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第二章 セラフィナ十四歳

閑話 愚者、鉄拳制裁される

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 ラピドゥフル王国の宰相アンプルスアゲルの邸宅は重苦しい雰囲気に支配されていた。
 それというのもこの屋敷で預かっているトリフルーメ王国最後の王族モデストが今にも死にそうな土気色の顔で戻ってきたことに端を発している。

「つまりだ。全てはお主の心の弱さゆえに招いた事態だな」
「師よ。それではあまりにストレート過ぎるかと思います」

 焦点の定まらない目で今にも倒れそうなモデストに容赦ない言葉を投げかけているのは他でもないこの屋敷の主ニクス・アンプルスアゲルである。
 彼の後ろに秘書のように付き従うのは魔導師の証であるローブを纏った若い女性だ。
 肩の辺りで切り揃えられた薄い緑色の髪を軽く、手出直しながら、黒曜石のような鈍い輝きを放つ瞳でモデストに何とも形容し難い視線を投げかけた。
 憐れみであり、怒りであり、どことなく迷いが生じている複雑な色が瞳に浮かんでいる。

「確かに早く、言っておけば、セナがあそこまで怒ることはなかっただろうな」
「あの子は基本的に怒りを胸に秘めちゃうからね。気が強そうに見えるだけでとても繊細な子だから」

 セラフィナに近い立場にあるマテオとナタリアも呼ばれているがマテオはいつも通り、感情の読めない無表情を貫いている。
 対照的にナタリアは不機嫌さを隠そうともしない。
 元より、ナタリアはセラフィナを実の妹のように可愛がっているので余計に感情が表に出やすいようだ。

「それでどうするんですか、王子様?」

 ナタリアは椅子に呆けたように座ったまま、微動だにしないモデストの襟首を掴み、無理矢理に立ち上がらせる。
 彼は糸が切れた人形のようにされるがままだった。

「そんなんだから、セナに愛想を尽かされるのよっ」

 ドンッと突き放され、乱暴に椅子に戻ってもモデストの様子に変化は見られない。
 何かをブツブツと呟くだけで相変わらず、焦点が合っていない。

「あぁ、情けない。これが学園始まって以来の俊才? こんなのがセナの婚約者? 笑わせるんじゃないわ」
「ナル、彼を責めても何も解決はしないぞ」
「分かってるわよ。分かってるけど……」

 ナタリアはまだ、言い足りないのか、鼻息荒く息巻いていたがマテオに肩を軽く叩かれ、左右に頭を振る姿に次第に冷静さを取り戻した。
 代わりにモデストの前に立ったのはニクスの後ろに控えていた秘書のような女性だった。

「ですが、まだ、完全に拒絶された訳ではありません。しっかりと立って、前を見なさい。そんなことであの子とともに人生を歩めるとお思いですか? 恥を知りなさい」

 先程は師であるニクスを嗜めるような発言をしていた人物とは思えない辛辣な言葉に成り行きを見守っていた三人ともややギョッとした顔のまま、固まっている。

「だけど……」
「だけど、じゃないっ」

 頬を叩く、乾いた音が室内に響き、モデストは自身の右頬を振り抜くように思い切り、叩かれたことに気付いた。

「な、なんだよ!? 僕だって」
「だって、じゃないっ!」

 再び、乾いた音が室内に響く。
 右だけではなく、左の頬にもはっきりとしたモミジのような赤い手形が残るほどに叩かれたモデストはジンジンと沁みてくるような痛みを感じながらも胸の中に湧き上がる疑問を吐き出そうとする。

「なんで」
「なんで、じゃないっ」

 問答無用で三回目のビンタが再び、右頬に振り下ろされ、モデストの頬はモミジの跡どころか、腫れあがり始めている。
 その後もモデストが何かを言おうとするたびに振り下ろされる、無慈悲な鉄拳に彼は数日、学園を休む羽目になるのだった。

 様子を見ていた三人は思った。
 『この女、決して、怒らせてはいけない』と。
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