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第二部 偽りから生まれる真実
第51話 彼の心も彷徨う
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(アーベント視点)
オスカー・キッシンガー。
首脳会議に出席するハンマブルクの外務卿だ。
和平派・急進派の政治家として知られる彼の手腕は確かなものであり、今回の首脳会議で自由都市同盟と自由共和国の間に恒久的な和平条約が締結される可能性が高くなっている。
恐らくはそれが影響している。
密告があった。
キッシンガー卿の暗殺計画だ。
動くのは自由共和国の謎多き組織・処刑。
絶対に阻止しなくては……。
世界が炎に包まれるなど、あってはならない。
俺の最優先事項は青い鳥作戦だ。
その俺が招集された。
かなり差し迫った状況にあるとみて、間違いない。
今回の護衛任務に失敗は許されない。
頼りになる共闘者がいるとのことだが……。
現地での合流と聞いていた。
姿を見て、それはそうだろうと頷かざるを得ない。
あの『薔薇姫』とはね。
処刑が暗殺計画を動かしているのにおかしな話だ。
どうなっているんだ?
俺にはさっぱり、分からない。
東も一枚岩ではないということか?
残念なことに西も……自由都市同盟も必ずしも一致して、動いているとは言い難い。
主導権を握るのはどこか。
そこに主眼が置かれているのではないかと疑いたくなる足の引っ張り合いが行われているのが現状だ。
本当に分かっているのだろうか?
お姫様は相変わらず、つれない。
態度の節々でツンツンしている割にどこか憎めないところがあり、懐かない野良猫のように思えてくる。
不思議だ。
つい揶揄いたくなる自分がいる。
俺はそういう人間だったのか?
自分で自分が理解出来ない。
おかしな話だが、彼女の反応を見たかったからとしか思えないのだ。
なぜだろうか?
彼女のことが気になっているとでもいうのだろうか?
それは任務の対象としてであり、個人的な感傷や感情を抱くはずは……。
しかし、不思議なこともある。
薔薇姫とは一度、刃を交えた仲。
いや、違うか。
あれは俺が一方的に蹴られただけに過ぎない。
それなのに彼女と一緒にいられるこの時が殊の外、心地良く感じられる。
背中を預け、安心して前を向けられるのはなぜだ?
しかし、楽しいパーティーにも終わりは来る。
これは必然であり、逃れられない運命と言うべきだろう。
そう思わないとやってられないな。
「それではごきげんよう」
思わず見惚れるきれいなカーテシーだった。
そして、彼女は姿を消した。
あまりにもあっさりとしているじゃないか。
もう少し、何かあってもいいのではないか?
こんな風に考える俺がおかしいのだろうか。
「それよりも……だ。どうするか、だな」
目の前の状況をどうするべきか、考えなくてはなるまい。
意識を失った処刑の少女か。
貴重なサンプルではあるが、ここはトゥルブレンツに委ねる以外ないだろうな。
首脳会議の間、商人ギルドは表向きには業務を停止している。
あくまで表向きである。
トゥルブレンツと俺だけが、内々の事務という名目のもとにギルドを利用しているに過ぎない。
カモフラージュにこれほど、便利な物はあるまい。
「うむ。事情は分かったよ。この少女は吾輩に任せてくれたまえ」
「それでは俺は戻ります」
「ああ。長々と引き留めて、すまなかったね」
トゥルブレンツがああ言った以上、任せるしかない。
俺は本来の任務に戻るだけだ。
青い鳥作戦こそ、俺に与えられた最優先事項。
思ったよりも時間を食ってしまったのが不味い。
アリーさんを迎えに行くつもりだったに予定が狂ったな。
これではまるで道化だよ。
念の為、正面玄関からではなく、裏口から出ると心ここにあらずといった表情のアリーさんが佇んでいる。
やはり、彼女の方が先に来ていたか。
申し訳ないことをした。
労わるように声をかけると花が咲くような笑顔を向けられ、自然と自分まで微笑んでしまった。
ナイト・ストーカーとしてはあるまじきことだ。
己の感情を消さねばならないのにどうにも動揺している。
「あら? お顔に傷が……」
アリーさんと何気ない日常会話を交わし、通りを歩いていると彼女と本当の夫婦ではないのかと錯覚を起こしそうだ。
そう本当の夫婦ではない。
なぜだ? 本当の夫婦であってもいいのではないか?
そんな風に考え始めている俺がいる……。
しかし、アリーさんの鋭い一言が俺を現実に引き戻した。
「ああ。これですか」
気づかないうちに薔薇姫に付けられた右頬の切り傷だった。
覆面の上から、薄っすらと傷を付けるとはとんでもない技量の持ち主としか、言えない。
それを気付かれてしまったようだ。
アリーさんがそれだけ、俺のことを良く見ているということだろうか?
「ギルドの方で少々、揉め事がありましてね。今日は内々でその処理をしていたのですが、その時に引っかかれたんですよ」
「そうだったんですね」
マニュアルに従った完璧な回答だ。
怪しまれることはないはずだが、妙なところで勘の鋭い彼女に悟られないとも限らない。
ところが、アリーさんはそう言うと両手をパチンと合わせ、大きな目を開いて、心底驚いてみせる。
信じたのか? 全部、信じたのか?
アリーさん、さすがにそれはどうかと思うんだが……。
「治癒しますね」
アリーさんの白魚のような指が、俺の顔へと伸ばされ、温かい光を感じる。
おや? この傷は……
「アリーさん。薬指に傷がありますよ」
「え?」
あの時、俺は薔薇姫への意趣返しもあって、彼女の左手薬指に気付かれないような僅かな傷を付けた。
全く、同じ場所に似たような傷か。
そういえば、アリーさんと薔薇姫は似たような髪と瞳の色をしているが……。
いや、しかし、纏う雰囲気が違う。
そんな訳ないだろう。
俺は頭の中に微かに浮かんだ疑念を吹き消すように軽く、頭を振る。
オスカー・キッシンガー。
首脳会議に出席するハンマブルクの外務卿だ。
和平派・急進派の政治家として知られる彼の手腕は確かなものであり、今回の首脳会議で自由都市同盟と自由共和国の間に恒久的な和平条約が締結される可能性が高くなっている。
恐らくはそれが影響している。
密告があった。
キッシンガー卿の暗殺計画だ。
動くのは自由共和国の謎多き組織・処刑。
絶対に阻止しなくては……。
世界が炎に包まれるなど、あってはならない。
俺の最優先事項は青い鳥作戦だ。
その俺が招集された。
かなり差し迫った状況にあるとみて、間違いない。
今回の護衛任務に失敗は許されない。
頼りになる共闘者がいるとのことだが……。
現地での合流と聞いていた。
姿を見て、それはそうだろうと頷かざるを得ない。
あの『薔薇姫』とはね。
処刑が暗殺計画を動かしているのにおかしな話だ。
どうなっているんだ?
俺にはさっぱり、分からない。
東も一枚岩ではないということか?
残念なことに西も……自由都市同盟も必ずしも一致して、動いているとは言い難い。
主導権を握るのはどこか。
そこに主眼が置かれているのではないかと疑いたくなる足の引っ張り合いが行われているのが現状だ。
本当に分かっているのだろうか?
お姫様は相変わらず、つれない。
態度の節々でツンツンしている割にどこか憎めないところがあり、懐かない野良猫のように思えてくる。
不思議だ。
つい揶揄いたくなる自分がいる。
俺はそういう人間だったのか?
自分で自分が理解出来ない。
おかしな話だが、彼女の反応を見たかったからとしか思えないのだ。
なぜだろうか?
彼女のことが気になっているとでもいうのだろうか?
それは任務の対象としてであり、個人的な感傷や感情を抱くはずは……。
しかし、不思議なこともある。
薔薇姫とは一度、刃を交えた仲。
いや、違うか。
あれは俺が一方的に蹴られただけに過ぎない。
それなのに彼女と一緒にいられるこの時が殊の外、心地良く感じられる。
背中を預け、安心して前を向けられるのはなぜだ?
しかし、楽しいパーティーにも終わりは来る。
これは必然であり、逃れられない運命と言うべきだろう。
そう思わないとやってられないな。
「それではごきげんよう」
思わず見惚れるきれいなカーテシーだった。
そして、彼女は姿を消した。
あまりにもあっさりとしているじゃないか。
もう少し、何かあってもいいのではないか?
こんな風に考える俺がおかしいのだろうか。
「それよりも……だ。どうするか、だな」
目の前の状況をどうするべきか、考えなくてはなるまい。
意識を失った処刑の少女か。
貴重なサンプルではあるが、ここはトゥルブレンツに委ねる以外ないだろうな。
首脳会議の間、商人ギルドは表向きには業務を停止している。
あくまで表向きである。
トゥルブレンツと俺だけが、内々の事務という名目のもとにギルドを利用しているに過ぎない。
カモフラージュにこれほど、便利な物はあるまい。
「うむ。事情は分かったよ。この少女は吾輩に任せてくれたまえ」
「それでは俺は戻ります」
「ああ。長々と引き留めて、すまなかったね」
トゥルブレンツがああ言った以上、任せるしかない。
俺は本来の任務に戻るだけだ。
青い鳥作戦こそ、俺に与えられた最優先事項。
思ったよりも時間を食ってしまったのが不味い。
アリーさんを迎えに行くつもりだったに予定が狂ったな。
これではまるで道化だよ。
念の為、正面玄関からではなく、裏口から出ると心ここにあらずといった表情のアリーさんが佇んでいる。
やはり、彼女の方が先に来ていたか。
申し訳ないことをした。
労わるように声をかけると花が咲くような笑顔を向けられ、自然と自分まで微笑んでしまった。
ナイト・ストーカーとしてはあるまじきことだ。
己の感情を消さねばならないのにどうにも動揺している。
「あら? お顔に傷が……」
アリーさんと何気ない日常会話を交わし、通りを歩いていると彼女と本当の夫婦ではないのかと錯覚を起こしそうだ。
そう本当の夫婦ではない。
なぜだ? 本当の夫婦であってもいいのではないか?
そんな風に考え始めている俺がいる……。
しかし、アリーさんの鋭い一言が俺を現実に引き戻した。
「ああ。これですか」
気づかないうちに薔薇姫に付けられた右頬の切り傷だった。
覆面の上から、薄っすらと傷を付けるとはとんでもない技量の持ち主としか、言えない。
それを気付かれてしまったようだ。
アリーさんがそれだけ、俺のことを良く見ているということだろうか?
「ギルドの方で少々、揉め事がありましてね。今日は内々でその処理をしていたのですが、その時に引っかかれたんですよ」
「そうだったんですね」
マニュアルに従った完璧な回答だ。
怪しまれることはないはずだが、妙なところで勘の鋭い彼女に悟られないとも限らない。
ところが、アリーさんはそう言うと両手をパチンと合わせ、大きな目を開いて、心底驚いてみせる。
信じたのか? 全部、信じたのか?
アリーさん、さすがにそれはどうかと思うんだが……。
「治癒しますね」
アリーさんの白魚のような指が、俺の顔へと伸ばされ、温かい光を感じる。
おや? この傷は……
「アリーさん。薬指に傷がありますよ」
「え?」
あの時、俺は薔薇姫への意趣返しもあって、彼女の左手薬指に気付かれないような僅かな傷を付けた。
全く、同じ場所に似たような傷か。
そういえば、アリーさんと薔薇姫は似たような髪と瞳の色をしているが……。
いや、しかし、纏う雰囲気が違う。
そんな訳ないだろう。
俺は頭の中に微かに浮かんだ疑念を吹き消すように軽く、頭を振る。
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