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第二部 偽りから生まれる真実
閑話 無貌の闇
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(三人称視点)
無貌。
またの名を幻想。
伝説的な逸話を残す幻の戦士である。
彼はカーズニの最高機密であり、幹部である七悪の一人だ。
だがビィズリキーの名にふさわしく、彼の素顔を知る者は誰もいない。
シンデレラの教官を務め、彼女に魔眼を抑える眼鏡を与えたのもビィズリキーその人である。
このビィズリキーとシルヴィオ・ジェレメントことアーベントの育ての親である盗賊ギルド長・真夜中は同一人物である。
そればかりか、時に薔薇姫に独自の指令を与えるフロントの正体であり、バーのマスターでもある。
それではこのビィズリキーとは一体、何者なのだろうか?
彼は完全なる闇から、生まれた小さき闇だった。
闇がそのまま、具現化した黒い粘液質の生命体に過ぎなかった。
何ら、自我を持たない彼は無貌だったのである。
長い年月を経て、彼は様々な力を身に着けた恐るべき生物へと進化していたが、未だに己が何者であるのか、分からないままだった。
多くの生物を観察した彼が出会ったのが人という生き物だ。
彼は願った。
誰か、教えてくれ。
自分が何者であるのか。
何をすればいいのか。
誰か、教えてくれ、と……。
その願いは聞き届けられた。
彼が出会った少女を一言で表すのならば、全き白である。
色素が薄く、白に近いプラチナブロンドの髪にやや透明感が強い透き通るような紅玉のような瞳の儚い美しさを醸す少女だった。
「ねぇ。あたしの友達になってよ」
「と……もだ……ち?」
「そう。友達。素敵でしょ。あたしはルジェナ。あなたは?」
「わか……ら……ない」
「そう。じゃあ、あなたはイリュージヤね。呼びにくいから、イルって呼ぶわ
屈託のない笑顔を浮かべる少女を前に何も無かった小さき闇の中に初めて、心というものが生れた瞬間である。
ルジェナはその世界で孤独だった。
両親に溺愛され、愛を与えられる世界に生きてきた彼女だったが、ある日を境に全く、知らない世界に放り出されてしまったのだ。
神の悪戯というにはあまりにも悪質な出来事に当初は嘆き悲しむだけだったルジェナだが、もって生まれた性格と特質もあって、立ち直るのは意外と早かった。
縁も所縁もない世界を巡り、そして、出会ったのが小さき闇だったのである。
「友達は大切なものなんだって。だから、守らなくちゃいけないの」
「ルジェナ。友達。守る」
小さき闇は放浪の旅の中で人の形に化けることを学び、ものにしていた。
未だたどたとしさはあったが言語を解し、人間がどういう生き物であるのかと理解していた。
彼の中に感情と思しき不思議なものが生れつつあったのだ。
ルジェナとイリュージヤの終わりなき旅にも終わりが訪れる。
彼らの終着点は後にリューリク公国と呼ばれる土地だった。
イリュージヤは徐々に人らしくなっていった。
そんな彼の様子を目を細め、慈愛に満ちた表情で見つめるルジェナだったが、いつしか歩くことすらおぼつかなくなり、次第にやつれていく。
出会った頃のルジェナのお腹新しい生命が宿っていたとは、何も知らないイリュージヤは知る由もなかった。
「約束よ。イル」
「分かっている。約束は永遠だ。君を忘れない」
イリュージヤは永遠の友の手を握ろうとするが、その手は空を切る。
光の粒子となって消えつつあるルジェナを前に何もすることが出来ない己を恨むかのように唇を嚙み締めたイリュージヤは、自分の目から零れ落ちる物が涙であることをその日、初めて知った。
「約束だ。友達は守る」
イリュージヤは元気な産声を上げる男の赤ちゃんを抱き上げると片手で涙を拭い、決意を新たにしていた。
守れなかった約束を永遠に守ってみせよう、と……。
この男の赤子が後に薔薇の王と呼ばれることになるリューリク公国の初代公王ロディオン・チェムノタリオトである。
リューリクの始祖は半神のアールヴ――エルフとも呼ばれる神と妖精の中間に位置する低位の神格を持つ種――であるとされていたが、実は神の血を引いていたのだ。
そのことを知る者はただ一人。
いつの時代にも現れ、リューリクを守る黒き騎士。
彼の名を知る者は誰もいない。
そして、イリュージヤは未だに友ルジェナとの約束を守っている。
彼女の血を引く者を守る。
それが彼の生きる意味であり、全てである。
無貌。
またの名を幻想。
伝説的な逸話を残す幻の戦士である。
彼はカーズニの最高機密であり、幹部である七悪の一人だ。
だがビィズリキーの名にふさわしく、彼の素顔を知る者は誰もいない。
シンデレラの教官を務め、彼女に魔眼を抑える眼鏡を与えたのもビィズリキーその人である。
このビィズリキーとシルヴィオ・ジェレメントことアーベントの育ての親である盗賊ギルド長・真夜中は同一人物である。
そればかりか、時に薔薇姫に独自の指令を与えるフロントの正体であり、バーのマスターでもある。
それではこのビィズリキーとは一体、何者なのだろうか?
彼は完全なる闇から、生まれた小さき闇だった。
闇がそのまま、具現化した黒い粘液質の生命体に過ぎなかった。
何ら、自我を持たない彼は無貌だったのである。
長い年月を経て、彼は様々な力を身に着けた恐るべき生物へと進化していたが、未だに己が何者であるのか、分からないままだった。
多くの生物を観察した彼が出会ったのが人という生き物だ。
彼は願った。
誰か、教えてくれ。
自分が何者であるのか。
何をすればいいのか。
誰か、教えてくれ、と……。
その願いは聞き届けられた。
彼が出会った少女を一言で表すのならば、全き白である。
色素が薄く、白に近いプラチナブロンドの髪にやや透明感が強い透き通るような紅玉のような瞳の儚い美しさを醸す少女だった。
「ねぇ。あたしの友達になってよ」
「と……もだ……ち?」
「そう。友達。素敵でしょ。あたしはルジェナ。あなたは?」
「わか……ら……ない」
「そう。じゃあ、あなたはイリュージヤね。呼びにくいから、イルって呼ぶわ
屈託のない笑顔を浮かべる少女を前に何も無かった小さき闇の中に初めて、心というものが生れた瞬間である。
ルジェナはその世界で孤独だった。
両親に溺愛され、愛を与えられる世界に生きてきた彼女だったが、ある日を境に全く、知らない世界に放り出されてしまったのだ。
神の悪戯というにはあまりにも悪質な出来事に当初は嘆き悲しむだけだったルジェナだが、もって生まれた性格と特質もあって、立ち直るのは意外と早かった。
縁も所縁もない世界を巡り、そして、出会ったのが小さき闇だったのである。
「友達は大切なものなんだって。だから、守らなくちゃいけないの」
「ルジェナ。友達。守る」
小さき闇は放浪の旅の中で人の形に化けることを学び、ものにしていた。
未だたどたとしさはあったが言語を解し、人間がどういう生き物であるのかと理解していた。
彼の中に感情と思しき不思議なものが生れつつあったのだ。
ルジェナとイリュージヤの終わりなき旅にも終わりが訪れる。
彼らの終着点は後にリューリク公国と呼ばれる土地だった。
イリュージヤは徐々に人らしくなっていった。
そんな彼の様子を目を細め、慈愛に満ちた表情で見つめるルジェナだったが、いつしか歩くことすらおぼつかなくなり、次第にやつれていく。
出会った頃のルジェナのお腹新しい生命が宿っていたとは、何も知らないイリュージヤは知る由もなかった。
「約束よ。イル」
「分かっている。約束は永遠だ。君を忘れない」
イリュージヤは永遠の友の手を握ろうとするが、その手は空を切る。
光の粒子となって消えつつあるルジェナを前に何もすることが出来ない己を恨むかのように唇を嚙み締めたイリュージヤは、自分の目から零れ落ちる物が涙であることをその日、初めて知った。
「約束だ。友達は守る」
イリュージヤは元気な産声を上げる男の赤ちゃんを抱き上げると片手で涙を拭い、決意を新たにしていた。
守れなかった約束を永遠に守ってみせよう、と……。
この男の赤子が後に薔薇の王と呼ばれることになるリューリク公国の初代公王ロディオン・チェムノタリオトである。
リューリクの始祖は半神のアールヴ――エルフとも呼ばれる神と妖精の中間に位置する低位の神格を持つ種――であるとされていたが、実は神の血を引いていたのだ。
そのことを知る者はただ一人。
いつの時代にも現れ、リューリクを守る黒き騎士。
彼の名を知る者は誰もいない。
そして、イリュージヤは未だに友ルジェナとの約束を守っている。
彼女の血を引く者を守る。
それが彼の生きる意味であり、全てである。
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