1 / 83
第1話 序・悪妻の最期
しおりを挟む
(どうして? 私は何を間違えてしまったの?)
射竦めるように睨みつけてくる二人の騎士が着込む甲冑のせいでそれでなくても狭い車内をさらに狭く感じてしまう。
だが、それだけではない。
二人の男から、発せられる重苦しい威圧感が何よりも大きく、影響しているのだろう。
「罪を認め、御自害なされよ」
騎士の一人シーロが私に対する侮蔑を隠そうともせず、そう言い放った。
「罪? 私は何の罪も犯しておりません。旦那様……いえ、陛下に一目だけでも」
「それはなりません」
もう一人の騎士トマスが私の言葉を遮り、微かに抱いた希望を完全に打ち砕く。
「これは陛下がお決めになったこと。我が国の為でございます。さあ、御自害を」
「……嫌よ。私は恥じることなど、何もしておりません。なぜ、私が死ななくてはならないのですか?」
「馬車を止めろ」
私の拒絶の一言が最後の引き金を引いたのだろうか。
無情な物言いで馬車が止められる。
最悪の事態が我が身に起こることを考え、恐怖から身体が震え出した。
しかし、それをこの者達に気取られる訳にはいかない。
この世でもっとも悪辣な女と呼ばれている私が怯えているなんて、知られてはいけない。
私、セラフィナ・グレンツユーバーは悪妻と謗られ、蔑まれ、憎まれた存在だった。
このトリフルーメ王国で最も忌み嫌われる女。
それが私なのだ。
なりたくて、そうなったのではない。
気が付いた時には既にそうなっていた。
いや、させられていたのだ。
夫であるモデスト・トリフルーメとは政略結婚である。
モデストは家臣によって、亡んだトリフルーメ王国・最後の王子だった。
彼を身内に取り込めば、大義名分のもとにトリフルーメを我がものに出来るとラピドゥフル国王ヨシフは考えたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、ヨシフ王の妹サトゥルニナの娘。
つまり、私、セラフィナだった。
私が十二歳、彼が十歳の時、初めての顔合わせが行われた。
私の実家であるグレンツユーバー侯爵家がモデストを引き取ることに決まったからだ。
黒髪、黒目という平凡な色味。
線が細く、儚げな印象が強い子だった。
それでいて、意志の強さを感じる眼差しが真っ直ぐで目が離せなかった。
一目で彼のことが好きになった私だが……
『ふんっ、頼りなさそうな顔してるのね。せいぜい、私に迷惑をかけないように』と心にもないことを言ってしまったのだ。
本当は『私に全て任せてね』というだけでよかったのに。
最悪の出会いである。
やり直せるものなら、やり直したい。
だが、もう既に遅いのだ。
乱暴に髪を引っ張られ、馬車から放り出された。
強かに背中を打ち、強烈な痛みを感じる。
でも、痛みに顔を歪める暇すら貰えなかった。
私の身体を強烈で堪えがたい衝撃が貫いていた。
シーロの剣で袈裟懸けに斬られ、トマスの剣が内臓を抉るように深く、刺し込まれていたのだ。
「あっ……ぐぅ……これが旦那様の望ん……」
最後まで機会を与えられないまま、感じたことがないほどの強い衝撃を首に受け、私の意識は深く昏い闇の底へと沈んでいくのだった。
(もういいわ……これで私は……自由になれるわ……もう疲れたのよ)
その日、かつて『ラピドゥフルの薔薇』と呼ばれた一人の女、セラフィナが死んだ。
その美しさと気位の高さで王である夫を省みることなく見下し、贅を尽くす放蕩暮らしを続けた悪妻。
敵国であるガレア帝国の皇族と関係を持ち、内通した手の者を城内に招き入れ、王を弑する計画を立てた稀代の悪女。
事が露見し、断罪されたセラフィナは辺境の寂れた修道院に生涯、幽閉されることが決まった。
そして、修道院への護送中、王の意を汲んだ騎士の手にかかり、無残な最期を遂げたのだ。
彼女の死を悼む者など誰一人いない。
彼女が愛し、最後までその身を案じていた息子ブラスも無慈悲に処断された。
北方の強国ガレアへの内通という身に覚えのない罪により、罪人として処刑されたのである。
首だけになってもまだ、凛とした美しさを保ったままの妻セラフィナと対面することになったトリフルーメ王モデストはただ一言、零したという。
『何も殺すことはなかったのだ』と。
民は讃える。
悪逆の限りを尽くした女に慈悲を与える慈愛に溢れた偉大な王に栄光あれ、と。
嫌われ、憎まれ、散った彼女に良く似た真っ赤な薔薇の花が落ちていくのを見つめながら、男――モデストは力無く、呟いた。
「セラフィナ、また会おう」
射竦めるように睨みつけてくる二人の騎士が着込む甲冑のせいでそれでなくても狭い車内をさらに狭く感じてしまう。
だが、それだけではない。
二人の男から、発せられる重苦しい威圧感が何よりも大きく、影響しているのだろう。
「罪を認め、御自害なされよ」
騎士の一人シーロが私に対する侮蔑を隠そうともせず、そう言い放った。
「罪? 私は何の罪も犯しておりません。旦那様……いえ、陛下に一目だけでも」
「それはなりません」
もう一人の騎士トマスが私の言葉を遮り、微かに抱いた希望を完全に打ち砕く。
「これは陛下がお決めになったこと。我が国の為でございます。さあ、御自害を」
「……嫌よ。私は恥じることなど、何もしておりません。なぜ、私が死ななくてはならないのですか?」
「馬車を止めろ」
私の拒絶の一言が最後の引き金を引いたのだろうか。
無情な物言いで馬車が止められる。
最悪の事態が我が身に起こることを考え、恐怖から身体が震え出した。
しかし、それをこの者達に気取られる訳にはいかない。
この世でもっとも悪辣な女と呼ばれている私が怯えているなんて、知られてはいけない。
私、セラフィナ・グレンツユーバーは悪妻と謗られ、蔑まれ、憎まれた存在だった。
このトリフルーメ王国で最も忌み嫌われる女。
それが私なのだ。
なりたくて、そうなったのではない。
気が付いた時には既にそうなっていた。
いや、させられていたのだ。
夫であるモデスト・トリフルーメとは政略結婚である。
モデストは家臣によって、亡んだトリフルーメ王国・最後の王子だった。
彼を身内に取り込めば、大義名分のもとにトリフルーメを我がものに出来るとラピドゥフル国王ヨシフは考えたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、ヨシフ王の妹サトゥルニナの娘。
つまり、私、セラフィナだった。
私が十二歳、彼が十歳の時、初めての顔合わせが行われた。
私の実家であるグレンツユーバー侯爵家がモデストを引き取ることに決まったからだ。
黒髪、黒目という平凡な色味。
線が細く、儚げな印象が強い子だった。
それでいて、意志の強さを感じる眼差しが真っ直ぐで目が離せなかった。
一目で彼のことが好きになった私だが……
『ふんっ、頼りなさそうな顔してるのね。せいぜい、私に迷惑をかけないように』と心にもないことを言ってしまったのだ。
本当は『私に全て任せてね』というだけでよかったのに。
最悪の出会いである。
やり直せるものなら、やり直したい。
だが、もう既に遅いのだ。
乱暴に髪を引っ張られ、馬車から放り出された。
強かに背中を打ち、強烈な痛みを感じる。
でも、痛みに顔を歪める暇すら貰えなかった。
私の身体を強烈で堪えがたい衝撃が貫いていた。
シーロの剣で袈裟懸けに斬られ、トマスの剣が内臓を抉るように深く、刺し込まれていたのだ。
「あっ……ぐぅ……これが旦那様の望ん……」
最後まで機会を与えられないまま、感じたことがないほどの強い衝撃を首に受け、私の意識は深く昏い闇の底へと沈んでいくのだった。
(もういいわ……これで私は……自由になれるわ……もう疲れたのよ)
その日、かつて『ラピドゥフルの薔薇』と呼ばれた一人の女、セラフィナが死んだ。
その美しさと気位の高さで王である夫を省みることなく見下し、贅を尽くす放蕩暮らしを続けた悪妻。
敵国であるガレア帝国の皇族と関係を持ち、内通した手の者を城内に招き入れ、王を弑する計画を立てた稀代の悪女。
事が露見し、断罪されたセラフィナは辺境の寂れた修道院に生涯、幽閉されることが決まった。
そして、修道院への護送中、王の意を汲んだ騎士の手にかかり、無残な最期を遂げたのだ。
彼女の死を悼む者など誰一人いない。
彼女が愛し、最後までその身を案じていた息子ブラスも無慈悲に処断された。
北方の強国ガレアへの内通という身に覚えのない罪により、罪人として処刑されたのである。
首だけになってもまだ、凛とした美しさを保ったままの妻セラフィナと対面することになったトリフルーメ王モデストはただ一言、零したという。
『何も殺すことはなかったのだ』と。
民は讃える。
悪逆の限りを尽くした女に慈悲を与える慈愛に溢れた偉大な王に栄光あれ、と。
嫌われ、憎まれ、散った彼女に良く似た真っ赤な薔薇の花が落ちていくのを見つめながら、男――モデストは力無く、呟いた。
「セラフィナ、また会おう」
0
お気に入りに追加
792
あなたにおすすめの小説
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
男と女の初夜
緑谷めい
恋愛
キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。
終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。
しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!
杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」
ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。
シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。
ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。
シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。
ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。
ブランディーヌは敗けを認めるしかない。
だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。
「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」
正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。
これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。
だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。
だから彼女はコリンヌに問うた。
「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね?
では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」
そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺!
◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。
◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結!
アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。
小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。
◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破!
アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)
王子様と朝チュンしたら……
梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる