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第二章 セラフィナ十四歳

第33話 悪妻、魘される

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 考えれば、考えるほどに悪い考え方に行き着く気がする。
 魂が黒くなっていくような錯覚さえ、覚える。
 あぁ、嫌だわ。

 これ以上、考えていると眠れなくなりそうだから、無理にでも目を閉じて、寝ることにした。
 少しでも寝ておかないとさすがにまずいもん。

 自分で考えているよりも体が疲れていたのかもしれない。
 いつも以上に魔法を使ったし、変な仮面の馬鹿のせいでストレスが溜まったんだろうか。
 私の意識が深い、深い闇へと沈んでいった。



 あれ?
 顔を背けるモデストがいる。
 見覚えのある光景だ。
 二年前の初顔合わせの時じゃない?

『そうよ。忘れたの?』

 私の肩に手を置いて、顔を近付けてくる女の顔を良く知っている。
 私だ。
 死んだ時……殺された時の私。
 ドレスの胸元は噴き出した鮮血で汚されたまま。
 斬られた首は繋がっているものの切断されたように赤い筋がはっきりと付いていた。
 その姿を見た私は胸と首にチクリと針を刺されたような痛みを感じる。

(忘れるもんですか。忘れちゃ駄目)
『そうよ。この痛みを忘れては駄目よ? あなた、許そうと思っていない?』

 その言葉にまた、胸と首が痛んでくる。
 あまりの痛みに自然と息遣いが荒くなる。
 苦しい……。

 アリーと出会って、彼女の話を聞いてると好意を素直に表せない『つんでれ』という性質があることを知った。
 私も変なところで意地を張ったり、素直じゃない性格をしてる方だ。
 好きという気持ちを素直に表現が出来なくなっていた。
 『お姫様』になれると信じていた小さい頃はあんなに素直だったのに……。

 そのせいで前世では孤立したし、破滅したんだろう。
 だから、モデストのあの不自然な態度。
 あれはもしかしたら、そういう表現が苦手なだけじゃないかしら?
 私を嫌っている訳ではないのかもしれない。
 そう考えるようになった。
 好きになることはないし、なってはいけないって、分かってはいるんだけど。
 歩み寄って、認めるくらいはいいかなって、思い始めてた。

 実際に行動でも表すようにした。
 前世では全く、言ってなかった感謝の言葉を伝えるように心がけた。
 お父様とお母様には大好きで愛してるって、恥ずかしからずに言うことにした。
 前世以上に溺愛されるようになったのは誤算だったけど。

 お兄様にも態度が悪かった時のことを素直に謝ったら、笑って許してくれた。
 久しぶりに見たお兄様の笑顔は以前と変わらなくて、どこか安心した。
 前世ではどこか怯えて、関係性が悪かったメイドのノエミにも感謝の言葉を述べてからは距離が縮まったと思う。

 前世では幼馴染だったのに縁が薄くて、手を差し伸べる前に関係が断たれたマテオ兄とナル姉との絆も積極的に動いたのが功を奏したんだろう。
 幼かった日と同じ関係に戻ることが出来た。

 初めて出来た友達であるシルビアとアリーにも好意を隠さないことにしたし、言いたいことを言い合えるくらいの深い関係を保ててる。

 だけど、なぜかモデストを相手にするとうまく、いかない。
 彼だけに態度を改められないのだ。
 何とか、変えようと動いても躱されてるんじゃないかと疑いたくなるくらい、駄目で二進も三進もいかない。
 それが『つんでれ』っていう変な性質のせいじゃないかって、考えると納得出来るものがあるのだ。

『ねぇ? そんな許しを与えていいの? 何をされたか、忘れたの?』

 忘れてない。

『誰のせいでお父様とお母様が死んだのか、忘れたの?』

 混乱する国を見捨て、伯父様を殺し、国を蹂躙した仇敵と結んだモデストのせいだ。
 当然のように人質となっていた私と子供達の命は風前の灯火となった。
 それを救おうとして、両親が命を差し出したのだ。
 でも、あれはウルバノも追い詰められて、混乱していたのよ。
 しょうがないことなのよ。

『殺したのはウルバノね。でも、引き金を引いたのはあの男なのよ』

 だから、私は運命を変えようとしていて……。
 今のところ、うまくいってるじゃない。

『本当に? あの男が何か、変わった? 変わらないじゃない。あなたを見てくれた? あの時と同じよ、忘れたの?』

 両親の犠牲があって、命拾いをした私と子供達は人質交換で家族であるモデストの元に戻れることになった。
 しかし、モデストは迎えに来てくれることも無く、都に迎え入れてもくれなかった。
 都から、遠く離れた辺境の城へと追いやられたのだ。
 亡んだ国から、嫁いだ厄介者を追い払うかのように古城に閉じ込められた。
 夫は……モデストは一度も会いに来ない。
 まだ、幼く、父の姿を純心に探す子供達の顔を見にすら来ない。
 幽閉同然の立場にある私が出来るのは子供達に精一杯の愛情を注ぐことだけだった。

『あの男は裏切ったのよ。また、裏切ったの。ねぇ、忘れたの? あんなこと許せる?』

 モデストがたくさんの愛妾を採用したという話が遠い辺境にまで届いてきた。
 あんな辺境の地まで届く噂なんだから、多少の誇張はあっても本当のことなんだろう。

 だけど、それを責める気はない。
 私とモデストの間に愛などない。
 政略結婚で私も彼も望んで結ばれた訳じゃないのだ。
 彼にとって、私はお飾りの妻に過ぎない。
 押し付けられただけの迷惑な存在と思っていてもおかしくない。
 だから、それはいい。
 愛など諦めたのだ。
 許せないのはそこじゃない。
 八歳になった息子ブラスが婚約することになったのだ。

『許せないよね? 許しては駄目。絶対に』

 婚約の相手はエンディア王ノエルの娘クロエである。
 なんで、その娘と……。
 伯父様を殺して、国を奪った仇の娘よ。
 それを義娘に迎えろというの?
 許せない……。

『そうよ。憎みましょう。あの男を絶望の淵に叩き落とすのよ』

 女の首が地面にゴトリと落ちた。
 その目が恨めし気に私を見つめてくる。
 痛い。
 胸が……首が……痛い。
 許さない。
 絶対に許さない。
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