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第二部 偽りから生まれる真実
第42話 彼は絡まれた
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(アーベント視点)
アリーさんがパミュと風呂に入るのを優先させているので当然、俺の風呂は残り湯となる。
ついでに掃除まで済ませておく。
ナイト・ストーカーの清掃マニュアルは完璧なのだ。
「くおりゃあ。ひるはん。ほりあえずぅ。ひょこにしゅわりなしゃい」
さっぱりとした気分で既に照明が落ちているリビングを通り、自室に戻ろうとすると不意にアリーさんの大きな声が木霊した。
そこにいたのか!?
全く、気が付かなかった。
この剣聖である俺に気取らせないとは一体、どういうことだろうか?
当然のように湧いてきた疑問だが、それよりもアリーさんの呂律が回っていない喋り方が気になってしまった。
舌足らずで可愛い……いや、違う違う。
そうじゃないだろう、アーベント。
あれは飲んでしまったんだろう。
蕩けたように上気している顔色。
潤んだ瞳。
間違いない。
アルコールを摂取している。
彼女はお酒を飲んではいけないのではなかったか?
行きつけのバーで暴れて以来、飲んだことがないと言っていたはずだが……。
「ひるはん。あにゃたぁ……あひゃしのこと、ろう思ってるんれふか? ひっく」
「あの。アリーさん、もうそれくらいでやめた方がいいのでは」
非常にまずい。
目が据わっていて、猫科の肉食獣の目つきになっている。
まるで人を一人、殺してきたと言わんばかりの顔だ。
しゃっくりをしながら、アリーさんは何と、グラスに注ぐのがもどかしくなったのか、瓶から直に飲み始めた。
いい飲みっぷりだ、などと悠長なことを言っている場合ではない。
酒に弱い人間があんなにも大量に摂取するのは危険なのだ。
やめさせたいところだが、既に瓶は空になっている……。
全部、飲んでしまうとは大丈夫なのか?
「ぷはぁ。こらえてくらはいよぉ? ひっく」
「ア、アリーさんには僕の妻として、パミュの母親として、感謝してますよ」
「あ゛ぁ? しょうゆーことりゃ、ないんれすよぉ。ふええええん」
怒り始めたと思ったら、今度は幼子のように泣き始めた。
絡み酒で泣き上戸とはかなり、質が悪いな。
おまけに絡まれているのに呂律が回っていないことで妙に可愛い……は!?
今、俺は何を考えていた?
俺はマニュアルに従って、満点解答をしただけに過ぎない。
そこに感情が入る余地など、なかったはずだ。
それがアリーさんのことを可愛いと思った。
おかしい。
どうにも彼女と一緒にいると調子が狂う。
「アリーさん」
「ひ、ひ、ひゃぁい」
満足してもらえなかった、ということか。
アリーさんが俺に望んでいるのは何だ?
まさか、彼女は俺と男女の関係になりたいということか?
本物の夫婦か。
それは考えていなかった事案ではある。
悪くないのではないか。
そう考え始めている俺はおかしくない。
実に合理的に考えた結果なのだ。
「僕と本当に結婚し……ぐわ」
彼女の手を握るとお酒のせいだけではなく、恥じらいで頬を染めているように見える。
間違いない。
そう考えた俺はアリーさんを立ち上がらせ、優しく抱き締めようとした次の瞬間、意識が飛んだ。
何と俺の身体が宙を舞っていたのだ。
意識を喪失したのは一瞬だったので体勢を立て直し、床に着地したが顎が痛む。
アリーさんを見るとゆらゆらと体を揺らしているが、その右腕が天井を指していた。
全く、俺ともあろう者が油断していた。
至近距離でこんなにいいアッパーカットを喰らってしまうとは……。
そして、夢を見た。
夢を見るのは随分と久しぶりのことに感じる。
『〇×▽◇。これでもう痛くないわ』
太陽の光を受け、キラキラと輝く金糸のような髪の女性が頭を優しく、擦るように撫でていた。
逆光のせいか、はっきりと顔が分からないのがもどかしい。
分かるのは彼女の瞳がまるで紫水晶のようにきれいだったということだけだ。
このどこか懐かしさを覚える不思議な感じは一体、何なのだろうか?
アリーさんがパミュと風呂に入るのを優先させているので当然、俺の風呂は残り湯となる。
ついでに掃除まで済ませておく。
ナイト・ストーカーの清掃マニュアルは完璧なのだ。
「くおりゃあ。ひるはん。ほりあえずぅ。ひょこにしゅわりなしゃい」
さっぱりとした気分で既に照明が落ちているリビングを通り、自室に戻ろうとすると不意にアリーさんの大きな声が木霊した。
そこにいたのか!?
全く、気が付かなかった。
この剣聖である俺に気取らせないとは一体、どういうことだろうか?
当然のように湧いてきた疑問だが、それよりもアリーさんの呂律が回っていない喋り方が気になってしまった。
舌足らずで可愛い……いや、違う違う。
そうじゃないだろう、アーベント。
あれは飲んでしまったんだろう。
蕩けたように上気している顔色。
潤んだ瞳。
間違いない。
アルコールを摂取している。
彼女はお酒を飲んではいけないのではなかったか?
行きつけのバーで暴れて以来、飲んだことがないと言っていたはずだが……。
「ひるはん。あにゃたぁ……あひゃしのこと、ろう思ってるんれふか? ひっく」
「あの。アリーさん、もうそれくらいでやめた方がいいのでは」
非常にまずい。
目が据わっていて、猫科の肉食獣の目つきになっている。
まるで人を一人、殺してきたと言わんばかりの顔だ。
しゃっくりをしながら、アリーさんは何と、グラスに注ぐのがもどかしくなったのか、瓶から直に飲み始めた。
いい飲みっぷりだ、などと悠長なことを言っている場合ではない。
酒に弱い人間があんなにも大量に摂取するのは危険なのだ。
やめさせたいところだが、既に瓶は空になっている……。
全部、飲んでしまうとは大丈夫なのか?
「ぷはぁ。こらえてくらはいよぉ? ひっく」
「ア、アリーさんには僕の妻として、パミュの母親として、感謝してますよ」
「あ゛ぁ? しょうゆーことりゃ、ないんれすよぉ。ふええええん」
怒り始めたと思ったら、今度は幼子のように泣き始めた。
絡み酒で泣き上戸とはかなり、質が悪いな。
おまけに絡まれているのに呂律が回っていないことで妙に可愛い……は!?
今、俺は何を考えていた?
俺はマニュアルに従って、満点解答をしただけに過ぎない。
そこに感情が入る余地など、なかったはずだ。
それがアリーさんのことを可愛いと思った。
おかしい。
どうにも彼女と一緒にいると調子が狂う。
「アリーさん」
「ひ、ひ、ひゃぁい」
満足してもらえなかった、ということか。
アリーさんが俺に望んでいるのは何だ?
まさか、彼女は俺と男女の関係になりたいということか?
本物の夫婦か。
それは考えていなかった事案ではある。
悪くないのではないか。
そう考え始めている俺はおかしくない。
実に合理的に考えた結果なのだ。
「僕と本当に結婚し……ぐわ」
彼女の手を握るとお酒のせいだけではなく、恥じらいで頬を染めているように見える。
間違いない。
そう考えた俺はアリーさんを立ち上がらせ、優しく抱き締めようとした次の瞬間、意識が飛んだ。
何と俺の身体が宙を舞っていたのだ。
意識を喪失したのは一瞬だったので体勢を立て直し、床に着地したが顎が痛む。
アリーさんを見るとゆらゆらと体を揺らしているが、その右腕が天井を指していた。
全く、俺ともあろう者が油断していた。
至近距離でこんなにいいアッパーカットを喰らってしまうとは……。
そして、夢を見た。
夢を見るのは随分と久しぶりのことに感じる。
『〇×▽◇。これでもう痛くないわ』
太陽の光を受け、キラキラと輝く金糸のような髪の女性が頭を優しく、擦るように撫でていた。
逆光のせいか、はっきりと顔が分からないのがもどかしい。
分かるのは彼女の瞳がまるで紫水晶のようにきれいだったということだけだ。
このどこか懐かしさを覚える不思議な感じは一体、何なのだろうか?
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