我欲するゆえに我あり

黒幸

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19 都合のいい夢

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 会ったことがないのも当たり前か。
 だけど、分かる。
 この人は母さんだ。

 名前は確か……。
 レオノルだ!
 写真一枚すら、残っていなかったから、どんな顔をしているのかも分からなかった。
 ただ、きれいな人だったと聞いただけで……。
 この人がそうなんだ。

「よいか、フリオよ。力を持つ者には責任が伴うんじゃ。力を行使する者には義務があるんじゃぞ。分かるかのう?」

 分かったよ、じっちゃん。
 ……とはならないぞ。
 かといって、母さんと会えたのに邪魔すんな! とも言えないな。
 じっちゃんがいなければ、俺は今まで生きてこれなかったんだしさ。

 それも意味ないんだ。
 俺には力がなかった。
 だから、じっちゃんと母さんに会えたんだろ?

 今更、力がどうのこうのなんて知っても仕方ないじゃないか。

「フリオ! 何を言っているの、この軟弱者!!」
「げぶしっ」

 母さん渾身の平手打ちを喰らった。
 軽く、体が二回転した。
 ぐるぐると回ったんだ。

 何という馬鹿力。
 あの細腕で……さすがは俺の母さん。
 だけど、殴ったね!
 じっちゃんにも殴られたことしかないのに!

「気合が足りないのよっ!」
「げふかっ」

 殴ったね!
 二度も殴ったんだ……。
 いかん。
 何だか、殴られるのが気持ちいいになりそうで困る。
 ちょっと殴られて、感じる変なヤツの気持ちが分かりかけた。
 美人に殴られるのは御褒美。
 案外、嘘ではないのかもしれない……。

 いや、そういうことじゃないってばよ。

「お前はまだ気付いておらんだけじゃ」
「そうよ、フリオ。考えないで。感じるの。あなたの中に何かが眠っている。それを感じて」

 何のことなんだ?
 じっちゃんと母さんはただ、俺を見つめてくる。
 何かを期待するように見つめてくる。

 頭で考えるんじゃなくて、心で感じる……か。
 思い出したことがある。
 ようやく歩けるようになった頃の話だ。
 好奇心旺盛な頃だから、ふらふらとつい外に出てしまった。
 そこで偶々、出会ったのが腹を空かせた野犬だった。
 丁度いい餌が向こうから、やってきたとばかりに野犬は襲いかかってきた。
 普通だったら、怖いと思うもんだろう。
 ところが、その時の俺は怖いと感じなかった。
 感じたのは全く、違う思いだった。
 己よりも弱い者には従わないと欲する飽くなき闘争心だ。

 そういうことか?

「さあ、行くがいい。お前の信じる道を進むのじゃ」
「あなたのしたいことをしなさい」
「待ってくれ、じっちゃん! 母さん!」

 もうちょっとだけ、この心地良い夢を……。

 そこで視界がぐわんと歪む。
 激しい痛みが、急速に現実へと引き戻してくれた。
 夢が終る。
 俺にとって、都合のいい夢を見させてくれる”夢”だ。
 だが、それでいい。

 戦える。
 まだ、戦えるんだ。

 俺に力があるのなら!
 果たすべき義務とやらをやるから、力を俺にくれ!

「フリオ!?」

 甲高い声はオルガだろうか。
 そんな声を上げたら、まるで俺を心配しているみたいじゃないか。

 スリーパーの中のヤツの声も微かに聞こえる。
 「やめろ」と言っているようにも聞こえるが、かまわない。
 ここで退いたら、男が廃るってもんだ。

 感じるんだ。
 俺の中に眠る何かを……。
 そうだ。
 これか。

 燃え滾る熱いモノを感じる。
 これをぶつけてやるよ!

 そして、俺の意識は完全に途絶えた。
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