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第2章 自由都市リジュボー

第62話 あなたはどちらを選びますの?

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 魔眼は神代の昔より、恐れられた力です。
 では、その万能性は力ある者に富と名誉をもたらしたのかしら?
 魔眼に魅入られし者抗えず。
 魔眼に見透かされし者逆らえず。
 それで誰もが幸福になれたのかしら?
 答えは否ですわね。
 そもそもが魔眼に万能な力などなかったのです。
 だからこそ、七十二柱が崩壊したのかもしれません。
 今となってはそれで良かったのかもしれませんけれども。

 今回、私が魔眼を発動させたのは彼女に何が起こったのか、本当の理由を知りたかったからです。
 爪を使い、直に聞けば、もっと確実に記憶を辿れます。
 ですが、それは最終手段。
 レオの格闘を避けた相手に無暗に接近するのは危険が伴うでしょう。
 魔眼を使わざるを得ません。

 ただ、魔眼は何の代償も無く、行使出来る力ではないのです。
 使用すれば、体力を著しく損なうという致命的な欠点があります。
 あまり長時間、使うと脳に多大な負荷がかかり廃人となる可能性さえあるのです。
 それではなくても疲労を伴いますから、多用出来るものではありません。

 極度の疲労なんて、私には慣れたものですけど。
 レオに何度、抱き潰されているとお思いかしら?
 でも、慣れただけであって、気持ちのいいものではないのよね。
 倦怠感は並大抵ではありませんもの。

「リーナ、見えた?」
「はい。やはり、アースガルドではない世界からいらした異世界の方ですわ。それも本人の意志を無視して、無理矢理に連れて来られたようですわね」

 魔眼は魔法の詠唱に似たところがあります。
 使いこなすには魔法を自由に行使するのと同じ要領が必要なのです。
 その点では魔法を直感的な使い方をしているレオは魔眼を自由に使えるとは言い難いですわ。
 魔法の素養に関しても元々、私の方に分がありましたし、こればかりは仕方のないことですけど。

 見えたのは純真で優しい一人の少女が狡猾で残忍な本性を隠した美しい悪魔の手によって、堕ちていく姿でした。
 美しい悪魔は太陽を思わせる豪奢な金色の長い髪にすらっとした手足と整った容姿の持ち主であることが分かりました。
 不思議なのは美しいと頭で判断出来るのにその顔がまるでインクで塗り潰されたかのように黒く、認識することを阻害されるのです。
 無貌の者。
 そういえば、そのような輩が混沌に属していた記憶がありますわ。
 あの者の名は何と言ったかしら?

 無貌の美しき悪魔に唆されるまま、どす黒く染まった朱い色の液体を飲み干して、あのような姿になってしまった。
 そういうことでしたのね。

 ただ、人を救いたい、幸せにしたいと願った純真で無垢な少女の魂は黒く、醜く歪められました。
 それでも心の奥底には未だ、消えない僅かな光が残っていた少女は自ら棺に入り、地中深くで眠りについたのね。
 醜くなった自分を見られたくない。
 誰も傷つけたくない。
 そんな思いで暗闇の中で眠っていた少女。

 その封印を解いたのもやはり、あの悪魔。
 目的が分からないですわ。
 それにあの姿はどこかで見たような。
 既視感があるのはなぜかしら?

「彼女はある意味、被害者ですわ」
「え!?どういうこと?」

 レオがやや素っ頓狂な声を上げました。
 当然の反応ですわ。
 彼女がイシドロさまに危害を与えようとしていたのは紛れもない事実。
 そして、これまでに起きた不可解な殺人事件の犯人なのですから。
 そこで先程、魔眼で見た情景を二人に伝えると眉間に皺の寄った複雑な表情に一変しました。
 蹲ったまま微動だにしない女性も含め、重苦しい雰囲気が場を制しています。

「難しいね。彼女は確かに可哀想だよ?だけど、八人殺したっていう事実は消えないんじゃないかな?」
「でも、人は生きている限り、罪を贖う生き物ですわ」

 そう言ってから、アンに下ろしてもらい、自分の足で立ちます。
 やはり、まだ無理だったのか、足に力が入らなくてふらつきましたがレオが支えてくれました。
 彼の身体に寄り掛かって、どうにか姿勢を保てるといったところかしら?

「お嬢さまには何か、考えがあるんですねぇ?」

 アンがやたらと目をキラキラと輝かせ、期待を込めた表情で見つめてきます。
 あまり過度に期待されると困りますわ。
 私の判断は公正なものとは言えないでしょう。
 慈愛ではなく、独りよがりの憐みに過ぎないかもしれません。
 でも、この娘を救ってあげたい。
 報われないまま、生きてきた魂が救われてもいいのではないかしら?

「あなたの罪は自分でも抑えられない貪欲な食ですわ。抑えられないからこそ、あなたは眠っていたのでしょう?」

 蹲ったままの白いワンピースの女性は無言で頷きます。
 彼女自身も戦っていたのでしょう。
 でも、本能には抗えなかった。
 自分の中に眠る獣性と醜さを憎みながらも生を繋ぐには本能に従わざるを得ない。
 その苦しさはどれほど辛いものであったのか、推し量ることが出来ないものです。

「あなたに示すことが出来る道は二つ、ありますの。一つはこのまま、全てを諦め終わらせること。もう一つの道はあなたが犯した罪と向き合わねばならない茨の道。あなたはどちらを選びますの?」

 静寂に支配された洞窟に響き渡るのは水滴が奏でる軽やかな音だけ。
 固唾を飲んで見守る中、短くもない時が過ぎ、女性が結論を出しました。
 顔を上げた彼女の表情は何かを吹っ切ったように清々しく、凛としています。
 迷いが切れたようですわね。

「わたし…この世から消えたい。だけど、わたしは多くの命を奪ってしまった…この身がどうなってもいいから、償いたいわ」

 彼女に抱くこの感情は同情なのかしら?
 それとも単なる憐れみかしら?
 違いますわ。
 そうではないのよ。
 彼女に機会を与えたいだけですもの。
 ねぇ、ブリュンヒルデ。
 あなたなら、私を止めたかしら?
 罪を犯した者はやはり断罪すべきである、と。

「ナムタル、例の物を…」

 導き出した答えに則り、冥府の宰相の名を呼びました。
 彼が持ってくる物が罪を照らしてくれるでしょう。
 それで全てが終わりますわ。
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