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第三章 セラフィナ十六歳

第59話 悪妻、計をめぐらす

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「ほお。それでは王妃殿下、それはどういう意味ですかな?」

 こめかみに青筋を立てながら、こちらを睨みつけてくるスピリトゥス卿の眼力が怖い……。
 私を敬う気がないのはいいのよ?
 無理難題ばかりを持ちかけてくるラピドゥフルに強要されて、嫁いできた身だから、それくらいは覚悟していたわ。
 でも、余計なことを言うと殺すぞ! みたいな視線はやめて欲しいのよ。
 心臓がちょっと痛いもの。

「教団の信者には有力な貴族も含まれる。これが何を意味するのか、スピリトゥス卿もご理解なさっているのではないかしら? 弾圧するだけではより一層の反発を呼ぶだけです」
「しかし、あの教団の信仰の自由を認めるなど言語道断で……」
「タディオ。落ち着け。セナの意見を聞いてからでも遅くはあるまい」
「……御意」

 重要な会議という公の場だから、なんでしょうね。
 それでもモデストが私の援護とでも言わんばかりにかばってくれる。
 う、嬉しくなんか、ないんだから。

「先程も申し上げました通り、弾圧は反発を呼ぶのです。締め付けるだけで国は決して、成り立ちません。民が国の基なのです。あの空で燦々と輝く、お日様のように慈愛を持って、導かねばいけないのです」
「ふむ。しかし、具体的にはどうするのだ?」

 部屋で二人きりの時にあんなに挙動不審な行動を取るのと同じ人とは思えないわ。
 こんなにしっかりしていて、王者の風格があるのにアレは何なのよ。

「まず、包囲している軍を後退させ、布教と信仰の自由を認めるとこちらが全面的に譲歩するていで和睦を持ちかけるのです」
「な、なんだと!? そのようなこと」
「タディオ……」

 モデストに窘められたスピリトゥス卿は恨めしそうに私を睨んでくる。
 いくら嫌いな人間の話とはいえ、最後まで聞くくらいはして欲しいわ。

「あくまでていなのです。軍を後方に敷きますが、監視の目は緩めてはなりません。ただし、決して、気付かれてはいけません。全てが台無しになってしまいます」
「何か、策があるのだね?」

 察しがいいのね。
 学園を飛び級で卒業した実力は伊達ではなかったということかしら?

「ええ。そして、余るほどの食糧と幾らかの嗜好品を彼らに供与します」
「なんだと……いや、まさか……しかし……ふむ」

 スピリトゥス卿が顔を真っ赤にしたと思ったら、急に腕を組んで考え込み始めたのか、だんまり。
 多分、私の考えていることを理解してくれたのだと思う。
 モデストはというと顎に手をやり、ちょっと考えている素振りを見せると軽く頷き、私に向かって、薄っすらと微笑んだ。

「そうか。あそこにはマクシミリアノがいたな。あやつならば、分かってくれるだろう」

 ……マクシミリアノ?
 マクシミリアノ・リブロムルトゥスのことだわ。
 リブロムルトゥスという名で分かる通り、竜槍の騎士カリストの実の兄だ。
 そして、モデストが『友』と認めた唯一の男じゃない。
 彼が『友』と呼ばれるようになったのは数々の献策を行う稀代の策士だったから。
 教団に与していたなんて、知らなかったわ。

 それを知らないで今回の作戦を提案したんだけど……。
 頭が切れる男だから、こちらの意図を汲んでくれるのよね?

「セナの案を採用するがいいかな?」
「は、はあ。遺憾ではありますが、認めざるをえませんな」

 さすがのスピリトゥス卿も不満があっても、認めてくれたようだ。
 頑固な人だけど、意固地な人ではなくて、良かったわ。

「では、タディオ。今すぐ、軍を動かす準備を始めてくれ」
「御意」

 こうして、砦に立て籠もる教団と停戦協定を結ぶべく、包囲網が解かれることになった。
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