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第一章 セラフィナ十二歳
第2話 悪妻、巻き戻る
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小鳥のさえずりと心地良く差し込む日の光で目が覚めた。
なんて、気持ちがいい朝なんでしょう。
ん? 目覚める?
朝? おかしいわね。
私は確か、胸を刺されて、滅多切りにされてから、首を切られて……死んだはず。
「あれ? 死んで……ない!?」
首は繋がっているみたい。
手を使って、ぺたぺたと触ってみるけどおかしなところはない。
うん、そうではないとおかしい。
首が離れているのに動いていたら、それはもう人ではない別の生き物だ。
首なし騎士という魔物が知られている。
あれは確か、男性格だったと思うのだ。
まさか、女性初の首なし騎士になってしまった?
「あーあー」
それに声が……何だか、若々しい気がする。
ううん、違うわ。
子供っぽいのよ。
それに掌が何だか、小さい気がする。
私の手はこんなに小さかったかしら?
ぐーぱーをしながら、小さく見える手を見つめていると扉をコンコンと叩くノックの音がした。
「誰?」
「え!? ひ、姫様? 大変です! 姫様がお目覚めになられました」
ノックに反射的に答えると扉を開け、きれいに一礼して入ってきた年若いメイドの鳶色の瞳と視線が交差する。
彼女の目は驚きで落ちんばかりに大きく見開かれていた。
バタバタとやや行儀の悪い足音を立てると慌ただしく去っていく。
騒々しくて、まるで嵐のようだ。
「何なの、あれ……」
メイドが連れてきたのは私の記憶にある姿より、かなり若い父シモンと母サトゥルニナ。
あまり交流がなかった兄マウリシオの姿まであったので、驚いた。
でも、大変なのはそれからだった。
滝のように涙を流す両親に骨が軋むくらい抱き締められた。
それをどことなく、冷めた視線で見つめる兄に『大丈夫なのか?』と心配している素振りを見せられ、背を冷や汗が伝うくらい大変だったのだ。
そして、気が付いた。
鳶色の目の年若いメイドをどこかで見覚えのある顔だとは思った。
それもそのはず。
彼女は物心つく頃から、死ぬまで仕えてくれたノエミだったからだ。
私の記憶にあるノエミは四十いくつの壮年の女性。
年相応に皺の刻まれた顔で人懐こい笑顔を向けてくれる姿がきれいだった。
いつも私のことを気に掛けてくれる優しい人。
嫁いでから、誰一人味方のいなかった私にとって、唯一の味方。
いつだって、私を守ろうとしてくれて、精一杯愛してくれた。
でも、私が殺されて、ノエミはどうなったんだろう……。
殺されてしまったんだろうか?
きっと私のせいだ。
よし、決めた。
そうよ!
神様がやり直すチャンスをくれたんだわ。
そうじゃないとおかしい。
私は殺されたのだ。
命が失われたはずなのにこうして、生きている。
そういうことなのよ。
まず、現状を把握するところから、始めないといけないわ。
ノエミや家族から、聞いた話をまとめてみた。
今、私は十二歳であることは間違いない。
これが実にまずい状況としか、言えないのだ。
私の婚約が決まったのがまさに今。
十二歳だったのだ。
そして、絶望的なことも分かった。
婚約相手のモデストとの顔合わせが一週間後に迫っているという逃れようのない事実だ!
神様はどうしてもう少し、前に戻してくれなかったんだろう。
神様はちょっと、意地悪なのかしら?
そんな愚痴を言っても事態は改善しない。
ここはあくまで冷静に考えるのよ。
このままいけば、私はモデスト・トリフルーメと婚約させられるのは間違いない。
モデストはこの時、まだ十歳。
亡国トリフルーメ最後の王族、唯一生き残った王子。
彼は僅か十歳で数奇な人生を送ってきた悲劇の王子なのだ。
トリフルーメは歴史ある王国だったけど……。
それは過去の話。
失った栄光、光の残照に過ぎないのだ。
国土も狭く、人口も少ない弱小国。
これといった特産物もなければ、観光名所もない。
だから、乱世を生き抜く為、世継ぎである王子モデストを大国ラピドゥフルに人質に出すことにしたのよね。
でも、途中でエンディア王国に通じた者によって、連れ去られてしまったのだ。
エンディアとうちの国は昔から、仲が悪かった。
だから、そんな事態に陥ったのも仕方がないことかもしれない。
だけど、あの国は本当に何を考えているか、分からない国よね?
油断してはいけないわ。
事件から、数年後に再び、人質交換が行われて、モデストはうちの国へやって来た。
伝わって来た話によれば、エンディアでの人質生活はそこそこに快適で人質とはいえ、自由もあって、一流の教育も受けていたらしい。
ますます、あの国の思惑が分からなくて、その底が知れない考えが恐ろしいと思う。
そうそう、それでモデストはこの時、八歳。
問題はまさにここから、始まったのだから。
彼はあまりにも優秀過ぎたのだ。
優秀過ぎるせいで逆に危険視されてしまった。
しかもタイミングが悪いことに彼の祖国トリフルーメで不幸な出来事が起きた。
彼の父イラリオ王が暗殺されてしまったのよ。
刺客に襲われたって、話だったはず。
結局、犯人が分からないままだった。
不気味なのよね……。
伯父様が一枚噛んでいるのか、それとも……あまり考えない方がいいのかもしれない。
下手に知ったら、後戻りが出来ない真相が待ってそうだから、この話は忘れた方が良さそうね。
そして、トリフルーメは混乱を極め、国としてはこの時、亡んだも同じだった。
モデストは帰る国のない王子になってしまった。
これに目を付けたのが伯父様――ラピドゥフル王ヨシフだったのよね。
伯父様は私やお母様には何でも願いを叶えてくれる優しい人だ。
でも、三十七歳まで生きて死んだ私には分かる。
あの人はただ優しいだけの人じゃなかった、と。
その一例がモデストと私の婚約だ。
伯父様はトリフルーメを労せずして、自らのものにしようと画策した。
それにはモデストを身内に取り込むのが最上策だっただけなのだ。
問題は誰を嫁がせるべきか。
白羽の矢が立ったのが国王の姪であり、王太子ウルバノの婚約者第一候補だった高位貴族の令嬢。
血筋だけではなく、一流の教育を受け、一国の王妃たる品格を持つ者。
つまり、私、セラフィナだった訳だ。
なんて、気持ちがいい朝なんでしょう。
ん? 目覚める?
朝? おかしいわね。
私は確か、胸を刺されて、滅多切りにされてから、首を切られて……死んだはず。
「あれ? 死んで……ない!?」
首は繋がっているみたい。
手を使って、ぺたぺたと触ってみるけどおかしなところはない。
うん、そうではないとおかしい。
首が離れているのに動いていたら、それはもう人ではない別の生き物だ。
首なし騎士という魔物が知られている。
あれは確か、男性格だったと思うのだ。
まさか、女性初の首なし騎士になってしまった?
「あーあー」
それに声が……何だか、若々しい気がする。
ううん、違うわ。
子供っぽいのよ。
それに掌が何だか、小さい気がする。
私の手はこんなに小さかったかしら?
ぐーぱーをしながら、小さく見える手を見つめていると扉をコンコンと叩くノックの音がした。
「誰?」
「え!? ひ、姫様? 大変です! 姫様がお目覚めになられました」
ノックに反射的に答えると扉を開け、きれいに一礼して入ってきた年若いメイドの鳶色の瞳と視線が交差する。
彼女の目は驚きで落ちんばかりに大きく見開かれていた。
バタバタとやや行儀の悪い足音を立てると慌ただしく去っていく。
騒々しくて、まるで嵐のようだ。
「何なの、あれ……」
メイドが連れてきたのは私の記憶にある姿より、かなり若い父シモンと母サトゥルニナ。
あまり交流がなかった兄マウリシオの姿まであったので、驚いた。
でも、大変なのはそれからだった。
滝のように涙を流す両親に骨が軋むくらい抱き締められた。
それをどことなく、冷めた視線で見つめる兄に『大丈夫なのか?』と心配している素振りを見せられ、背を冷や汗が伝うくらい大変だったのだ。
そして、気が付いた。
鳶色の目の年若いメイドをどこかで見覚えのある顔だとは思った。
それもそのはず。
彼女は物心つく頃から、死ぬまで仕えてくれたノエミだったからだ。
私の記憶にあるノエミは四十いくつの壮年の女性。
年相応に皺の刻まれた顔で人懐こい笑顔を向けてくれる姿がきれいだった。
いつも私のことを気に掛けてくれる優しい人。
嫁いでから、誰一人味方のいなかった私にとって、唯一の味方。
いつだって、私を守ろうとしてくれて、精一杯愛してくれた。
でも、私が殺されて、ノエミはどうなったんだろう……。
殺されてしまったんだろうか?
きっと私のせいだ。
よし、決めた。
そうよ!
神様がやり直すチャンスをくれたんだわ。
そうじゃないとおかしい。
私は殺されたのだ。
命が失われたはずなのにこうして、生きている。
そういうことなのよ。
まず、現状を把握するところから、始めないといけないわ。
ノエミや家族から、聞いた話をまとめてみた。
今、私は十二歳であることは間違いない。
これが実にまずい状況としか、言えないのだ。
私の婚約が決まったのがまさに今。
十二歳だったのだ。
そして、絶望的なことも分かった。
婚約相手のモデストとの顔合わせが一週間後に迫っているという逃れようのない事実だ!
神様はどうしてもう少し、前に戻してくれなかったんだろう。
神様はちょっと、意地悪なのかしら?
そんな愚痴を言っても事態は改善しない。
ここはあくまで冷静に考えるのよ。
このままいけば、私はモデスト・トリフルーメと婚約させられるのは間違いない。
モデストはこの時、まだ十歳。
亡国トリフルーメ最後の王族、唯一生き残った王子。
彼は僅か十歳で数奇な人生を送ってきた悲劇の王子なのだ。
トリフルーメは歴史ある王国だったけど……。
それは過去の話。
失った栄光、光の残照に過ぎないのだ。
国土も狭く、人口も少ない弱小国。
これといった特産物もなければ、観光名所もない。
だから、乱世を生き抜く為、世継ぎである王子モデストを大国ラピドゥフルに人質に出すことにしたのよね。
でも、途中でエンディア王国に通じた者によって、連れ去られてしまったのだ。
エンディアとうちの国は昔から、仲が悪かった。
だから、そんな事態に陥ったのも仕方がないことかもしれない。
だけど、あの国は本当に何を考えているか、分からない国よね?
油断してはいけないわ。
事件から、数年後に再び、人質交換が行われて、モデストはうちの国へやって来た。
伝わって来た話によれば、エンディアでの人質生活はそこそこに快適で人質とはいえ、自由もあって、一流の教育も受けていたらしい。
ますます、あの国の思惑が分からなくて、その底が知れない考えが恐ろしいと思う。
そうそう、それでモデストはこの時、八歳。
問題はまさにここから、始まったのだから。
彼はあまりにも優秀過ぎたのだ。
優秀過ぎるせいで逆に危険視されてしまった。
しかもタイミングが悪いことに彼の祖国トリフルーメで不幸な出来事が起きた。
彼の父イラリオ王が暗殺されてしまったのよ。
刺客に襲われたって、話だったはず。
結局、犯人が分からないままだった。
不気味なのよね……。
伯父様が一枚噛んでいるのか、それとも……あまり考えない方がいいのかもしれない。
下手に知ったら、後戻りが出来ない真相が待ってそうだから、この話は忘れた方が良さそうね。
そして、トリフルーメは混乱を極め、国としてはこの時、亡んだも同じだった。
モデストは帰る国のない王子になってしまった。
これに目を付けたのが伯父様――ラピドゥフル王ヨシフだったのよね。
伯父様は私やお母様には何でも願いを叶えてくれる優しい人だ。
でも、三十七歳まで生きて死んだ私には分かる。
あの人はただ優しいだけの人じゃなかった、と。
その一例がモデストと私の婚約だ。
伯父様はトリフルーメを労せずして、自らのものにしようと画策した。
それにはモデストを身内に取り込むのが最上策だっただけなのだ。
問題は誰を嫁がせるべきか。
白羽の矢が立ったのが国王の姪であり、王太子ウルバノの婚約者第一候補だった高位貴族の令嬢。
血筋だけではなく、一流の教育を受け、一国の王妃たる品格を持つ者。
つまり、私、セラフィナだった訳だ。
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