
魔眼に見透かされし者逆らえず。
それで誰もが幸福になれたのかしら?
答えは否ですわね。
そもそもが魔眼に万能な力などなかったのです。
だからこそ、七十二柱が崩壊したのかもしれません。
今となってはそれで良かったのかもしれませんけれども。
今回、私が魔眼を発動させたのは彼女に何が起こったのか、本当の理由を知りたかったからです。
爪を使い、直に聞けば、もっと確実に記憶を辿れます。
ですが、それは最終手段。
レオの格闘を避けた相手に無暗に接近するのは危険が伴うでしょう。
魔眼を使わざるを得ません。
ただ、魔眼は何の代償も無く、行使出来る力ではないのです。
使用すれば、体力を著しく損なうという致命的な欠点があります。
あまり長時間、使うと脳に多大な負荷がかかり廃人となる可能性さえあるのです。
それではなくても疲労を伴いますから、多用出来るものではありません。
極度の疲労なんて、私には慣れたものですけど。
レオに何度、抱き潰されているとお思いかしら?
でも、慣れただけであって、気持ちのいいものではないのよね。
倦怠感は並大抵ではありませんもの。
「リーナ、見えた?」
「はい。やはり、アースガルドではない世界からいらした異世界の方ですわ。それも本人の意志を無視して、無理矢理に連れて来られたようですわね」
魔眼は魔法の詠唱に似たところがあります。
使いこなすには魔法を自由に行使するのと同じ要領が必要なのです。
その点では魔法を直感的な使い方をしているレオは魔眼を自由に使えるとは言い難いですわ。
魔法の素養に関しても元々、私の方に分がありましたし、こればかりは仕方のないことですけど。
見えたのは純真で優しい一人の少女が狡猾で残忍な本性を隠した美しい悪魔の手によって、堕ちていく姿でした。
美しい悪魔は太陽を思わせる豪奢な金色の長い髪にすらっとした手足と整った容姿の持ち主であることが分かりました。
不思議なのは美しいと頭で判断出来るのにその顔がまるでインクで塗り潰されたかのように黒く、認識することを阻害されるのです。
無貌の者。
そういえば、そのような輩が混沌に属していた記憶がありますわ。
あの者の名は何と言ったかしら?
無貌の美しき悪魔に唆されるまま、どす黒く染まった朱い色の液体を飲み干して、あのような姿になってしまった。
そういうことでしたのね。
ただ、人を救いたい、幸せにしたいと願った純真で無垢な少女の魂は黒く、醜く歪められました。
それでも心の奥底には未だ、消えない僅かな光が残っていた少女は自ら棺に入り、地中深くで眠りについたのね。
醜くなった自分を見られたくない。
誰も傷つけたくない。
そんな思いで暗闇の中で眠っていた少女。
その封印を解いたのもやはり、あの悪魔。
目的が分からないですわ。
それにあの姿はどこかで見たような。
既視感があるのはなぜかしら?
「彼女はある意味、被害者ですわ」
「え!?どういうこと?」
レオがやや素っ頓狂な声を上げました。
当然の反応ですわ。
彼女がイシドロさまに危害を与えようとしていたのは紛れもない事実。
そして、これまでに起きた不可解な殺人事件の犯人なのですから。
そこで先程、魔眼で見た情景を二人に伝えると眉間に皺の寄った複雑な表情に一変しました。
蹲ったまま微動だにしない女性も含め、重苦しい雰囲気が場を制しています。
「難しいね。彼女は確かに可哀想だよ?だけど、八人殺したっていう事実は消えないんじゃないかな?」
「でも、人は生きている限り、罪を贖う生き物ですわ」
そう言ってから、アンに下ろしてもらい、自分の足で立ちます。
やはり、まだ無理だったのか、足に力が入らなくてふらつきましたがレオが支えてくれました。
彼の身体に寄り掛かって、どうにか姿勢を保てるといったところかしら?
「お嬢さまには何か、考えがあるんですねぇ?」
アンがやたらと目をキラキラと輝かせ、期待を込めた表情で見つめてきます。
あまり過度に期待されると困りますわ。
私の判断は公正なものとは言えないでしょう。
慈愛ではなく、独りよがりの憐みに過ぎないかもしれません。
でも、この娘を救ってあげたい。
報われないまま、生きてきた魂が救われてもいいのではないかしら?
「あなたの罪は自分でも抑えられない貪欲な食ですわ。抑えられないからこそ、あなたは眠っていたのでしょう?」
蹲ったままの白いワンピースの女性は無言で頷きます。
彼女自身も戦っていたのでしょう。
でも、本能には抗えなかった。
自分の中に眠る獣性と醜さを憎みながらも生を繋ぐには本能に従わざるを得ない。
その苦しさはどれほど辛いものであったのか、推し量ることが出来ないものです。
「あなたに示すことが出来る道は二つ、ありますの。一つはこのまま、全てを諦め終わらせること。もう一つの道はあなたが犯した罪と向き合わねばならない茨の道。あなたはどちらを選びますの?」
静寂に支配された洞窟に響き渡るのは水滴が奏でる軽やかな音だけ。
固唾を飲んで見守る中、短くもない時が過ぎ、女性が結論を出しました。
顔を上げた彼女の表情は何かを吹っ切ったように清々しく、凛としています。
迷いが切れたようですわね。
「わたし…この世から消えたい。だけど、わたしは多くの命を奪ってしまった…この身がどうなってもいいから、償いたいわ」
彼女に抱くこの感情は同情なのかしら?
それとも単なる憐れみかしら?
違いますわ。
そうではないのよ。
彼女に機会を与えたいだけですもの。
ねぇ、ブリュンヒルデ。
あなたなら、私を止めたかしら?
罪を犯した者はやはり断罪すべきである、と。
「ナムタル、例の物を…」
導き出した答えに則り、冥府の宰相の名を呼びました。
彼が持ってくる物が罪を照らしてくれるでしょう。
それで全てが終わりますわ。
では、その万能性は力ある者に富と名誉をもたらしたのかしら?
魔眼に魅入られし者抗えず。
魔眼に見透かされし者逆らえず。
それで誰もが幸福になれたのかしら?
答えは否ですわね。
そもそもが魔眼に万能な力などなかったのです。
だからこそ、七十二柱が崩壊したのかもしれません。
今となってはそれで良かったのかもしれませんけれども。
今回、私が魔眼を発動させたのは彼女に何が起こったのか、本当の理由を知りたかったからです。
爪を使い、直に聞けば、もっと確実に記憶を辿れます。
ですが、それは最終手段。
レオの格闘を避けた相手に無暗に接近するのは危険が伴うでしょう。
魔眼を使わざるを得ません。
ただ、魔眼は何の代償も無く、行使出来る力ではないのです。
使用すれば、体力を著しく損なうという致命的な欠点があります。
あまり長時間、使うと脳に多大な負荷がかかり廃人となる可能性さえあるのです。
それではなくても疲労を伴いますから、多用出来るものではありません。
極度の疲労なんて、私には慣れたものですけど。
レオに何度、抱き潰されているとお思いかしら?
でも、慣れただけであって、気持ちのいいものではないのよね。
倦怠感は並大抵ではありませんもの。
「リーナ、見えた?」
「はい。やはり、アースガルドではない世界からいらした異世界の方ですわ。それも本人の意志を無視して、無理矢理に連れて来られたようですわね」
魔眼は魔法の詠唱に似たところがあります。
使いこなすには魔法を自由に行使するのと同じ要領が必要なのです。
その点では魔法を直感的な使い方をしているレオは魔眼を自由に使えるとは言い難いですわ。
魔法の素養に関しても元々、私の方に分がありましたし、こればかりは仕方のないことですけど。
見えたのは純真で優しい一人の少女が狡猾で残忍な本性を隠した美しい悪魔の手によって、堕ちていく姿でした。
美しい悪魔は太陽を思わせる豪奢な金色の長い髪にすらっとした手足と整った容姿の持ち主であることが分かりました。
不思議なのは美しいと頭で判断出来るのにその顔がまるでインクで塗り潰されたかのように黒く、認識することを阻害されるのです。
無貌の者。
そういえば、そのような輩が混沌に属していた記憶がありますわ。
あの者の名は何と言ったかしら?
無貌の美しき悪魔に唆されるまま、どす黒く染まった朱い色の液体を飲み干して、あのような姿になってしまった。
そういうことでしたのね。
ただ、人を救いたい、幸せにしたいと願った純真で無垢な少女の魂は黒く、醜く歪められました。
それでも心の奥底には未だ、消えない僅かな光が残っていた少女は自ら棺に入り、地中深くで眠りについたのね。
醜くなった自分を見られたくない。
誰も傷つけたくない。
そんな思いで暗闇の中で眠っていた少女。
その封印を解いたのもやはり、あの悪魔。
目的が分からないですわ。
それにあの姿はどこかで見たような。
既視感があるのはなぜかしら?
「彼女はある意味、被害者ですわ」
「え!?どういうこと?」
レオがやや素っ頓狂な声を上げました。
当然の反応ですわ。
彼女がイシドロさまに危害を与えようとしていたのは紛れもない事実。
そして、これまでに起きた不可解な殺人事件の犯人なのですから。
そこで先程、魔眼で見た情景を二人に伝えると眉間に皺の寄った複雑な表情に一変しました。
蹲ったまま微動だにしない女性も含め、重苦しい雰囲気が場を制しています。
「難しいね。彼女は確かに可哀想だよ?だけど、八人殺したっていう事実は消えないんじゃないかな?」
「でも、人は生きている限り、罪を贖う生き物ですわ」
そう言ってから、アンに下ろしてもらい、自分の足で立ちます。
やはり、まだ無理だったのか、足に力が入らなくてふらつきましたがレオが支えてくれました。
彼の身体に寄り掛かって、どうにか姿勢を保てるといったところかしら?
「お嬢さまには何か、考えがあるんですねぇ?」
アンがやたらと目をキラキラと輝かせ、期待を込めた表情で見つめてきます。
あまり過度に期待されると困りますわ。
私の判断は公正なものとは言えないでしょう。
慈愛ではなく、独りよがりの憐みに過ぎないかもしれません。
でも、この娘を救ってあげたい。
報われないまま、生きてきた魂が救われてもいいのではないかしら?
「あなたの罪は自分でも抑えられない貪欲な食ですわ。抑えられないからこそ、あなたは眠っていたのでしょう?」
蹲ったままの白いワンピースの女性は無言で頷きます。
彼女自身も戦っていたのでしょう。
でも、本能には抗えなかった。
自分の中に眠る獣性と醜さを憎みながらも生を繋ぐには本能に従わざるを得ない。
その苦しさはどれほど辛いものであったのか、推し量ることが出来ないものです。
「あなたに示すことが出来る道は二つ、ありますの。一つはこのまま、全てを諦め終わらせること。もう一つの道はあなたが犯した罪と向き合わねばならない茨の道。あなたはどちらを選びますの?」
静寂に支配された洞窟に響き渡るのは水滴が奏でる軽やかな音だけ。
固唾を飲んで見守る中、短くもない時が過ぎ、女性が結論を出しました。
顔を上げた彼女の表情は何かを吹っ切ったように清々しく、凛としています。
迷いが切れたようですわね。
「わたし…この世から消えたい。だけど、わたしは多くの命を奪ってしまった…この身がどうなってもいいから、償いたいわ」
彼女に抱くこの感情は同情なのかしら?
それとも単なる憐れみかしら?
違いますわ。
そうではないのよ。
彼女に機会を与えたいだけですもの。
ねぇ、ブリュンヒルデ。
あなたなら、私を止めたかしら?
罪を犯した者はやはり断罪すべきである、と。
「ナムタル、例の物を…」
導き出した答えに則り、冥府の宰相の名を呼びました。
彼が持ってくる物が罪を照らしてくれるでしょう。
それで全てが終わりますわ。
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
騎士団長の欲望に今日も犯される
シェルビビ
恋愛
ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。
就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。
ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。
しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。
無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。
文章を付け足しています。すいません
未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】
高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。
全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。
断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
転生お姫様の困ったお家事情
meimei
恋愛
前世は地球の日本国、念願の大学に入れてとても充実した日を送っていたのに、目が覚めたら
異世界のお姫様に転生していたみたい…。
しかも……この世界、 近親婚当たり前。
え!成人は15歳なの!?私あと数日で成人じゃない?!姫に生まれたら兄弟に嫁ぐ事が慣習ってなに?!
主人公の姫 ララマリーアが兄弟達に囲い込まれているのに奮闘する話です。
男女比率がおかしい世界
男100人生まれたら女が1人生まれるくらいの
比率です。
作者の妄想による、想像の産物です。
登場する人物、物、食べ物、全ての物が
フィクションであり、作者のご都合主義なので
宜しくお願い致します。
Hなシーンなどには*Rをつけます。
苦手な方は回避してくださいm(_ _)m
エールありがとうございます!!
励みになります(*^^*)
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜
くみ
恋愛
R18作品です。
18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。
男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。
そのせいか極度の人見知り。
ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。
あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。
内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
クール令嬢、ヤンデレ弟に無理やり結婚させられる
ぺこ
恋愛
ヤンデレの弟に「大きくなったら結婚してくれる?」と言われ、冗談だと思ってたら本当に結婚させられて困ってる貴族令嬢ちゃんのお話です。優しく丁寧に甲斐甲斐しくレ…イプしてるのでご注意を。
原文(淫語、♡乱舞、直接的な性器の表現ありバージョン)はpixivに置いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる