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第1章 商業都市バノジェ
第11話 戦乙女
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私とレオの行く手を塞ぐように現れた女性の第一印象は海賊女王という架空の人物がもし現実に存在していたら、こういう見た目に違いないとイメージしていた姿そのものでした。
海賊女王。
それは前世で読んでいた恋愛小説に登場する女主人公の通り名です。
元貴族令嬢で美しく、気品があり、敵へと向ける視線は凛々しく、勇ましい。
その名の通り、陰謀から海賊にならざるをえなかった彼女は海賊になってもその気品と風格を失うことなく、どこまでも美しい。
だいたい、そのような内容だったと記憶しているのですけど目の前にいる女性が本当にイメージ通りなのよね。
夕焼け色の革のロングコートに身を包んだその姿はいわゆる海の上の人々の恰好と見て、間違いないでしょう。
それなのに彼女自身はどこかの貴族の令嬢と名乗ってもおかしくないような気品と美しさを兼ね備えているように見えるのです。
ただ、私達を真っ直ぐ見つめるサファイアのようにきれいな瞳は澄んで青い泉のようなのにその奥底ではに炎が燃え上がっているように感じてなりません。
「お待ちしておりました。アイゼンヴァルト公子、アインシュヴァルト公女」
「何の御用かしら? 戦乙女」
戦乙女。
大陸の北部地方で未だに信じられている神話があります。
勇敢に戦い死んだ勇者の魂は戦の神に仕える戦乙女によって、勝利の野原に誘われる、と。
そう信じている北部の少数民族の間では族長と神託により選ばれた乙女が魔法による契約を結ぶそうです。
死が二人を分かつまで王の為に戦い、死ぬことを許されない戦乙女として。
「へえ、さすがはアラーリックの姪っ子さんだねぇ。単なるお嬢さまって訳じゃなさそうだ」
「それはどうでしょう? ん……今、アラーリック叔父さまって、仰いました?」
「アラーリックはうちらの親分だな。親分って、言い方はおかしいか。うちらの大将だ」
見た目は令嬢ですけれど中身は全く、飾らないと申しましょうか。
あまり見たことがないタイプの女性であることは確かなようです。
どうしたものかと悩んでいると頭の上にニールを乗せ、オーカスの手を引いたアンが私と女性の間に割って入りました。
それで気付いたのはアンが私よりも頭一つくらい背が高く、女性にしては長身の方なのにこの戦乙女さんはそのアンよりさらに頭一つくらい高いということです。
「お嬢さまにそれ以上、近付いたら、怪我で済むと思うな」
「そうだーぞー、ママ―に近付くーのガブーだ」
「そうだーそうだー食べちゃうデス」
アンの目が据わっているのでかなり、危険水域に達しているのは間違いありません。
普段はクールなアンですけど、こと私が絡むと狂戦士のように周りが見えなくなるのでまずいのです。
これ以上、刺激するとギルドホールに血の雨が降りそうなのでそろそろ、動いた方がいいかしら?
「それでアラーリックの叔父上が僕達に何の用だって?」
私が動く前に空気を呼んでくれたレオが先に声を掛けてくれました。
えっと、私、本当に年上よね?
小学生に助け舟を出される女子高生という構図はよろしくないと思いません?
例え、私の見た目が年齢より幼く見えたとしてもそういう問題ではない気がしますもの。
「私はアラーリック・フォン・アインホルンに仕える騎士ジーグリット。主の命により、お二人を迎えに参りました」
叔父さまの名前を聞いた時点で嫌な予感はしていたのですけれど。
まさか、迎えを寄越すとは思いませんでしたわ。
今はあまり、動きを見せない方がいいということで合意したはずですわ。
それともこちらが勘違いしていたということかしら?
火花を散らして睨み合うアンとジーグリットを何とか、なだめて、引き離して。
アンは私と同じまだ、少女の世代だから許されるのかもしれないのですけど、ジーグリットはどう見ても大人の女性ですのにあんなにも感情を露わにするというのは北では女性の地位が高いということなのでしょうか?
私の家はやや特殊ですから、当てはまらないのですけども帝国内での女性の地位は身分に差があろうとも低いものです。
親に従い、夫に従い、子に従うのが美徳とされ、道具扱いなのが世界の道理とされる。
従わない道具は道具ですらないと排除されるという訳です。
ただ、アインシュヴァルト公爵家は少々、毛色が異なります。
絶対権力者でお祖母さまであって、あの唯我独尊のお祖父さまですら、敵わないのです。
ただ、ジーグリットの場合、感情表現が極端で喜怒哀楽がはっきりとした裏表のない性格のようですから、それも影響している気がしますわ。
アラーリックの叔父さまも感情表現が豊かな方でしたし、北という土地柄によるものかしら?
興味深い事項ですわね。
ジーグリットと別れ、ギルドを出た私達は定宿としている『月下の梟亭』へ非常にゆったりとした足取りで向かっています。
特に急ぐ必要もないですし、こうしてレオと手を繋いで町の中を平和に歩いていられるという実感をもっと噛み締めたいというのもあるから。
それも指を絡めて、ギュッと握り締めた恋人繋ぎですもの。
過去において一度もこのような大胆な手の繋ぎ方をしたことはありません。
前世では恋人になるとこういう繋ぎ方をするという知識は得ていただけで出来ないまま、命を終えましたしね。
しかし、理由を付けないと行動に踏み切れないこの性格、どうにかした方がいい気がします。
簡単には直りそうもないのですけどどうしましょう?
「リーナ、さっきのジーグリットさんだっけ? あの人を戦乙女って呼んでたけどあれはどうして?」
「不思議に思いましたの? 私には見えたのです。彼女は私達と同じだと」
「同じって、余計に分からないかも」
私の言葉にレオがキョトンとした顔になって。
こちらを真摯に見つめてくる瞳がまるで仔犬みたいでかわいいわ。
ずっと見ていても飽きないでいられる自信があります。
「魂の同化―魂の連鎖は理解しているかしら?」
「え? 何、それ。初めて、聞いた気がするよ」
「ええ?あら、そこからでしたのね……。レオは私と一緒にいて、何か感じませんか? 私は本来、虚弱で満足に戦えないくらい体力に問題があるのを覚えていません? その分、魔力が高いので常時、身体を強化する魔法を発動させなければ、いけない難儀な身体なのです。けれどレオがいたら、その必要がありません」
「それが魂の連鎖ってこと?」
「はい。お互いを愛するくらい固い絆で結ばれた相手と自らの魂が同化・同調する現象ですわ。これは相手が服従している従属関係でも成立するのです。つまり、レオはあの金色のドラゴン・キリムとの間に魂の連鎖が発動しているのですわ」
「それでなんだ。リーナが側にいるといつもより、動けるのは何でかなって、不思議だったんだよ」
「魂の連鎖は結ばれた者同士の能力や力を完全に共有までは出来ないのですけれど、本来持っている力に魂の連鎖を結んだ者の力の何割かが上乗せされていくのです」
「じゃあ、魂の連鎖を結べば結ぶほど強くなって、際限がないってことにならない?」
「そう出来ない事情があるのです。レオはその…私以外とそういう関係を結びたいと思う?私以外を選ぼうとするの?」
私はどれだけの時が過ぎようと闇に囚われようとずっと彼だけ。
彼がそうじゃないと答えたら、私に生きている意味はあるのかしら?
答えを聞くのが怖くなってきて、お互いの存在を確認するように握り締めていた手に込める力が強くなってしまう。
「言わなくてもリーナは分かってると思ってたんだ」
レオが私の手をさらにギュッと強く、握り締めてきて。
急に立ち止まって、ジッと真っ直ぐな瞳で見つめてくるレオに私の心臓が持ちません。
そういうの駄目なのに。
こればかりは七つの門でも防げない気がするわ。
精神的な攻撃を防ぎ門もあるから、本当は防げるはずなのですけど…防げないのです。
「僕はリーナのことだけを見ている」
はい、死にました。
私の心臓がというより、頭で理解しようとする限界を超えてしまって、真っ白になってしまった感じです。
胸いっぱいに幸せを感じると身体は動かなくなるものだったのね。
遠くの方でレオやアンが私の名を呼んでいる声が聞こえるのだけれど……気のせい?
実際は立ち尽くしたまま、意識を失うという器用なことをしてたみたい。
気付いたら、『月下の梟亭』に取ってある部屋のベッドの上でしたもの。
海賊女王。
それは前世で読んでいた恋愛小説に登場する女主人公の通り名です。
元貴族令嬢で美しく、気品があり、敵へと向ける視線は凛々しく、勇ましい。
その名の通り、陰謀から海賊にならざるをえなかった彼女は海賊になってもその気品と風格を失うことなく、どこまでも美しい。
だいたい、そのような内容だったと記憶しているのですけど目の前にいる女性が本当にイメージ通りなのよね。
夕焼け色の革のロングコートに身を包んだその姿はいわゆる海の上の人々の恰好と見て、間違いないでしょう。
それなのに彼女自身はどこかの貴族の令嬢と名乗ってもおかしくないような気品と美しさを兼ね備えているように見えるのです。
ただ、私達を真っ直ぐ見つめるサファイアのようにきれいな瞳は澄んで青い泉のようなのにその奥底ではに炎が燃え上がっているように感じてなりません。
「お待ちしておりました。アイゼンヴァルト公子、アインシュヴァルト公女」
「何の御用かしら? 戦乙女」
戦乙女。
大陸の北部地方で未だに信じられている神話があります。
勇敢に戦い死んだ勇者の魂は戦の神に仕える戦乙女によって、勝利の野原に誘われる、と。
そう信じている北部の少数民族の間では族長と神託により選ばれた乙女が魔法による契約を結ぶそうです。
死が二人を分かつまで王の為に戦い、死ぬことを許されない戦乙女として。
「へえ、さすがはアラーリックの姪っ子さんだねぇ。単なるお嬢さまって訳じゃなさそうだ」
「それはどうでしょう? ん……今、アラーリック叔父さまって、仰いました?」
「アラーリックはうちらの親分だな。親分って、言い方はおかしいか。うちらの大将だ」
見た目は令嬢ですけれど中身は全く、飾らないと申しましょうか。
あまり見たことがないタイプの女性であることは確かなようです。
どうしたものかと悩んでいると頭の上にニールを乗せ、オーカスの手を引いたアンが私と女性の間に割って入りました。
それで気付いたのはアンが私よりも頭一つくらい背が高く、女性にしては長身の方なのにこの戦乙女さんはそのアンよりさらに頭一つくらい高いということです。
「お嬢さまにそれ以上、近付いたら、怪我で済むと思うな」
「そうだーぞー、ママ―に近付くーのガブーだ」
「そうだーそうだー食べちゃうデス」
アンの目が据わっているのでかなり、危険水域に達しているのは間違いありません。
普段はクールなアンですけど、こと私が絡むと狂戦士のように周りが見えなくなるのでまずいのです。
これ以上、刺激するとギルドホールに血の雨が降りそうなのでそろそろ、動いた方がいいかしら?
「それでアラーリックの叔父上が僕達に何の用だって?」
私が動く前に空気を呼んでくれたレオが先に声を掛けてくれました。
えっと、私、本当に年上よね?
小学生に助け舟を出される女子高生という構図はよろしくないと思いません?
例え、私の見た目が年齢より幼く見えたとしてもそういう問題ではない気がしますもの。
「私はアラーリック・フォン・アインホルンに仕える騎士ジーグリット。主の命により、お二人を迎えに参りました」
叔父さまの名前を聞いた時点で嫌な予感はしていたのですけれど。
まさか、迎えを寄越すとは思いませんでしたわ。
今はあまり、動きを見せない方がいいということで合意したはずですわ。
それともこちらが勘違いしていたということかしら?
火花を散らして睨み合うアンとジーグリットを何とか、なだめて、引き離して。
アンは私と同じまだ、少女の世代だから許されるのかもしれないのですけど、ジーグリットはどう見ても大人の女性ですのにあんなにも感情を露わにするというのは北では女性の地位が高いということなのでしょうか?
私の家はやや特殊ですから、当てはまらないのですけども帝国内での女性の地位は身分に差があろうとも低いものです。
親に従い、夫に従い、子に従うのが美徳とされ、道具扱いなのが世界の道理とされる。
従わない道具は道具ですらないと排除されるという訳です。
ただ、アインシュヴァルト公爵家は少々、毛色が異なります。
絶対権力者でお祖母さまであって、あの唯我独尊のお祖父さまですら、敵わないのです。
ただ、ジーグリットの場合、感情表現が極端で喜怒哀楽がはっきりとした裏表のない性格のようですから、それも影響している気がしますわ。
アラーリックの叔父さまも感情表現が豊かな方でしたし、北という土地柄によるものかしら?
興味深い事項ですわね。
ジーグリットと別れ、ギルドを出た私達は定宿としている『月下の梟亭』へ非常にゆったりとした足取りで向かっています。
特に急ぐ必要もないですし、こうしてレオと手を繋いで町の中を平和に歩いていられるという実感をもっと噛み締めたいというのもあるから。
それも指を絡めて、ギュッと握り締めた恋人繋ぎですもの。
過去において一度もこのような大胆な手の繋ぎ方をしたことはありません。
前世では恋人になるとこういう繋ぎ方をするという知識は得ていただけで出来ないまま、命を終えましたしね。
しかし、理由を付けないと行動に踏み切れないこの性格、どうにかした方がいい気がします。
簡単には直りそうもないのですけどどうしましょう?
「リーナ、さっきのジーグリットさんだっけ? あの人を戦乙女って呼んでたけどあれはどうして?」
「不思議に思いましたの? 私には見えたのです。彼女は私達と同じだと」
「同じって、余計に分からないかも」
私の言葉にレオがキョトンとした顔になって。
こちらを真摯に見つめてくる瞳がまるで仔犬みたいでかわいいわ。
ずっと見ていても飽きないでいられる自信があります。
「魂の同化―魂の連鎖は理解しているかしら?」
「え? 何、それ。初めて、聞いた気がするよ」
「ええ?あら、そこからでしたのね……。レオは私と一緒にいて、何か感じませんか? 私は本来、虚弱で満足に戦えないくらい体力に問題があるのを覚えていません? その分、魔力が高いので常時、身体を強化する魔法を発動させなければ、いけない難儀な身体なのです。けれどレオがいたら、その必要がありません」
「それが魂の連鎖ってこと?」
「はい。お互いを愛するくらい固い絆で結ばれた相手と自らの魂が同化・同調する現象ですわ。これは相手が服従している従属関係でも成立するのです。つまり、レオはあの金色のドラゴン・キリムとの間に魂の連鎖が発動しているのですわ」
「それでなんだ。リーナが側にいるといつもより、動けるのは何でかなって、不思議だったんだよ」
「魂の連鎖は結ばれた者同士の能力や力を完全に共有までは出来ないのですけれど、本来持っている力に魂の連鎖を結んだ者の力の何割かが上乗せされていくのです」
「じゃあ、魂の連鎖を結べば結ぶほど強くなって、際限がないってことにならない?」
「そう出来ない事情があるのです。レオはその…私以外とそういう関係を結びたいと思う?私以外を選ぼうとするの?」
私はどれだけの時が過ぎようと闇に囚われようとずっと彼だけ。
彼がそうじゃないと答えたら、私に生きている意味はあるのかしら?
答えを聞くのが怖くなってきて、お互いの存在を確認するように握り締めていた手に込める力が強くなってしまう。
「言わなくてもリーナは分かってると思ってたんだ」
レオが私の手をさらにギュッと強く、握り締めてきて。
急に立ち止まって、ジッと真っ直ぐな瞳で見つめてくるレオに私の心臓が持ちません。
そういうの駄目なのに。
こればかりは七つの門でも防げない気がするわ。
精神的な攻撃を防ぎ門もあるから、本当は防げるはずなのですけど…防げないのです。
「僕はリーナのことだけを見ている」
はい、死にました。
私の心臓がというより、頭で理解しようとする限界を超えてしまって、真っ白になってしまった感じです。
胸いっぱいに幸せを感じると身体は動かなくなるものだったのね。
遠くの方でレオやアンが私の名を呼んでいる声が聞こえるのだけれど……気のせい?
実際は立ち尽くしたまま、意識を失うという器用なことをしてたみたい。
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