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一幕 一級怪異襲来

第3話 チビの男女のくせに生意気やな

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 最初は怪異による小さな異変に過ぎなかった。
 誰も気づかない小さな綻びがやがて大きく、世界を変えていくことになる。

 そして、予想しえなかった大いなる災厄が起きた。
 化石燃料の喪失である。
 遠くない未来、化石燃料が枯渇することを懸念し、先進国を中心に自然の力を利用した発電への移行に注力していた。
 その結果、化石燃料への依存から、解き放たれるのは遠い未来ではないと思われていた。
 ところが、急に奪われるとなると話は違ってくる。
 原因は怪異による地球環境の急激な変化だった。

 世界各地に出現した大いなる怪異は人類の依存していたネットワークを全て、寸断したのだ。
 中東の油田地帯は黒き、大いなる怪異により喰らい尽くされ、奪還と解放を狙う人類の義勇軍と言うべき、国連軍も怪異に全く歯が立たないという現実を知らされるだけであった。
 空はジャンボジェット機よりも巨大な怪鳥に支配され、海も得体の知れない巨大な生物に占拠されたことにより、人類の生息域は急速に狭められていく。

 人類はこのまま、五里霧中を彷徨い、亡びの道の真っ只中にあるようだった。
 しかし、希望の光が射し込んだ。
 光宗みつむね博士の発明した画期的な永久機関永遠なる機関エテルネル・モトゥールだ。
 永遠なる機関エテルネル・モトゥールはこれまでの動力機関に代わり、人類の新たな力となった。
 装甲機兵アーマードマシナリーが開発され、反撃の狼煙が上がるのはそれから、間もなくのことである。
 そして、人類は再び、仮初の平和の時に興じる。

 だが、愚かな歴史は繰り返す。
 人ならざる力に対抗出来るようになった人類は再び、己の欲に走る行為を取るのだ。
 空を支配する強大な超級怪異――ルフ鳥、サンダーバードなどに抑えられた人類はその矛先を陸と海に向けた。

 結果として、世界は自衛と言う名の下にいくつかの地域に統合されていった。
 かつて、ヨーロッパと呼ばれた地域には欧州連邦共和国(Federal Republic of Europe)が成立した。
 旧体制時代より、共同構想があった地域だけに危急の時ともなれば、より強固な絆で結ばれると期待されたが、実際は思惑が絡み合い、世界でもっとも陰謀の渦蒔く、地域となった。

 太平洋とアジア諸地域はかつて、合衆国と呼ばれた国を中心に環太平洋機構(Pacific Rim Organization)を結成した。
 装甲機兵アーマードマシナリーの権威である故光宗博士の故国である日本もこの一員である。
 今のところ、この地域で超級怪異八岐大蛇が出現しているのは日本のみである。

 一方で広大なユーラシアの土地を所有するユーラシア連邦(Eurasian Federal)も結成されている。
 これはかつて、ロシアと中国と呼ばれていた国が国家の垣根を越えて、合併した連邦国と言っても過言では無い。
 しかし、それは表向きのことであり、元々のイデオロギーの違いは埋めがたく、連合でありながらもちぐはぐな関係と言われている。
 また、旧ロシア地域に出現した超級怪異・黒い神チェルノボグと旧中国地域に出現した超級怪異・四目牛頭の軍神蚩尤により、多大な被害を受けたことでも有名である。

 しかし、三地域ではまだ、国という体裁を取れているだけ、幸せなことかもしれない。
 南米やアフリカにおいては顕現した超級怪異に完全に支配された地域もあれば、怪異と人が手を組んだ不思議な地域まで出ていた。
 互いの覇権をかけ、争いを始め、さながら戦国乱世の様相を呈していたのである。



 刻明館学園。
 M半島Y市の市街地に校舎を構えた中高一貫の私立の教育機関として、知られている。
 しかし、この学園が私立とは名ばかりでその実、国の統制下にある特殊機関であることは周知の事実でもある。
 これは世界各地で怪異による事件が発生し、世界が混迷の時代に入ったことが大きく、影響している。
 各国が特殊な力を有する者を大至急、集める必要性に迫られた。
 刻明館はの施設である。

 天宮悠はその刻明館学園高等部に在籍する二年生だ。
 九月に入り、長い夏季休暇が終わり、二学期が始まろうとしていた。
 学生である以上、特殊な学校であっても授業日程は一般の学校とさして、変わりはないのだ。

 悠はスクエアタイプの眼鏡を軽く直すと自分の席へと向かった。
 いつも通り。
 何の変哲もない日常の日々の始まりである。

 彼にとって、学校は決して、憂鬱な空間ではない。
 だからといって、希望に満ち溢れた新学期の始まりとも言えないのが、悠という少年の置かれた微妙な状況だ。
 しかし、これこそが悠の望んだ平穏な日常でもあった。

 悠が掛けているスクエアタイプの眼鏡は養父が作った特別な物である。
 もし、なければ、平凡な日常を送れてはいなかっただろう。
 
 悠の義妹アスカもまた、彼と同じく特殊な事情の持ち主だ。
 彼女もこの特別な道具を必要とする者だが、眼鏡は断固として、拒否した。
 あろうことか、恩人であるはずの養父に噛みついてでも拒否したのだ。
 その結果、妥協して折れたのは養父の方だった。
 結局、ブレスレット状の新たな装具を開発したのだから、アスカの気の強さは青天井とも言えるだろう。

 悠が着いた席は窓際ではなかった。
 その一列隣の最後尾。
 窓際の最後尾ともなれば、多少のアドバンテージを感じさせる席順と言えるが、少々残念さを感じさせる席順でもある。
 後ろの席からの威圧感がないという意味ではストレスは少ないかもしれないが……。

「…………」

 悠の左隣の席――窓際の最後尾で今日も一人、静かに本を読んでいる同級生の名は月影 百合愛つきかげ ユーリャ
 スラブ系の血が入り、名と姿に異国情緒が漂う不思議な少女だった。
 きれいな姿勢でちょっと俯き加減に読書に集中している姿はあくまで文学少女といった風情を保っており、絵になる姿だ。
 しかし、百合愛が誰かと喋ったり、発言しているのを見た者はいない。

 同じクラスになってから、二年近く経過していながら、悠も一度として彼女の声を聞いたことがない。
 席に着いた悠は一時限目の準備をする振りをして、百合愛の様子をこっそり窺うことにした。

 気になる異性のことを何でもいいから、知りたいと思う思春期特有の性だったのかもしれない。
 彼女は本を読むのに夢中でどこか、不審な悠の様子にも気付いていないようだ。
 悠本人は気付いていないが、彼の目線はまるで視姦するかのように隣席の少女を凝視している。

 気付いているのか、気付いてないのか。
 百合愛は顔にかかる髪をさりげない所作で直した。
 心無し、その顔が上気しているように見えたのは悠の望みが垣間見せた刹那の夢だったのかもしれない。

 百合愛は鼻筋が通っており、やや日本人離れした西洋人的な面立ちだ。
 その割にあどけない表情に見えるのは全体の輪郭が丸みを帯びているのが影響しているようだ。
 高校生ではなく、小学生と言っても違和感がない。
 肌も抜けるように白く、きめが細かい。
 まるで黒髪のビスクドールのような趣のある少女、それが百合愛だった。
 小柄ではないものの体つきは華奢で小顔と手足の長さも相まって、スレンダーなモデルのような美しい体型をしていた。

 ただ、悠の目線は彼女の胸にいったところでちょっと残念そうに軽く、溜息を吐いた。

「…………(ギロッ)」

 本に集中していた百合愛が、気のせいではなく、はっきりと悠を横目で睨みつけた。
 視線に気付かれた、気を付けないといけない。
 悠は慌てて、目を逸らす。
 そのせいで彼女の目に嫌悪を示す感情の色が浮かんでいないことに気付きやしなかった。

 そんなこととも知らず、悠は一人、思案を巡らした。
 手入れが行き届いた艶やかな黒髪もきれいで
 窓から、入ってくる風で靡く、彼女の長い髪を見ているだけでドキドキする自分はおかしいのだろうか、と。

 そして、再び、横目で百合愛に視線をやった。
 ワインレッドのリボンで左右を結んだツインテールにしている彼女の髪が窓から、入って来た折からの風で優雅に靡いていた。
 ふと気付くのはその前髪を留めている三日月の形をした髪留めだった。

 悠は再び、思案を巡らす。
 気に入っているアクセサリーなんだろうか?
 いつも身に着けている気がすると気付いた時、これでは自分がストーカーのようではないかと。

 違う。
 そうじゃない。
 僕は必要以上に人と関わらないようにしているからだ。
 友達をつくれないんじゃない。
 つくらないのだ。
 僕みたいな人間が友達をつくってはいけないのだ。

 悠はそう考えていた。
 いや、考えざるを得なかったのだろう。

 登校してきた生徒が増え、段々と騒々しさが増してきた教室にあって、一際目立つ大きな声が響いている。

「だからさ、本当なんやって。蘆ノ湖から、光が飛んで行って、長野のヤツが祓われたんや」

 部活動の朝練を終えたのだろうか。
 上下を濃紺のジャージ姿のままでいるスポーツ少年が声の主である木田だった。
 髪を金髪に染め、三白眼で目つきが悪い容貌のせいか、ガタイのいい不良といった印象を与えがちな木田だが、見た目とは裏腹に成績優秀な優等生である。

「どこ情報なんですか、それ」

 自分の机の前で身振り手振りを交え、大声で語る木田に胡乱な目を向けるのは丸眼鏡を掛けたおとなしそうな少年――河本だった。
 白のワイシャツをきっちりと第一ボタンまで留めており、今時珍しい七三分けにした髪からも分かる通り、真面目が服を着て、歩いているような少年である。

 木田と河本は親友だが、性格も思考もまるで正反対に位置していると言っても過言では無い。

「そりゃ、秘密やで。ひ・み・つ。極秘情報って、やつやな」

 木田の話に出てきた『長野のヤツ』とは『根の国』島根に出現した八つの首を有した超級怪異・八岐大蛇の分霊とされる存在である。
 八岐大蛇による脅威で混乱に陥っている西日本に比べ、霊的結界と呼ばれる呪術を用いた防御陣が敷かれていた京都と東京を中心とした諸地域は比較的、被害を受けていなかった。
 ところが楔のように現れた『長野のヤツ』により、東と西の連絡網が断たれたのである。
 自衛隊は総力を持って、長野の脅威を取り除こうと動いていたが、未だ果たせていなかった。
 その長野の脅威が昨晩、発生した不思議な現象によって、取り除かれたと木田は言っているのだった。

「「あいたっ」」

 その時、小気味のいい音とともに木田と河本の頭が大きなハリセンではたかれた。
 二人の少年を血祭りにあげたハリセンを手に仁王立ちしているのはクラス委員を務める稲村 瑞希いなむら みずきである。
 小柄で華奢な彼女が持っているせいか、ハリセンが余計に大きく見えるのは御愛嬌といったところだろう。

「くだらないことを喋ってないでさっさと席に戻んなさいよ」
「チビの男女のくせに生意気やな」
「あんですって! 表に出なさいよ」
「上等や! やったるわ」
「ちょっ!? 二人とももうすぐホームルームが始まるって」

 瑞希は小柄で濡れ羽色の髪をおかっぱ頭にした高校生というにはまだ、幼さが抜けきれないものの人にかわいらしい印象を与える少女だ。
 瑞希をキャンキャンとかわいらしく、吠えたてるチワワに例えると木田はちょっと風格のある野良犬のように見える。
 喧嘩をしているようで喧嘩にはまるで見えない。
 周囲もそう捉えているのか、二人がじゃれ合っているだけとしか、思われていないようだった。

 河本は一人オロオロとした様子で丸眼鏡の下で瞳がどちらの味方をすればいいのか、右往左往している。
 その姿は個性が強すぎる二人に振り回されているようにも見える。

 友人と呼べる友人を持たない悠はそんな三人の様子を楽し気に眺めていた。
 それだけでまるで十分とも言える満足感を得ていたのだ。

 虚しくもなければ、悔しくもなく、悲しくもない。
 そう強がる悠だが、その心の底では悩みを打ち明けられる友人が欲しいと願っていた。
 そんなことを望んではならない。
 そう思いながらもつい、心のどこかで彼は願っていたのかもしれない。
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