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第三章 セラフィナ十六歳
閑話 竜槍の騎士、運命に出会う
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カリストはモデストの護衛騎士である。
しかし、悲しいかな。
ガエボルグに選ばれた者といっても年齢は九歳。
いかんせん、まだ子供である。
人並外れた膂力や群を抜いた戦闘センスこそ、子供とは思えないものだったが、見た目だけはどうしようもない。
卒業生は十六歳の誕生日を迎えた者が半数以上を占めているのだ。
まだ、子供にしか見えないカリストは別の意味で目立ってしまう。
とはいえ、護衛対象であるモデストは同盟国の王族という超重要人物である以上、
その護衛騎士であるカリストが側を離れる訳にはいかなかった。
カリストは何より、曲がったことが大嫌いでやや融通が利かないトリフルーメ人らしい気質を持っていた。
もし、会場で有事が起きれば、自らの命に代えてもモデストの身を護る任務を全うしようとするだろう。
そして、彼は馬鹿がつくほどに愚直なまでに真面目だった。
カリストは華やかな雰囲気に包まれた会場の端で目立たないように壁の花と化していた。
怪しまれないように軽く、口にできそうなローストビーフや生野菜を皿に取り、まるで小動物のようにもしゃもしゃと咀嚼していたが、その双眸は一時も主から放すことはない。
その目つきはあまりに鋭く、体から、無意識のうちに闘気を発していた。
この頃のカリストはまだ、ガエボルグに選ばれてから、時が経っておらず、何よりもまだ、未熟であったが為に影のように控える技術が稚拙だったのだ。
「あ、あれは……何ときれいなんだ」
エリザンナ・ドッセッタ侯爵令嬢の姿を認めたカリストは思わず声を上げてしまう。
それはあまりにも見事なネック・ハンギング・ツリーだった。
婚約破棄をされる。
経緯がどうであれ、破棄は破棄である。
疵物扱いとされる貴族令嬢は社交界での居場所を失うだろう。
それなのにエリザンナは小柄で華奢な体つきからは信じられない力で人二人を持ち上げていた。
それも理想的な姿勢なのだ。
背筋はあくまで真っ直ぐであり、どこまでも美しい。
その姿勢のまま、彼女は元婚約者に向かって、淑女の微笑みを投げかけながら、持ち上げているのだ。
その姿はまさに女神か何かと見まごうばかりであった。
ちなみに、この技は武闘派で知られる彼女の父親が得意としているものだった。
娘のエリザンナにも伝授されていようとは誰も知らなかったが。
「きれいだ」
そして、もう一つ、カリストの目を奪ったものがある。
それはエリザンナの姿勢だけではない美しさ。
艶やかな栗色の髪、愁いを含んだ黄昏色の瞳。
整った顔立ちに抜群のスタイル。
それらが完璧なバランスを保っているのだ。
非の打ち所のない美少女といってよかった。
カリストはその姿を見ているだけで、心を奪われてしまった。
そして、心の中で密かに誓いを立てた。
彼女を絶対、妻にすると……。
後の英雄カリストの初恋だった。
しかし、この時、守るべき対象の主モデストのことを忘れるという大失態を演じていることに気付いていなかった。
後年になって、カリストはこの時のことをこう語っている。
『あの時の私はどうかしていた』と。
だが、恋とはそういうものなのだろう。
人はえてして自分が一番、大切な生き物である。
愛する人の為なら死ねるなどと簡単に言える人間は極少数に過ぎないだろう。
愛は人を盲目にするのだ。
例え、それが英雄であっても……。
しかし、悲しいかな。
ガエボルグに選ばれた者といっても年齢は九歳。
いかんせん、まだ子供である。
人並外れた膂力や群を抜いた戦闘センスこそ、子供とは思えないものだったが、見た目だけはどうしようもない。
卒業生は十六歳の誕生日を迎えた者が半数以上を占めているのだ。
まだ、子供にしか見えないカリストは別の意味で目立ってしまう。
とはいえ、護衛対象であるモデストは同盟国の王族という超重要人物である以上、
その護衛騎士であるカリストが側を離れる訳にはいかなかった。
カリストは何より、曲がったことが大嫌いでやや融通が利かないトリフルーメ人らしい気質を持っていた。
もし、会場で有事が起きれば、自らの命に代えてもモデストの身を護る任務を全うしようとするだろう。
そして、彼は馬鹿がつくほどに愚直なまでに真面目だった。
カリストは華やかな雰囲気に包まれた会場の端で目立たないように壁の花と化していた。
怪しまれないように軽く、口にできそうなローストビーフや生野菜を皿に取り、まるで小動物のようにもしゃもしゃと咀嚼していたが、その双眸は一時も主から放すことはない。
その目つきはあまりに鋭く、体から、無意識のうちに闘気を発していた。
この頃のカリストはまだ、ガエボルグに選ばれてから、時が経っておらず、何よりもまだ、未熟であったが為に影のように控える技術が稚拙だったのだ。
「あ、あれは……何ときれいなんだ」
エリザンナ・ドッセッタ侯爵令嬢の姿を認めたカリストは思わず声を上げてしまう。
それはあまりにも見事なネック・ハンギング・ツリーだった。
婚約破棄をされる。
経緯がどうであれ、破棄は破棄である。
疵物扱いとされる貴族令嬢は社交界での居場所を失うだろう。
それなのにエリザンナは小柄で華奢な体つきからは信じられない力で人二人を持ち上げていた。
それも理想的な姿勢なのだ。
背筋はあくまで真っ直ぐであり、どこまでも美しい。
その姿勢のまま、彼女は元婚約者に向かって、淑女の微笑みを投げかけながら、持ち上げているのだ。
その姿はまさに女神か何かと見まごうばかりであった。
ちなみに、この技は武闘派で知られる彼女の父親が得意としているものだった。
娘のエリザンナにも伝授されていようとは誰も知らなかったが。
「きれいだ」
そして、もう一つ、カリストの目を奪ったものがある。
それはエリザンナの姿勢だけではない美しさ。
艶やかな栗色の髪、愁いを含んだ黄昏色の瞳。
整った顔立ちに抜群のスタイル。
それらが完璧なバランスを保っているのだ。
非の打ち所のない美少女といってよかった。
カリストはその姿を見ているだけで、心を奪われてしまった。
そして、心の中で密かに誓いを立てた。
彼女を絶対、妻にすると……。
後の英雄カリストの初恋だった。
しかし、この時、守るべき対象の主モデストのことを忘れるという大失態を演じていることに気付いていなかった。
後年になって、カリストはこの時のことをこう語っている。
『あの時の私はどうかしていた』と。
だが、恋とはそういうものなのだろう。
人はえてして自分が一番、大切な生き物である。
愛する人の為なら死ねるなどと簡単に言える人間は極少数に過ぎないだろう。
愛は人を盲目にするのだ。
例え、それが英雄であっても……。
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