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幕間 一時の休息

閑話 高速道を駆ける妖精

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(アスカ視点)

 闇のカーテンが下りた夜の町は静かだ。
 月明りと僅かな街灯が照らす暗闇に覆われた静かな市街地をまるで風のように駆け抜ける影が一つ。
 闇夜にあってもなお輝きを見せる黄金の美しい髪が夜風に靡く様子は、さながら金色の閃光が走っているかのようだ。

「噂の道はここか……」

 風のように待っていた美しき影がその動きを止め、郊外へと延びる自動車専用道路の中央に陣取った。

「噂通りなら、そろそろ出そうなんだけど」

 影の正体は美しい少女である。
 ブロンドの美しい髪と紫水晶のような虹彩を持つ瞳に日本人離れした彫りの深い顔立ちをしていた。
 少女の名は光宗 飛鳥みつむね あすか
 永遠なる機関エテルネル・モトゥールを発明した科学者・光宗博士の養女である。

 アスカは金色の髪をまとめ、ヘアゴムで留めると街灯がお化け電球のように点滅を繰り返す真新しく、舗装されたばかりの道に厳しい視線を送る。

 日が落ちたとはいえ、残暑が厳しいからか、かなり薄い生地の白いTシャツを着て短い丈のダメージジーンズを穿いていた。
 あまりに丈が短く、ホットパンツと言ってもおかしくないほどだ。
 露わになった腕と足は白磁のように白く、透き通った肌をしているが彼女の特徴をもっとも表しているのは人のそれとは明らかに違うやや耳介が張り出し、先端が尖った耳の形状だろう。
 アスカは妖精族エルフなのだ。

「……来たっ!」

 エルフの少女が見据える道の彼方より、周囲に轟く爆音を響かせ、ヘッドライトを煌々と点けたソレが現れた。
 その正体は辺りを照らすヘッドライト以外は闇に溶け込むような黒で染め上げられた大型バイクだ。
 バイクに跨り、アクセルを吹かしているのもやはり、黒のライダースーツを着ている。
 ただ、普通と異なる点が一つだけ、あった。
 ソレには人になくてはならないモノが欠けている。
 首から上になくてはならないモノがない。
 頭がないのだ!
 『首なしライダー』という名で知られる怪異だった。

 スロットルを全開にしたバイクがさらにスピードを上げ、一気に少女の目前に迫る。
 夜の闇に紛れる黒尽くめの現代の騎士ライダーは距離感を狂わせ、犠牲者を血祭りにあげる。
 狙われた者は気付かないうちに挽肉にされてしまうのだ。

「甘いのよっ!」

 エルフの少女――アスカは漆黒の機械仕掛けの馬の突進をいともたやすく、避けていた。
 常人ではとても、反応出来ない速度に即座に応じた反射神経と身体能力の高さは彼女が人ではなく、妖精の血を引いているからというだけに起因する訳ではなかった。
 格闘家グラップラーとしての鍛錬を積んだことにより、研ぎ澄まされた闘う者のさがとも言うべきものだ。

 驚異的な反射神経で反応し、跳躍しただけではなく空中で体を捻り、軌道を変えることにより、『首なしライダー』の一撃を躱したアスカは目標を失い、一瞬、無防備になった『首なしライダー』の肩口に目掛け、勢いをそのままに蹴りを放った。

「ちっ……そう、うまくはいかないかっ!」

 突進を避けられ、一瞬、隙を晒した『首なしライダー』だが、後輪をわざと滑らせることでアスカの飛び蹴りを避けていたのだ。
 『首なしライダー』はそのまま、再び、スロットルを開けると一気に距離を離す。
 アスカも深追いは避け、着地すると『首なしライダー』が走り去った方に厳しい視線を送る。
 その時だった。

「イヒヒヒヒヒ」
「しまった!?」

 アスカの背後で不気味な笑い声とともに突如、出現したのは鶯色の着物を着た上品な佇まいの老婆だ。
 しかし、その目に宿るのは常軌を逸した狂気の色であり、その見た目とは裏腹に信じられないような速度で鋭く伸びた爪がアスカの首筋を狙う。

「ぐっ」

 爪が今まさにアスカの喉笛を切り裂こうとしたその刹那、老婆の体が何かに弾かれ、数メートル以上吹き飛ばされる。
 それは鞭のようにしなる鋭い棘の生えた荊の蔓だった。
 三本の荊の鞭はまるで生きている蛇のようにうねりながら、お化け電球のように点滅を繰り返す街灯の上に立つ影の元に戻っていく。

「…………」

 影の正体は少女だった。
 正確には少女のように見えるモノだが……。
 アスカと老婆を見下ろす瞳は美しいルビーのような輝きを放っているが、そこに何の感情の色も浮かんでいない。
 夜の闇でもはっきりと分かる白磁のように白い肌とやや色素の薄い黄金の色を宿した髪が夜風に靡いていた。
 その背から、三本の荊の蔓と二対の濡れ羽色に彩られた鳥の翼が伸びていた。

「ギヒャヒャヒャヒャ!」

 狩りを邪魔されたことに腹を立てたのだろうか?
 老婆――『ターボばあちゃん』と呼ばれる怪異は獲物をアスカから、街灯の上の少女に変えたようだ。
 走るというよりも滑るように高速で動いていると表現した方が適切なほどに『ターボばあちゃん』の初動は速かった。

 アスカがまずいと察し、動こうとした瞬間、不思議なことが起きた。
 今まさに大地を蹴って、飛び掛からんとしていた『ターボばあちゃん』だった物体が六つに分割され、転がっていたのだ。
 頭部、胴体、手足がきれいに切断され、その顔には自分が機能停止したことに気付いてすらいないようだった。

 アスカは思った。
 瞬きをしている間に起きた出来事としか、考えられない。
 見えないほどの速度で何かに切断されたと推理出来るが、思考が目の前で起きた現実に追いつかない。

 そして、再び瞬きをした。

「!?」

 一瞬、心臓を鷲掴みにされたような言い知れない恐怖を感じ、アスカは目を見開いたまま、微動だに出来ない。
 街灯の上にいたはずの少女が目の前にいるのだ。
 アスカより、少し小柄で東欧の血を引いていると思しき、整った顔にまだ、あどけなさが残っている。
 しかし、その体から感じられる威圧は『首なしライダー』や『ターボばあちゃん』の比ではない。

 少女の紅玉の色をした瞳がアスカを値踏みするように見つめている。
 その距離はとても、近い。
 息がかかるほど、近づいてきた少女は何かを合点したのだろうか。
 不意に興味を失ったかのように視線を逸らし、薄く微笑んだ。

 ようやく、我に返ったアスカが瞬きをする。
 何事もなかったように静寂に支配された高速道がアスカの前に広がっていた。

「何だったの……あれ」

 空に浮かぶ僅かに雲のかかった月がアスカを静かに見守るように優しい光を放っていた。
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