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第1章 商業都市バノジェ

第7話 汝らに罪あり

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 それから、カミラ様と恋の話で盛り上がってしまい、ついつい話し込んでしまいました。
 愛する人の話をしているだけなのに夜通し話し込めそうな勢いでしたから、終わらなかったらどうしようと少し、不安だったのは秘密ですわ。
 ともあれ、まだ話足りないもののレオを放置する訳にはいきません。
 カミラ様を伴って、レオとリックソン様が話し合っているリビングへと参ることにしたのです。

「おぉ、これが……あの伝説の名工ライモンド師の手による剣。オラ初めて見ただ」
「これは第二形態っていうのかな。元は片刃の反りが付いた剣だったんだ」
「それがこんな形に進化しただか。さすが名工の技はハンパねえだ」

 リビングに入った瞬間、三人とも一瞬、ギョッとして固まってしまいます。
 出ていく時に神妙な面持ちで修羅場ではないにしてもぎこちない様子でしたから、どうなっているものかと冷や冷やしていたのに親子ほどの年の差がある二人がまるで友達のように剣を見て、喜んでいるのですから。

「あっ、リーナ! 遅かったね。そっちも話がまとまった?」

 私に気付いたレオはレーヴァティンを鞘に納めると私に邪気の無い笑顔をを向けてくれます。
 その笑顔に私が弱いことを知っていて、何があろうと頷いてしまうのを承知で。
 やはり、私の方が年下みたいに弄ばれていません?

「僕はこの人たちを守ろうと思う。リーナは?」
「私はレオのやりたいことが何であろうと構いませんの。あなたがこの世界を欲しいと言うのなら、喜んで世界を滅ぼすわ。世界がいらないのなら、消すわ。死ねというのなら、死んでもいいの」
「え? あ……う、うん。そこまでは言ってないかな」

 ええ、知っていますとも。
 分かっていて、ちょっと言いたくなっただけですから。
 でも、私がいつも、あなたのことを想っていて、あなたの為なら何でもしてあげるってことを忘れないで。

「私もレオと同じ気持ちですから、問題ないですわ。ただ、この地に留まる必要があるのでしょうか?ないのでしたら、私に一つ、案があるのですけれども」
「あー、リーナの言いたいこと分かった…」
「私の署名した書状があれば、便宜を図ってくれるでしょうから、この際、アルフィンに移住するのはいかがかしら?」

 アルフィンは一応、私の治める地です。
 元々、怪物姫などと呼ばれていた私ですから、アルフィンではどのような種族であろうとも敵対意思のない者であれば、受け入れます。
 この一家を受け入れるのに何の問題もありませんもの。

「オラ、しかし、番人だべ」
「アルフィンにはあの名工ライモンド様が工房を開いていますのよ」
「行きますだ。オラ、アルフィン行きますだ」
「あ、あなた、そんな簡単に決めてよろしいのですか?」
「アルフィンは福利厚生も行き届いておりますの。小さいお子様がいるご家庭には援助の手が差し伸べられますのよ」
「あなた、ぜひ行きましょう」

 チョロいですわ。
 嘘は言ってませんけどもあまりにチョロすぎるのはいかがと思うのですけど。
 この一家を守るにはアルフィンに住んでもらうのが最上の策ですもの。
 アルフィンの人口を増やしたいとか、腕が良さそうな鍛冶師を引き入れようとか、貴重な回復術師ヒーラーをスカウトしたいとか。
 そういう理由で勧めている訳ではありませんわ。

「アン、ペンをお願い出来るかしら?」
「はい、お嬢さま。こちらに」

 収納ストレージから、羊皮紙を取り出すとアンが渡してくれたペンで記名し、この者達を手厚く保護するようにとリリアーナの名で書き添えておきました。

「ではこちらの書状を見せるだけで問題ないはずですわ」
「ありがとうごぜえますだ」
「ありがとうございます、リリス様。ただ……ここから、遠いですよね。あの子は旅に連れていくにはまだ……」
「問題ないよね、リーナ?」
「はい、転移の門を開けばいいだけですもの。お引越しの準備が出来ましたら、このゲートを潜るだけですわ」

 右の掌をかざして次元の狭間を開き、指で狭間を指し示すとポカンとした表情で見つめられてしまい、こちらが困ってしまいます。
 もしかして、転移の魔法は一般的ではなかった?
 闇の属性の転移魔法だから、ちょっと怪しく見えるかしら?
 ふと考えこんでしまい、少し小首を傾げていますと「このご恩は必ず、返しますから」とお二人に平伏されたので余計に困ってしまいました。
 下手に慣れないことをするから、いけなかったのかしらね。




 それから、二時間もかからず、リックソン一家はゲートを通って、アルフィンへと向かいました。
 何度もこちらを振り返り、腰を折るくらいの勢いで礼をしてくるから、かえってこちらが恐縮してしまうというものです。
 しかし、これで懸念は解消出来ましたから、あとは悪事に加担していた者を処するだけとなりました。

「これで罪の無い人を逃がすことが出来たね」
「ええ、これでゴブリン退治を仕掛けていた黒幕に会いに行けますわ。アン、えっと……これではないわね、これ……でもない。これ? 違うわね。これだわ」

 私は収納ストレージの膨大な貯蔵庫の中から、目当ての武器を探し当てるのにちょっと手間取ったものの何とか、見つけることが出来てほっとしました。

「これは爪ですよね? あたしがいただいてもいいのですか?」
「いいのよ、私がアンにプレゼントしたいの。あなたの戦い方には爪の方が向いているでしょう?」
「そうなんですか!? 分っかりました! これでどんどん、血祭に上げればいいんですねっ、うふっふふふっ」

 彼女に渡したのは格闘武器に分類される金属製の爪状の突起物が付けられた篭手です。
 アンが得意とするのは高い身体能力によるパワーとスピードを生かして戦う戦闘スタイル。
 下手に武器を手に持つよりも獣人形態の戦士が戦うのと同じように拳を振るう方が向いているわ。
 それにアンも喜んでいるようだから、いいとしましょう。

「では参りましょうか」

 開いたゲートを潜り、偽りの村の入り口に転移した私達の前に来ることが分かっていたかのように多くの者達が待ち受けていました。
 この小さな村のどこにそんな人数が隠れていたのかと不思議になってくるくらいの数です。
 それは人ではありませんでした。
 鍛え上げられ、血管が浮き出るほどの筋肉を誇る屈強な肉体を金属製の鎧で固め、各々が極剣や槍などの獲物を手にしています。
 その頭部は豚に似ているもののどことなく凶悪で残忍な性質が表に出てしまい、隠しきれていないようです。
 オークと呼ばれる種族の戦士クラス。
 オーク・ファイターとでもいうところかしらね。

「多いね、パッと見ただけでも五十くらいかな? それに人じゃなかったんだね」
「人もいるようですわ。もしかしたら、あちらの方が主犯の可能性もあるわ」
「なるほど、そういうことなんだ。うん、でもあれだよ。人じゃないなら、力は加減しなくていいね」
「お嬢さま、思い切りっいっちゃっていいんですよね?」
「え、ええ。ただ、民家に被害がいかないように注意してくださいね」

 レオは本当にこれからの戦いが楽しみらしく、デュランダルを抜き放ち、近くにいたオークとの間合いを一瞬のうちに詰めると下段から、斬り上げ真っ二つにしました。
 紙でも引き裂いたかのようにあまりにきれいな切れ方はさすがデュランダルと言うべきなのでしょうか。
  アンはレオのように目で捉えらないスピードではないものの近くで槍を構えるオークとの間合いを瞬時に詰める手際の良さは一朝一夕で出来るものではありません。
 脇腹に強烈な回し蹴りを放ち、身体が浮き上がったところを両手の爪でいとも簡単に引き裂いています。
 「泣けっ!喚けっ!あっーははは」とオークを追いかけては引き裂いていくアンの姿を見たら、彼女に恋する男性がいたとしても考えてしまうかもしれませんわね。
 それにしても本当に二人とも楽しそうで何よりですわ……。

「私がすることは何もなさそうだわ。ニール、あなたも遊びたいでしょう?建物を壊さない程度に遊んでいいわ」
「ママ―、いいのー? ニールもあそーぶ」

 私の許可を得たニールは私の肩から、飛び立つと本来の巨大な黒竜ニーズヘッグの姿へと戻ります。
 滅びの黒竜、死を呼ぶ冥界の竜、人はそんな風に呼んでいるようです。
 翼は三対あるので巨体であっても左右自在と機動性に優れていますし、全身の棘は射出可能な猛毒を帯びた武器、前腕も他のドラゴンに格闘戦で負けないよう強化を施してあります。
 それも全て、かわいい子であるニールの為ですから、私が惜しみなく、その力を注いだのです。
 何より、私の血を授けて、育てた子ですもの。
 恐らく羽ばたきだけでも建物は無事で済まないでしょうね。
 過去に滅んだ町の一つや二つありますものね。
 手加減して遊んでくれるとは思うのですけれど。

 凶悪なほどに鋭く尖った鉤爪を擁した腕でオークを掴んではおままごとで遊んでいるかのように手を引きちぎったり、足をねじ切ったりしています。
 しまいには首をグルグルと捻じってしまい、動かなくなったオークを見てつまらなくなったのか、次の獲物へと鉤爪を伸ばしていきます。
 ニールにはもう少し、おままごとでモノを大事に扱うように教えた方がいいのかしら?

「たーのしーねー、ママ―」

 ニールも楽しそうで何よりですわ……。
 私だけ、することがなくて、ふと気が付きました。
 一方的な虐殺ショーになっていることに動揺を隠せないのか、オークがバラバラの動きで戦おうとするのを止めようと号令をかけるオークの存在に。
 他のオークよりも一回り大きい身体に意匠が施された防具を身に着け、手にしている得物も魔法文字が浮かぶ片手曲剣に円盾と一線を画すものです。
 あれが恐らく、統率者でしょうから、オーク・リーダーとか、オーク・コマンダーとでも名付けた方がいいのかしらね。
 その隣にはローブを着込み、フードを目深に被った者と例の人の良さそうな振りをしていた丸顔の村長さんの姿があるようです。

「わ、わしは領主からの信任を得てここを治めているんだ。お前のような小娘がわしの権利を奪うだと! そんなこと許されんぞ」
「あら? 面白いことを仰いますのね。私がいつ、あなたを信任しましたの?私の記憶にあなたのような人の皮を被った下劣な者を信任した覚えはないのですけれども」
「ま、ま、まさか、そんな馬鹿なお前、まさか」
「そのまさかのようで残念ですわね」

 死刑宣告のように言い放つ私の瞳は恐らく、感情の欠片も出ていないから、さぞかし恐ろしいでしょうね。
 先程まで威勢よく喚き散らしていた村長さんもどきが途端に静かになりましたもの。

「汝らに罪あり」

 私はレライエを大鎌形態へと戻し、右手だけでそれを構えて、これから者達へと向けた。

「死の女神エレシュキガルの名において、汝らを断罪する」

 『あっ、リーナが本気の怒りモードのやつだ。やばいな』という小さな声が聞こえましたけれど、気のせいかしら?
 さて、問題はこのまま、戦闘に入ると非常にまずいということでしょうか?
 ギルドへの報告を考えると今回の事件の犯人を証拠として、突き出す必要があるわ。

「証拠は一人いれば、十分ですわ」
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